ソファに座ってため息をついているアルフィンのところへ、ジョウがやってきた。
「サイダー持ってきたけど、飲むか」
隣に座りながら、グラスを手渡した。細やかな泡が底から浮かび上がる、透明な炭酸水が甘い香りをさらりと放つ。
「ありがとう、でもどうして?」
両手で受け取って彼を見やる。
「風呂上がりだろ、喉渇いてるかと思って」
ジョウは言いつつ、自分もグラスを傾けた。
ジョウが美味しそうに喉を鳴らすのを見たら、アルフィンもソファの上、膝を揃えて脚を抱いて、こくりと含んだ。
「美味しい。さっぱりする」
「だろう」
やっと笑顔が出た。ジョウは「何かあったか」とそおっと尋ねた。
「……」
やっぱりばれていた。気づかれていた。
落ちこんでいたこと。なるべく普段通りに過ごしていたつもりだったんだけどな。
ソファでぐじぐじしているところを慰めにきてくれたんだ。そう思うときまりが悪くて隣を見られない。じっと自分の膝を見ていると、
「まあ、言いたくないんならいいさ。気が向いたらで」
ジョウが言って、ソファから立ち上がろうとした。
リビングを出ていく気配。とっさにアルフィンは言った。
「ジョウはさ、あたしが髪、切るって言ったらどお?」
「え?」
予想外すぎて、ジョウは思わず彼女を凝視してしまった。そんなジョウに向かって、「短くしようと思うの。どうかな」と重ねる。
「どうって……ずいぶんいきなりだな」
当惑気味にジョウが漏らす。でも、
「まあ、いいんじゃないか。短いのも、今の長いのもいいけど」
でも何で急に? そこだけは尋ねた。
アルフィンは目を泳がせる。
「落ちこんでる理由はそこか。誰に何か言われた?」
「……ちゃらちゃらしてるって。そんな長い髪きらきらなびかせて、仕事になんのかよって。一緒に働くやつの気が散るだろうって。
一人前になりてえなら、髪もきっちり束ねるか切るかしろよって」
「……」
そういうことか。内心合点がいきつつも、ジョウは面に表さなかった。黙ってアルフィンを見つめ、どう声をかけていいか思案したあげく、
「口さがない連中もいるんだ。気にするな」
そう言った。
今夜は仕事あがりにクラッシャー仲間と呑んだ。アラミスの港のバーに集まり、にぎやかに過ごしていたのだが。
アルフィンはずっとジョウの隣にいた。目を離さなかったつもりだった。クラッシャー仲間には確かにお行儀がいいとはいえないのもいるし、酒が入ると絡み始めるやつも少なくない。ましてや、飲みに連れて行ったら、アルフィンの容姿に惹かれてちょっかいをかけようとする輩が多いだろうとなんとなく予想もついた。酒乱のアルフィンの飲むペースも心配だったし……。だから、側に置いて見守っていた。
でも、四六時中という訳にはいかなかった。手洗いにも立ったし、オーダーをしにカウンターまで寄ったこともあった。
いったい誰がアルフィンにそんなことを? 怒りにも似た感情がぐらっと湧き上がる。それをなだめつつ、ジョウは続けた。
「髪、切ったら一人前になれるとか本当に思うか。そんな簡単な仕事じゃないだろ。放っておけよ、そんないちゃもん」
ふんと鼻を鳴らす。だいたい、あのへんだな。脳裏に浮かぶ、そういう絡みをして気を引きそうな同業者の顔を思い浮かべながら。
「でも、ジョウのチームにちゃらちゃらしてる女がいるって、吹聴されたら迷惑かけちゃう」
「迷惑じゃない。言いたい奴には言わせておけばいい。何度も言う。そんな馬鹿げた誹謗を真に受けるな」
ジョウの声音が変わる。アルフィンは顔を上げ彼を見る。
ジョウは真顔で彼女をじっと見ていた。
「……ん」
しかたがなく、頷いた。間が持たずに、またサイダーをこくっと含む。
俯いた横顔が、金髪で隠れてしまう。ジョウは不意に手を伸ばした。
アルフィンの顔にかかるブロンドを指で掬い、耳にかけてやる。そおっと優しい仕草。丁寧な手つきだった。
「……ジョウ」
「アルフィン。俺は、君が切りたかったら髪を切ればいいと思う。伸ばしたかったら伸ばせばいいと思う。似合うのは、長い方だと思うけれどーー。どっちもありだ。
で、クラッシャーをやりたいんなら、一人前になるとか焦らないでうちで続ければいいし、辞めたいんなら国に帰ればいい。俺は、できればいてほしいけどーーずっと」
決めるのは君だ。君なんだとジョウは言った。
黒い瞳が、まっすぐに自分を射抜く。アルフィンは瞬きもできずに彼の中にある漆黒の宇宙に飲み込まれた。
胸が、いっぱい。
アルフィンはジョウの肩に額を当てた。厚みのある、筋肉質な身体。
「……ジョウのそういうとこ、好き」
「……」
「ありがと。元気出た。凹んでごめん」
何と返答していいか迷い、結局、彼女の頭を逆の手でぽん、ぽんと撫でた。
柔らかい髪の感触が手にやさしい。
アルフィンに肩を貸したまま、ジョウは呟いた。
「一つ、撤回。していいか」
「え?」
「髪は、その……やっぱり切らないでほしいかな。長いままで。俺のエゴだけど」
だめかと鼻の脇を掻いて言うから、アルフィンは笑った。
「お安い御用よ、リーダー」
そして、ウインクと共に彼のグラスにかちんと自分のグラスを軽く打ち付けた。
END
七夕っぽい話を書きたかったのですが、……今の私の中の「二人」はこういう感じ。いろいろ口さがない連中っていますし…
Jは、温室育ちの姫をガードしたい気持ちと、きちんとクラッシャーとして独り立ちするためにサポートしたい気持ちと、両方あったと思います。私職同居は難しい問題ですが、姫がいるおかげで精神面の安定を一番得られていたのは彼だと思うので、言う時はしっかり言っていたんじゃないかなと思いました。
ミルキーウェイの彼方で暮らす七夕のJ君はとっても男前。力強く正しく励ましてくれるだけじゃなくって「俺は」こう思う、って言ってくれるところが最高。
しかも、何ですって?「長い方が似合う」、「ずっといて欲しい」、「髪切らないで」、ですと?姫でなくてももうウットリ。惚れ直しました。頭も煮えそうな暑い日に素敵なお話をありがとうございました。 梅雨に最中だというのに暑い日が続きますがくれぐれもご自愛下さい。