今夜は、十月三十日。日曜日。
ハロウィンパーティーをやるといった絵里に、幾分面食らった様子で高科は言った。
「ハロウィン、ですか」
「ええ。今夜は早く帰ってきてくださいね」
「いいですけど。休日出勤ですから。でも、俺、ハロウィンって縁遠くて」
あのオレンジの西洋のでかいかぼちゃのやつですよね? と鼻の付け根にしわを寄せる。
高科の指摘は間違いではない。けれども何かが微妙にずれている気がして絵里は言った。
「そうですけど、日本でも大分定着して来てますよ?ハロウィンイベント。幼稚園児とか、仮装してご近所さんのお店を回ったり。見たことありません?」
「なんで店を回るんです?」
ますます首をかしげる高科。絵里はほら、とじれったそうに言葉を継ぐ。
「トリック・オア・トリート。お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞってね。駄菓子を集めて回るんです。可愛いんですよ」
「ああ、それなら聞いたことあります。トリック・オア・トリートってそういう意味だったんだ」
合点がいった様子でわずかに頷く。
「ハロウィンパーティーか。……いいかもしれませんね」
「え?」
「いや。俺も言ってみたいです。その台詞、あなたに」
高科は絵里の腰をそうっと抱き寄せて鼻先を首筋に寄せた。
「え」
「お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ。……帰ってきたらいたずらしてもいいですか。あなたに」
声を落として誘う。
絵里は耳たぶが熱くなるのが分かった。高科の声は低くて深みのあるテノール。いつもはクールな響きなのに、こういうときには艶っぽさをまとってぞくぞくする。
絵里は俯いて彼の視線から逃れた。
「お、お菓子をあげたらいたずらしませんよね?」
「俺は甘いものは好みません。もらっても、あなたにあげます」
お菓子を食べさせながらいたずらしますよ。
高科の囁きは、絵里の体温をますます上昇させた。
「そういうつもりでパーティーに誘った訳じゃないのに」
「どういうつもりでも、あなたの誘いは嬉しいですよ。今夜は飛んで帰ります」
パーティー、期待してますよ。おでこに軽くキスして高科は玄関に向かった。
「高科さんてば」
真っ赤になって見送りに来た絵里に、
「お菓子はなくてもいいですよ」
そう止めを刺して「いってきます」と高科はドアから出て行った。
これは高科と絵里が婚約期間のお話。
絵里が彼の官舎に週末ごと通って泊まっていたあいだの、恋人同士の甘い時間の話。
かくして夜。
平日より格段に早く帰りついた高科。玄関が中をくりぬいたかぼちゃや、オレンジ色の一反木綿のようなお化けたちで飾り立てられているのを見て思わず笑みをもらす。
一日がかりでデコレーションしてくれたんだな、と頑張る絵里の姿が目に浮かぶようで。
「ただいま」
声のトーンを上げて帰りを告げると、意外にも、
「お、お帰りなさい……」
なんとなく腰が引けた様子で絵里が出迎える。その理由は一目瞭然だった。
絵里は仮装していた。高科は思わず呆気に取られる。かばんを渡すのも忘れて玄関先に立ち尽くした。
わあ。急激な恥ずかしさに襲われ、絵里は回れ右をしそうになった。
「やっぱ着替えてきます!」
「待って。待ってください」
その腕を慌てて把って、高科が引きとめた。
「着替えなくていいです。いきなりだったから、驚いただけで」
「や。あたしもこれはさすがにやりすぎかなって思ったんですけど。でもせっかくのパーティーだから」
必死で言い訳する。
絵里が今夜身に着けていたのは、不思議の国のアリスの衣装だった。水色のふわふわのパフ・スリープのドレスに白い胸当てのついたフリルのエプロン。オーバーニーの白のソックス。ウサギを追いかけるアリスの挿絵で必ず見られるあの服装。
ネットで購入して身に着けてみたら、なんだか秋葉原のメイド喫茶にいる店員みたいで凹んだ。でも返品するのももったいなくて、着てはみたものの。
「に、似合いませんよねこれ。あたし、昔からアリスの本が大好きで、一回、一回でいいからコスプレしてみたかったんです~」
「似合う。似合いますよ。だから脱ごうとしないで」
俺としてはそれも嬉しいですけどと必死で宥める高科。
「本当?」
上目で窺う絵里に、「本当に似合います。可愛い」と微笑む。
少し機嫌が上向いたのか、絵里も笑みを見せた。
「えへへ。高科さんの衣装もあるんですよ。あとで着替えてくださいね」
「俺も? 仮装するんですか」
ぎくっと明らかに顔がこわばる。
「当たり前じゃないですか。だって今夜はパーティーですよ」
ネットで買ってありますからね。あ、サイズも大丈夫と胸を張る絵里に、
「まさか俺も、こんなスカートを……?」
じわじわと青冷める高科。
絵里は笑った。
「女装じゃないです。アリスつながりで帽子屋のものですよ。茶色のジャケットとコットンパンツ。シルクハット型の帽子とタイもありますから」
「帽子屋?」
「マッド・ハッター。知りません?」
残念ながら【不思議の国のアリス】は今まで一度も読んだことのない高科だった。ハロウィンは多岐に雑学を要求される。深いな、と内心唸った。
「素敵! 高科さん、似合います」
着替え終えて自室から出てきた高科を見るなり、絵里が声を上げた。
「そうですか。これじゃほんとにイカレ帽子屋みたいになってないですか」
対する高科はというと苦虫を噛み潰したような渋い顔だ。
こげ茶のジャケットに同色のコットンパンツ。黒のシルクハット。極めつけは華やかなピンクのシャツだ。袖にはピンクのフリルがあしらってある。
マッド・ハッターの役どころはかいつまんで高科に話して聞かせた。
「俺今日生まれて初めてピンクのシャツって着ました……。ちょっと今カルチャーショック受けてます」
半ば茫然自失としてるのか、高科の声は平坦だ。
ジャケットの袖から出たふりふりを見下ろしながら呟く。
「こういうフリルとは一生縁がないと思っていたのに」
「高科さん、背が高いからたいていの服は似合いますもん。シルクハットも」
まるで自分のことのように絵里が喜ぶ。それがなんだか嬉しくて高科は気を取り直したように言った。
「俺の分も準備してくれてありがとう。一式で高かったんじゃないですか?」
「いえ。今はネットで結構手軽に買えるんですよ。折角のパーティーですもん。愉しみましょ?」
「……【トリック・オア・トリート】?」
高科が声を潜める。
「ええ。お菓子もたくさん作ってありますよ。ケーキもクッキーも。腕によりをかけて」
「お菓子は要らないって言いましたよね、朝」
高科は絵里の手を把った。自分のほうへそっと引き寄せると、アリスのドレスがふわりと靡いた。
「でも何かお腹に入れないと」
「お菓子をもらってもいたずらしたい。あなたに」
そしてくちづけ。
「……ン」
「……絵里。せっかくコスプレしたんです。服は着たまましましょう」
たまには裸にならないもの刺激的ですよ。そう言って、高科はキスに情熱を加え始めた。
(この続きは クリスマス発売予定のオフ本「温泉三昧」にて)
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ハロウィンパーティーをやるといった絵里に、幾分面食らった様子で高科は言った。
「ハロウィン、ですか」
「ええ。今夜は早く帰ってきてくださいね」
「いいですけど。休日出勤ですから。でも、俺、ハロウィンって縁遠くて」
あのオレンジの西洋のでかいかぼちゃのやつですよね? と鼻の付け根にしわを寄せる。
高科の指摘は間違いではない。けれども何かが微妙にずれている気がして絵里は言った。
「そうですけど、日本でも大分定着して来てますよ?ハロウィンイベント。幼稚園児とか、仮装してご近所さんのお店を回ったり。見たことありません?」
「なんで店を回るんです?」
ますます首をかしげる高科。絵里はほら、とじれったそうに言葉を継ぐ。
「トリック・オア・トリート。お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞってね。駄菓子を集めて回るんです。可愛いんですよ」
「ああ、それなら聞いたことあります。トリック・オア・トリートってそういう意味だったんだ」
合点がいった様子でわずかに頷く。
「ハロウィンパーティーか。……いいかもしれませんね」
「え?」
「いや。俺も言ってみたいです。その台詞、あなたに」
高科は絵里の腰をそうっと抱き寄せて鼻先を首筋に寄せた。
「え」
「お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ。……帰ってきたらいたずらしてもいいですか。あなたに」
声を落として誘う。
絵里は耳たぶが熱くなるのが分かった。高科の声は低くて深みのあるテノール。いつもはクールな響きなのに、こういうときには艶っぽさをまとってぞくぞくする。
絵里は俯いて彼の視線から逃れた。
「お、お菓子をあげたらいたずらしませんよね?」
「俺は甘いものは好みません。もらっても、あなたにあげます」
お菓子を食べさせながらいたずらしますよ。
高科の囁きは、絵里の体温をますます上昇させた。
「そういうつもりでパーティーに誘った訳じゃないのに」
「どういうつもりでも、あなたの誘いは嬉しいですよ。今夜は飛んで帰ります」
パーティー、期待してますよ。おでこに軽くキスして高科は玄関に向かった。
「高科さんてば」
真っ赤になって見送りに来た絵里に、
「お菓子はなくてもいいですよ」
そう止めを刺して「いってきます」と高科はドアから出て行った。
これは高科と絵里が婚約期間のお話。
絵里が彼の官舎に週末ごと通って泊まっていたあいだの、恋人同士の甘い時間の話。
かくして夜。
平日より格段に早く帰りついた高科。玄関が中をくりぬいたかぼちゃや、オレンジ色の一反木綿のようなお化けたちで飾り立てられているのを見て思わず笑みをもらす。
一日がかりでデコレーションしてくれたんだな、と頑張る絵里の姿が目に浮かぶようで。
「ただいま」
声のトーンを上げて帰りを告げると、意外にも、
「お、お帰りなさい……」
なんとなく腰が引けた様子で絵里が出迎える。その理由は一目瞭然だった。
絵里は仮装していた。高科は思わず呆気に取られる。かばんを渡すのも忘れて玄関先に立ち尽くした。
わあ。急激な恥ずかしさに襲われ、絵里は回れ右をしそうになった。
「やっぱ着替えてきます!」
「待って。待ってください」
その腕を慌てて把って、高科が引きとめた。
「着替えなくていいです。いきなりだったから、驚いただけで」
「や。あたしもこれはさすがにやりすぎかなって思ったんですけど。でもせっかくのパーティーだから」
必死で言い訳する。
絵里が今夜身に着けていたのは、不思議の国のアリスの衣装だった。水色のふわふわのパフ・スリープのドレスに白い胸当てのついたフリルのエプロン。オーバーニーの白のソックス。ウサギを追いかけるアリスの挿絵で必ず見られるあの服装。
ネットで購入して身に着けてみたら、なんだか秋葉原のメイド喫茶にいる店員みたいで凹んだ。でも返品するのももったいなくて、着てはみたものの。
「に、似合いませんよねこれ。あたし、昔からアリスの本が大好きで、一回、一回でいいからコスプレしてみたかったんです~」
「似合う。似合いますよ。だから脱ごうとしないで」
俺としてはそれも嬉しいですけどと必死で宥める高科。
「本当?」
上目で窺う絵里に、「本当に似合います。可愛い」と微笑む。
少し機嫌が上向いたのか、絵里も笑みを見せた。
「えへへ。高科さんの衣装もあるんですよ。あとで着替えてくださいね」
「俺も? 仮装するんですか」
ぎくっと明らかに顔がこわばる。
「当たり前じゃないですか。だって今夜はパーティーですよ」
ネットで買ってありますからね。あ、サイズも大丈夫と胸を張る絵里に、
「まさか俺も、こんなスカートを……?」
じわじわと青冷める高科。
絵里は笑った。
「女装じゃないです。アリスつながりで帽子屋のものですよ。茶色のジャケットとコットンパンツ。シルクハット型の帽子とタイもありますから」
「帽子屋?」
「マッド・ハッター。知りません?」
残念ながら【不思議の国のアリス】は今まで一度も読んだことのない高科だった。ハロウィンは多岐に雑学を要求される。深いな、と内心唸った。
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着替え終えて自室から出てきた高科を見るなり、絵里が声を上げた。
「そうですか。これじゃほんとにイカレ帽子屋みたいになってないですか」
対する高科はというと苦虫を噛み潰したような渋い顔だ。
こげ茶のジャケットに同色のコットンパンツ。黒のシルクハット。極めつけは華やかなピンクのシャツだ。袖にはピンクのフリルがあしらってある。
マッド・ハッターの役どころはかいつまんで高科に話して聞かせた。
「俺今日生まれて初めてピンクのシャツって着ました……。ちょっと今カルチャーショック受けてます」
半ば茫然自失としてるのか、高科の声は平坦だ。
ジャケットの袖から出たふりふりを見下ろしながら呟く。
「こういうフリルとは一生縁がないと思っていたのに」
「高科さん、背が高いからたいていの服は似合いますもん。シルクハットも」
まるで自分のことのように絵里が喜ぶ。それがなんだか嬉しくて高科は気を取り直したように言った。
「俺の分も準備してくれてありがとう。一式で高かったんじゃないですか?」
「いえ。今はネットで結構手軽に買えるんですよ。折角のパーティーですもん。愉しみましょ?」
「……【トリック・オア・トリート】?」
高科が声を潜める。
「ええ。お菓子もたくさん作ってありますよ。ケーキもクッキーも。腕によりをかけて」
「お菓子は要らないって言いましたよね、朝」
高科は絵里の手を把った。自分のほうへそっと引き寄せると、アリスのドレスがふわりと靡いた。
「でも何かお腹に入れないと」
「お菓子をもらってもいたずらしたい。あなたに」
そしてくちづけ。
「……ン」
「……絵里。せっかくコスプレしたんです。服は着たまましましょう」
たまには裸にならないもの刺激的ですよ。そう言って、高科はキスに情熱を加え始めた。
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発行楽しみにしてます♪
でもご無理だけはされませんように…。
いつ発行になろうと確実に買いますから(^w^)
(その前に、なんとか高科三昧再販かけます!)いつもコメント寄せてくださってありがとうございます。
クリスマスが楽しみです。
うふふふふふふ(´∀`*)
ファ、ファンのひとに怒られそうですね。
というわけで鋭意頑張ります。たくねこさん