七夕は嫌い。
夜になるといつも雨が降るから。
今もしのつく雨が外を濡らしている。
洗い髪もまとまらない。
湿度が高い。喉が渇いて仕方がない。
「七夕の日ってさあ、いつも晴れないわよね」
あたしはソファにもたれて空を見上げる。
向かいには手塚。飽きもせず夕刊を眺めている。
「梅雨の時期だから、いつも雨。なんだかカワイソ」
返事はない。
……この男もきらい。
あたしが目の前にいるというのに話をろくに聞いてないから。
何よ。と思って無言で睨んでいると、ようやく話しかけられていることに気がついたのか目を記事から離し、
「あ、うん」
慌てたように畳んだ。
ふん、だ。
あたしはビールをちびりと含みながら、ふて腐れた気分でこう言った。
「年に一回、会えるか会えないかだなんて、どうなんだろ。それでも好きでいられるもんなのかしら」
幾分やさぐれた口調になってしまうのは致し方ないでしょ。
そんな感じでつっかかってみる。
でも手塚は気にする素振りもなく、柔らかい微笑を見せた。そして、
「いられるんじゃないか。本当に好きなら」
あたしと同じ方向。空を見上げる。
星の見えない夜空を。
「会う回数も大事だけど、もっと大事なもんもあるだろ」
「……」
あたしは手塚を見つめる。
雨脚が、少し強さを増した気がする。
雨の香りが窓の隙間から忍び込む。
「な、なんだよ」
あたしにじっと見られ居心地が悪いのか、手塚がソファの上居住まいを正す。
星が見える。
雨雲に遮られて今夜はあきらめかけていた、星が。
この男の目の中に。
そんなおセンチなことを思いついた自分に驚く。
「……あんたってさあ」
勝手に口が動くことにも。
あたしは言いかけた言葉を飲み込む。
手塚は怪訝そうな顔をした。
「? 何だ」
「……なんでもなーい」
あぶない。
何を口走ってしまうところだったんだろう、あたし。
立ち上がり、「もう寝るわ」と部屋に向かう。なんだかきまりが悪かった。
「おい、言いかけて途中で行くなよ」
手塚が抗議する。あたしは立ち止まり、あのね、と言い掛けてやっぱりやめた。
何も計算などしているはずがない。
きっと本心なのだ。それが彼の恋愛観。
さらっと告げられ、びっくりした。
あぶないところだった。……どきどきしたじゃない。
なのにこの男と来たら、きょとんとしちゃって。もう。
「無自覚ねえ」
「だから、何が」
七夕テロだからね、今の。
そう思いつつ、手にしていた缶ビールをテーブルの上に置く。
「これあげる」
手塚はいっそう不可解な顔をこしらえた。
「これって、……呑みさしじゃないか」
「あたしには全部は多いわ。あげる。いらないんなら処分して」
じゃあ、おやすみ。そう言って、あたしはその場から立ち去った。
七夕は嫌い。湿度が高いし髪もまとまらない。
けれど、……夜の雨はそんなに悪くないかも。
毎日、好きな人に会える。その姿を目にできるのは幸せなこと。
今夜の雨が、それを教えてくれる。
雨空を見上げながら、明日手塚に会ったら、ビールは美味しかった? って訊いてみようとあたしは思った。
※
はじめから対にするつもりで手塚目線の話を書いたわけではないので、台詞をそのままで柴崎目線にするのは難しかったです。でも愉しみました。
お知らせですがオフライン冊子、CD通販受付も再開します。発送は週末に限られますが、それでもよければお申し込みどうぞ。お待ちしております。
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夜になるといつも雨が降るから。
今もしのつく雨が外を濡らしている。
洗い髪もまとまらない。
湿度が高い。喉が渇いて仕方がない。
「七夕の日ってさあ、いつも晴れないわよね」
あたしはソファにもたれて空を見上げる。
向かいには手塚。飽きもせず夕刊を眺めている。
「梅雨の時期だから、いつも雨。なんだかカワイソ」
返事はない。
……この男もきらい。
あたしが目の前にいるというのに話をろくに聞いてないから。
何よ。と思って無言で睨んでいると、ようやく話しかけられていることに気がついたのか目を記事から離し、
「あ、うん」
慌てたように畳んだ。
ふん、だ。
あたしはビールをちびりと含みながら、ふて腐れた気分でこう言った。
「年に一回、会えるか会えないかだなんて、どうなんだろ。それでも好きでいられるもんなのかしら」
幾分やさぐれた口調になってしまうのは致し方ないでしょ。
そんな感じでつっかかってみる。
でも手塚は気にする素振りもなく、柔らかい微笑を見せた。そして、
「いられるんじゃないか。本当に好きなら」
あたしと同じ方向。空を見上げる。
星の見えない夜空を。
「会う回数も大事だけど、もっと大事なもんもあるだろ」
「……」
あたしは手塚を見つめる。
雨脚が、少し強さを増した気がする。
雨の香りが窓の隙間から忍び込む。
「な、なんだよ」
あたしにじっと見られ居心地が悪いのか、手塚がソファの上居住まいを正す。
星が見える。
雨雲に遮られて今夜はあきらめかけていた、星が。
この男の目の中に。
そんなおセンチなことを思いついた自分に驚く。
「……あんたってさあ」
勝手に口が動くことにも。
あたしは言いかけた言葉を飲み込む。
手塚は怪訝そうな顔をした。
「? 何だ」
「……なんでもなーい」
あぶない。
何を口走ってしまうところだったんだろう、あたし。
立ち上がり、「もう寝るわ」と部屋に向かう。なんだかきまりが悪かった。
「おい、言いかけて途中で行くなよ」
手塚が抗議する。あたしは立ち止まり、あのね、と言い掛けてやっぱりやめた。
何も計算などしているはずがない。
きっと本心なのだ。それが彼の恋愛観。
さらっと告げられ、びっくりした。
あぶないところだった。……どきどきしたじゃない。
なのにこの男と来たら、きょとんとしちゃって。もう。
「無自覚ねえ」
「だから、何が」
七夕テロだからね、今の。
そう思いつつ、手にしていた缶ビールをテーブルの上に置く。
「これあげる」
手塚はいっそう不可解な顔をこしらえた。
「これって、……呑みさしじゃないか」
「あたしには全部は多いわ。あげる。いらないんなら処分して」
じゃあ、おやすみ。そう言って、あたしはその場から立ち去った。
七夕は嫌い。湿度が高いし髪もまとまらない。
けれど、……夜の雨はそんなに悪くないかも。
毎日、好きな人に会える。その姿を目にできるのは幸せなこと。
今夜の雨が、それを教えてくれる。
雨空を見上げながら、明日手塚に会ったら、ビールは美味しかった? って訊いてみようとあたしは思った。
※
はじめから対にするつもりで手塚目線の話を書いたわけではないので、台詞をそのままで柴崎目線にするのは難しかったです。でも愉しみました。
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