そんなこんなで海水浴当日がやってきた。
「なんか、荒れそうだね、天気」
待ち合わせは寮の玄関にした。毬江が来るのを待ちながら、小牧がそう空を見上げて呟く。
今のところは快晴だ。だが、時間を追うにつれて、崩れてくるというのが今日の予報。
南太平洋沖で、台風が発生し、勢力を増して本土に接近中だという。
「降りますかね」
手塚も小牧と同じ角度で空を見上げて訊く。
「降るだろうね、午後っていうか、夕方には、間違いなく」
「延期にするか?」
調達してきたバンの運転席から降りた堂上が言った。
小牧は微苦笑した。
「延期にするって言い出せる? 彼女たちに向かって」
小牧の視線の先をたどると、女子寮の玄関から郁と柴崎が連れ立って出てくるところだった。
郁は堂上と暮らす官舎からではなくて、柴崎のいる女子寮から登場した。朝、荷物を持って、あっちで合流しようね、と手を振って部屋から出て行ったのだ。
二人できゃあきゃあとはしゃいでこちらに向かってくるのが見える。
郁はしっかり浮き輪を肩にかけて。ビタミンカラーのオレンジのキャミソールに同色系のノースリーブのカットソーを重ね、下は白のデニムのミニスカート姿で。
柴崎は、今年流行のマリンボーダーのパーカーに、濃紺のサブリナパンツ、額に大振りのサングラスという、モデルのような着こなしで。
どちらも「海のお嬢さん」と呼ぶにふさわしいおめかしぶりだった。
「ああ……、無理だな」
あっさりと堂上が白旗を上げる。あんなに楽しそうにしている郁に、次にするか、なんて切り出せるはずもない。手塚も同感だった。
「でしょ。行けるとこまで行っちゃいましょ。そのほうがいいって」
小牧が笑った。
堂上と手塚は目を細めて、「よう、遅いぞ」と二人に声をかけた。
「すみません、なんか準備に手間取っちゃって」
「今日は二人ともすごく可愛いね」
小牧がさらっと褒める。
他の男二人は内心「あ、先を越された」と思うが、このさらりと言えるあたりが小牧のすごいところなんだよな、と感心しきりだ。
「ありがとうございます。教官がたも今日はラフでいい感じですね」
Tシャツにジーンズ、色物のカットオフシャツといった堂上と小牧ににっこりと返礼をして、さりげなく手塚はスルーする柴崎。
「おい、俺は」
「何よ」
「まあまあ、出かける前からけんかしないで」
「あ、毬江ちゃんだよ。毬江ちゃあん! こっちこっち」
門扉をくぐって中に入ってきた鞠江に、郁がぶんぶんと手を振る。毬江はすっきりしたデザインのワンピース。日よけのためか、薄手のカーディガンを羽織っている。
小牧の顔が彼氏のものになる。
面子はそろった。
「さあ、じゃ、いざ出発とするか」
堂上が行って、みんなを車へと促した。
思いもよらぬ大きな嵐とアクシデントがこの後、彼らを襲うことを、今の時点では誰も知るよしもない。
「なんか、高校生のときのダブルデートみたい」
出発するなり、郁がそんなことを言い出したものだから、車の中は騒然となった。
「ダブルっていうか、トリプルだから」
「いや、突っ込むところはそこじゃなくて手塚。笠原さん、高校のとき、付き合ってるひと、いたんだ?」
「初耳~」
「あ、いや、そうじゃなくっ」
「あ、動揺してる」
「……堂上のこめかみに血管浮いてるよ」
「ちちちちちがくてっ。おつきあいとかデートとかそんなんじゃなくて、」
「慌ててる。図星だな」
「知られざる笠原の男性遍歴が、今解き明かされるのね」
「なんだそれ」
「だーかーら、違うんですってば! 地元主催の、ビーチバレー大会に戦闘員として借り出されたんですよ。そんときのことを思い出しただけ!」
真っ赤になってシートに沈む。
小牧がミラーでそれを見ながら、くすくすと笑みをこぼす。
「ビーチバレーか。笠原さん、得意そうだね」
「ええそりゃもう。優勝かっさらいましたよ見事!」
「じゃあ今日もやろうか。ネットとか立てるわけにはいかないけど」
「いいですよー。こてんぱんにしてさしあげます。小牧教官」
「だってよ、手塚」
「え、俺ですか??」
笑い声が絶えない車内。車があまり得意ではないという毬江を配慮して、ゆっくりめの行軍だったが、終始、和やかな雰囲気だった。
途中途中、コンビニで停車させ、トイレ休憩も確保する。
運転を任せる男性陣のために、女性陣が昼の食べ物や飲み物、おやつなどを買い込んだ。
「そんなの気にするな」と堂上は言ったが、郁は「せめてこれぐらいはさせてください」と言い張った。
「本当は毬江ちゃんがお弁当を作ってくるって言ってたんだけど、あたしが止めたの。夏だし、傷むと大変だし、持ってくる荷物、重くなるからって」
ね? 柴崎が助手席に座る毬江に声をかける。
「そうなんだ。嬉しいなあ」
そう言う小牧の唇を読み、毬江は小さくなった。
「え、でも、結局何も作ってこなかったから」
「気持ちが嬉しいっていう意味だよ」
あくまでもさらりと、なんでもないことのように口にする小牧。
ラブラブモードが、運転席と助手席の間に発生する。
つんつん。
後部座席に腰掛けていた柴崎が、隣の手塚のわき腹を小突いた。
「なんだよ」
「あれよ、あれ。分かった?」
「分かったって、……何が」
「鈍いわねえ」
そんな二人を、最後部座席で堂上と郁がウォッチング。
こそこそ、顔を寄せ合って囁く。
「手塚も鈍いな。恋人になったってのに」
「隣り合わせなんだから、手ぐらい握ってもよさそうなものなんですけどね」
「こんなふうにか」
どきっ。
間髪入れず、堂上がシートに置いてあった郁の手に自分の手を重ねた。
びっくりして目を丸くする郁。心臓が口から飛び出そうだったが、他のみんなに気づかれるので無理やり押さえ込む。
堂上と、恋人関係になっても、不意にこんな風に仕掛けられるとまだ動揺してしまう。でもそれがまたなんだか嬉しい郁だった。
堂上は平然として郁の手を握りながら、「まあ、やつもいずれ、近いうちに……」と語尾を濁しつつも楽観的なことを口の中で転がした。
郁は節のしっかりしたその指に、自分の指をからめながら、うん、とちいさく頷くしかできなかった。
そのとき、郁の目にぽかりと平たいものが映し出される。
「あ、――篤さん」
「ああ」
堂上も遅れて気がつく。手塚も柴崎も、毬江も声を上げた。小牧だけが運転中のため一呼吸遅れた。
「海」
その言葉が、青く澄んで車の中を幸せな気持ちで満たした。
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いいえ、そこがいいんです。ね!
別に手塚を貶めたわけじゃないんですが…
私も彼のこういうとこ大好きですよv