「はあ、疲れたな」
シャワーを浴び、自室に戻ったジョウが珍しくぽつんと呟いた。
ベッドにどかりと腰を下ろす。半乾きの髪を首に掛けたタオルでぞんざいに拭った。全身に泥がこびりついたように疲労がまとわりついていた。
チームのメンバーでハロウィンの仮装パーティを行おうと着付けをしてた時だった。エマージェンシーコールが鳴り響き、緊急出動を余儀なくされた。事故で操縦不能となった旅客艇が救難信号を発したのだ。
人命がかかっている。着替えている時間はなかった。間が悪いことに、その時ジョウは女装していた。不思議の国のアリスの中に出てくる悪役、女王様の扮装だ。アルフィンが腕によりをかけてフルメイクも施していた、最上級の悪女の仕上がり。
その格好のまま、乗客の救助を彼は断行した。
幸いなことに、命を落とした者はいなかった。ジョウチームの迅速な動き、対応によるところは間違いない。しかしなにぶんメンバー全員がハロウィンの仮装をしていたので、ーー必死に人命救助をしたのでなおさら人々の目には奇異に映ったというか、度肝を抜かれたというかーーありていに言えば別の意味でのビックニュースになってしまった。
女装姿で全宇宙に報道されるなんて、一生の不覚だぜ。ジョウは苦った。
痛恨の極み。しかし、今更やり直したいという願いが叶うはずもなく。
マスコミ対応やアラミスからの事情聴取など諸々をこなして、クタクタになって一日を終えたという訳だ。
よりによって親父に見られるなんてなあ、最悪だぜ。
どっかで会ったら、嫌味のひとつぐらいは覚悟しなければならない。お前のチームは楽しそうでいいな、とか。私の船にいた時よりもタロスがのびのびしているようだな、とか。それぐらいは言いかねん。
あの人は結構、意地が悪いところがあるから……。ああ。
寝入る前だというのに、気が重い。晴れない。ナイトキャップでも引っ掛けるかな、とリビングに戻ろうかと考えていた時だった。
コンコンと、ドアが控えめにノックされた。インターフォンではなく、ドアノック?誰だろう。
「開いているよ」
そう声をかけると、「……こんばんは、ハッピーハロウィン」とドア陰からアルフィンがひょこっと顔を覗かせた。
ジョウは目を剥いた。
眩いほどの空色のドレスに身を包んでいたからだ。胸元が大きく開き、髪も結いあげほっそりとした首が美しい。ほんのりと薄化粧もしてあるようだ。
アルフィンは照れくさそうに笑った。そして、「やっぱり諦めきれずに仮装しちゃった」と付け加えた。
ジョウはぽかんと口を開け、言葉もない。見とれていたからだ。
ややあって、「それって……、何のお姫様の仮装だ」とだけ言った。
「シンデレラ、舞踏会に出かけたときの」
知らない?魔女にカボチャを馬車に、ぼろぼろの服をドレスに変えてもらって、お城に出かけた童話の主人公。夜の12時の鐘が鳴るまでに戻らなければ、その魔法は解けてしまうっていう。
ジョウは残念だが知らない話だった。でも、知らなくても仮装のクオリティが高いことはわかる。
「久々に、こういうふわふわのドレス、着たくなっちゃって。それに見て。靴もガラス製の特注なのよ」
アルフィンはすっとドレスの裾を絡げて見せる。と、きれいなおみ足を包んでいるのはそれはそれは美しい意匠を凝らしたデザインの、ヒールのある靴だった。
ジョウと言えばそれよりも、アルフィンの白いふくらはぎを見せられどきっと心臓が跳ねる。
「ごめんね、ジョウ。もうすぐ12時だけど、今夜中にジョウにどうしても見てもらいたかったの」
ハロウィンの夜に。そう言って彼女は笑った。
ジョウは黙ってアルフィンをひょいと抱え上げた。きゃっと、アルフィンがバランスを崩し、彼の肩につかまる。
「ジョウ」
「可愛い。きれいだ。めちゃくちゃ癒されるーー最高の仮装だ。アルフィン」
感情を押し殺した平坦な声でジョウは一気にまくしたて、アルフィンを片腕で抱いたまま自分のベッドに移動する。すたすたと。
「え?え」
アルフィンが目を白黒させる。そのうちにも、ジョウは彼女をベッドに座らせ、自分はその前に床に膝をついた。
舞踏会で、恭しくシンデレラにダンスを申し込んだ王子さながら。
ジョウは目を細めて言った。
「やっぱり君は、卵の仮装よりも、お姫様のドレスの方が似合う」
「それって褒めてる?」
「最上級に」
ジョウは首を伸ばし、下からアルフィンの顔に顔を近づけた。
そうっと唇を押し当てる。長めのキスになった。
「……もう12時回るわ」
少し照れた様子で、唇を離していったジョウにアルフィンが言う。部屋に戻らなくちゃと時計を気にする。
「泊まって行けよ」
こともなげにジョウは返す。
そして、ひざまずいたまま、アルフィンの足からガラス製の靴を丁重に脱がせ揃えて床に置いた。ことり。
END
くどいようですが、今一度ハロウィンネタで引っ張ってみました。。。
さすがJ君、イイと思ったら逃さずガシっと捕まえる。 思えばヒールにドレスの女の子をみすみす逃しちゃうプリンスチャーミングはやっぱオットリさんというかどんくさいですよねえ。
新作とっても楽しませていただきました。ありがとうございます。
2024の渋谷のハロウィン脱退?宣言もありましたし、いつしか、こういう二次創作も「懐かしいね」と言われる時代が来るのかもと思いました。コスプレ?へーしてたんだねそういうの、とか……
10年後、このブログが残っていたら、読み返したいと思いました。笑