「ジョウ。何も言わずに、お願いを聞いて欲しいの。――あたし、クラッシャーを辞めてピザンに戻ります。短い間だったけど、今までお世話になりました」
そう言ってアルフィンがぺこりと頭を下げた。
ジョウは、あまり唐突に切り出されたため頭が真っ白になった。身体も動かず、硬直する。
口を半開きにして凍り付いたジョウを、頭を上げたアルフィンが見てにっこり笑った。
「――なんてね。驚いた?」
ぺろっと舌を覗かせる。愛嬌満点の笑顔。
「え?」
そこでようやくジョウの金縛りが解ける。
かろうじて、声は出た。
アルフィンは得意そうに「ふふん」と笑って身体の後ろで腕を組んだ。
肩から背中に掛けて、金髪がふわっと流れる。
「冗談、嘘よ。サプライズ。さて、今日は何の日だったでしょうか」
「何の日って……あ」
ジョウがそこで目を見開いた。
やられた、と思ったが後の祭り。
アルフィンは嬉しそうに上体を左右にうきうきとスイング。
エイプリルフール。そうか、4月1日か。
こないだ<ミネルバ>のチームのみんなで言い合ったっけ。そろそろエイプリルフールだなと。
今年はどんな嘘で驚かそうかなとリッキーが言い出して、へん、てめえの頭で考えられるサプライズなんざたかが知れてるわ、とタロスが詰った。なんだとー、じゃあお前は何か気の利いた嘘でも吐けるのかよと応酬。あったり前だろう、お前とは生きてる年数が違うんだよ。こういうのは年の功なんだ、亀の甲よりもな、とタロスが締め括った。
まあまあ二人ともいい加減にしろと取りなしたのは主にジョウとアルフィンだった。本当に仕方のない連中だなとジョウが苦り、アルフィンが、まあ年中行事だからね、うちの、と苦笑交じりに呟いた。
「アルフィンは? 誰かかついだことあるのか、4月1日に」
その時何気なくジョウが尋ねた。アルフィンは「ううん。ないの。ピザンではあまり、お父さまやお母さまがそういうことを好まなかったから」と答えた。
「なるほど」
宮殿という場所で過ごす人たちにとっては、縁遠い話だったかとジョウは思った。
ジョークでも嘘をつくという行為を、娘にさせたくなかったに違いない、あのご両親は。
「ジョウは? 嘘をついてだましたこと、ある? 今まで。4月1日に。それか、だまされたことは」
訊かれてジョウは首を捻る。考えた末、
「うーん。なかった、かな。普段の仕事のやりとりで、だましだまされが日常だからな」
と言った。それがいいんだか悪いんだか、わからんが、と。
「なるほどね」
「いっぺん誰かにかつがれてみたい気もするな。エイプリルフールってくらいだから、思いも寄らない嘘で、あっと言わせてもらうのもありかな」
「ふうん」
あの時、二人、目を見交わして笑い合った。
そうだ、確かに俺はそんなことを言ったんだった。アルフィンはきっとそれを覚えていた。そして、あれこれ画策して、一番俺がびっくりするであろう嘘を用意して今日を迎えたんだ。
そう思うと身体から力が抜ける気がした。
なんだよ……。驚かすなよと。一瞬マジで呼吸が止まったじゃないか。
してやったり感満載でアルフィンが言う。
「びっくりした? ジョウってば驚いて声も出なかったみたいね」
鬼の首を取ったようなって比喩はこういうときに使うんだろうな。ジョウは頭の片隅でそんなことを考える。
「あたしがピザンに帰るって、クラッシャーを辞めるって、本気にした? っていうことは、それぐらい会心の演技だったってことね」
やったあ。あたし女優になれるかも、と浮き立つ。
「――」
「ジョウ?」
そこで、ようやく怪訝そうな表情になった。ジョウの反応がおかしいことにようやく気がつく。
アルフィンは彼の顔を覗き込む。小首を傾げて。
はっとした。
硬直から解けたとはいえ、ジョウの顔つきは強張ったままだった。凜々しい眉は若干寄せられ、眉間にしわが刻まれている。唇はなんだか血の気が引いているようだ。顎のラインも硬い。何より目が、黒い瞳が生まれたての小動物みたいに揺れていた。
アルフィンはとっさにジョウの手を握った。両手でぎゅっと。
「ごめん、ジョウ。ごめんなさい。そんなに、そんなに驚かせるつもりはなかったの。ほんとよ。――ちょっとした悪戯心で、エイプリルフールだから軽い気持ちで口にしただけ。……本当に、ごめんなさい!」
まくしたてて勢いよく頭を下げた。深々と。
90度、身体を折る。
動揺したのはジョウだった。手を彼女に握られたまま、
「アルフィン、いや」
と言った。でもその後を身を起こしたアルフィンが引き取る。
「ごめん。あなたを傷つけるつもりはなかったの。信じて。あなたが、こんなにびっくりするなんて。――そんな顔するなんて、あたし全然、……どうしよう。許して、ジョウ」
身を寄せて哀願する。
ジョウは戸惑いながら、「わ、分かった。分かったから、アルフィン。近い」と身体を引く。
でもアルフィンは距離を取らない。逆に間合いを詰めて、
「あたしは絶対にピザンには帰らないから。本当にーーそう誓いを立ててふるさとを出てきたから。クラッシャーも辞めない。ずっとあなたの側にいるって決めてるんだから。もうあんな嘘つかない。絶対に、約束するから。そんな顔しないで、――お願いよ」
握った彼の手に額を押し当てた。
ジョウはそこでようやく表情を緩めた。肩のラインから力が抜ける。
「うん、分かってる。もういいよ。大丈夫だ。アルフィンの気持ちは痛いほど分かった」
「……本当?」
そうっと顔を上げ彼を捉える。碧眼が涙でうっすら潤んでいる。
ジョウは笑みを口元に蓄えた。わずかに頷く。
「本当だ」
「~~ジョウ」
ごめん。大好き、と喚いてアルフィンが彼の首っ玉にすがりついた。
「うわ」
「もう嘘なんかつかないわ。いくら4月1日だって。あなたにそんな顔をさせるぐらいならもう、一生嘘なんかつかない、あたし」
「そりゃ無理な相談じゃないか? 一生って」
「それぐらい反省してるってことよ。もうもう、なかったことにしたい。この数分間、抹消したいわ。デリート!」
「そんな魔法は使えないなあ」
たまらずジョウは吹き出した。そして、しみじみと呟く。
「さっきは寿命が縮まったぜ。5年くらい」
ジョウはアルフィンの背中に腕を回して、ぽんぽんとあやしてやる。
それを聞いた彼女が涙声で「ごめんなさい」と彼にさらにしがみつく。
後悔してもしきれない。ジョウを傷つけた。
あれは、あれだけは言ってはいけない、口にしちゃいけない嘘だったのに。
ジョウは、アルフィンの背をさすってやりながら言った。限りなく優しい口調で。
「俺は君に船を降りられるのが一番堪える。――俺は、君が側にいないとだめなんだ、アルフィン。それだけは覚えておいてくれるか、この先も」
「……ん」
嬉しくて、胸がいっぱいで言葉にならない。
天にも昇る心地だった。
エイプリルフールで、ジョウをかついで、こんなご褒美みたいな言葉を貰えるなんて、こっちのほうがまるで夢みたい……。
と、そこまで思ったところで、「ん?」と思考が止まった。
アルフィンは、そうっとジョウから身を離し、彼の顔をあらためて覗き込んだ。まさか、まさかとは思うけれど。でも……。
「ジョウ……今のって、その……【嘘】じゃないわよね?」
一応、確認してみる。
と、ジョウは目を柔らかくカーブさせ、「さあ、どうかな」と返した。
「今日はエイプリルフールだもんな」
言って、ジョウは鮮やかにウインクを決めた。
「どっちだと思う? 嘘か、本当か」
ジョウの反撃に遭い、アルフィンはぐっと言葉に詰まった。
「もう、いじわる!」
エイプリルフール。いくら4月1日でも、人を傷つける嘘をつくのはやめましょうーー
そう言ってアルフィンがぺこりと頭を下げた。
ジョウは、あまり唐突に切り出されたため頭が真っ白になった。身体も動かず、硬直する。
口を半開きにして凍り付いたジョウを、頭を上げたアルフィンが見てにっこり笑った。
「――なんてね。驚いた?」
ぺろっと舌を覗かせる。愛嬌満点の笑顔。
「え?」
そこでようやくジョウの金縛りが解ける。
かろうじて、声は出た。
アルフィンは得意そうに「ふふん」と笑って身体の後ろで腕を組んだ。
肩から背中に掛けて、金髪がふわっと流れる。
「冗談、嘘よ。サプライズ。さて、今日は何の日だったでしょうか」
「何の日って……あ」
ジョウがそこで目を見開いた。
やられた、と思ったが後の祭り。
アルフィンは嬉しそうに上体を左右にうきうきとスイング。
エイプリルフール。そうか、4月1日か。
こないだ<ミネルバ>のチームのみんなで言い合ったっけ。そろそろエイプリルフールだなと。
今年はどんな嘘で驚かそうかなとリッキーが言い出して、へん、てめえの頭で考えられるサプライズなんざたかが知れてるわ、とタロスが詰った。なんだとー、じゃあお前は何か気の利いた嘘でも吐けるのかよと応酬。あったり前だろう、お前とは生きてる年数が違うんだよ。こういうのは年の功なんだ、亀の甲よりもな、とタロスが締め括った。
まあまあ二人ともいい加減にしろと取りなしたのは主にジョウとアルフィンだった。本当に仕方のない連中だなとジョウが苦り、アルフィンが、まあ年中行事だからね、うちの、と苦笑交じりに呟いた。
「アルフィンは? 誰かかついだことあるのか、4月1日に」
その時何気なくジョウが尋ねた。アルフィンは「ううん。ないの。ピザンではあまり、お父さまやお母さまがそういうことを好まなかったから」と答えた。
「なるほど」
宮殿という場所で過ごす人たちにとっては、縁遠い話だったかとジョウは思った。
ジョークでも嘘をつくという行為を、娘にさせたくなかったに違いない、あのご両親は。
「ジョウは? 嘘をついてだましたこと、ある? 今まで。4月1日に。それか、だまされたことは」
訊かれてジョウは首を捻る。考えた末、
「うーん。なかった、かな。普段の仕事のやりとりで、だましだまされが日常だからな」
と言った。それがいいんだか悪いんだか、わからんが、と。
「なるほどね」
「いっぺん誰かにかつがれてみたい気もするな。エイプリルフールってくらいだから、思いも寄らない嘘で、あっと言わせてもらうのもありかな」
「ふうん」
あの時、二人、目を見交わして笑い合った。
そうだ、確かに俺はそんなことを言ったんだった。アルフィンはきっとそれを覚えていた。そして、あれこれ画策して、一番俺がびっくりするであろう嘘を用意して今日を迎えたんだ。
そう思うと身体から力が抜ける気がした。
なんだよ……。驚かすなよと。一瞬マジで呼吸が止まったじゃないか。
してやったり感満載でアルフィンが言う。
「びっくりした? ジョウってば驚いて声も出なかったみたいね」
鬼の首を取ったようなって比喩はこういうときに使うんだろうな。ジョウは頭の片隅でそんなことを考える。
「あたしがピザンに帰るって、クラッシャーを辞めるって、本気にした? っていうことは、それぐらい会心の演技だったってことね」
やったあ。あたし女優になれるかも、と浮き立つ。
「――」
「ジョウ?」
そこで、ようやく怪訝そうな表情になった。ジョウの反応がおかしいことにようやく気がつく。
アルフィンは彼の顔を覗き込む。小首を傾げて。
はっとした。
硬直から解けたとはいえ、ジョウの顔つきは強張ったままだった。凜々しい眉は若干寄せられ、眉間にしわが刻まれている。唇はなんだか血の気が引いているようだ。顎のラインも硬い。何より目が、黒い瞳が生まれたての小動物みたいに揺れていた。
アルフィンはとっさにジョウの手を握った。両手でぎゅっと。
「ごめん、ジョウ。ごめんなさい。そんなに、そんなに驚かせるつもりはなかったの。ほんとよ。――ちょっとした悪戯心で、エイプリルフールだから軽い気持ちで口にしただけ。……本当に、ごめんなさい!」
まくしたてて勢いよく頭を下げた。深々と。
90度、身体を折る。
動揺したのはジョウだった。手を彼女に握られたまま、
「アルフィン、いや」
と言った。でもその後を身を起こしたアルフィンが引き取る。
「ごめん。あなたを傷つけるつもりはなかったの。信じて。あなたが、こんなにびっくりするなんて。――そんな顔するなんて、あたし全然、……どうしよう。許して、ジョウ」
身を寄せて哀願する。
ジョウは戸惑いながら、「わ、分かった。分かったから、アルフィン。近い」と身体を引く。
でもアルフィンは距離を取らない。逆に間合いを詰めて、
「あたしは絶対にピザンには帰らないから。本当にーーそう誓いを立ててふるさとを出てきたから。クラッシャーも辞めない。ずっとあなたの側にいるって決めてるんだから。もうあんな嘘つかない。絶対に、約束するから。そんな顔しないで、――お願いよ」
握った彼の手に額を押し当てた。
ジョウはそこでようやく表情を緩めた。肩のラインから力が抜ける。
「うん、分かってる。もういいよ。大丈夫だ。アルフィンの気持ちは痛いほど分かった」
「……本当?」
そうっと顔を上げ彼を捉える。碧眼が涙でうっすら潤んでいる。
ジョウは笑みを口元に蓄えた。わずかに頷く。
「本当だ」
「~~ジョウ」
ごめん。大好き、と喚いてアルフィンが彼の首っ玉にすがりついた。
「うわ」
「もう嘘なんかつかないわ。いくら4月1日だって。あなたにそんな顔をさせるぐらいならもう、一生嘘なんかつかない、あたし」
「そりゃ無理な相談じゃないか? 一生って」
「それぐらい反省してるってことよ。もうもう、なかったことにしたい。この数分間、抹消したいわ。デリート!」
「そんな魔法は使えないなあ」
たまらずジョウは吹き出した。そして、しみじみと呟く。
「さっきは寿命が縮まったぜ。5年くらい」
ジョウはアルフィンの背中に腕を回して、ぽんぽんとあやしてやる。
それを聞いた彼女が涙声で「ごめんなさい」と彼にさらにしがみつく。
後悔してもしきれない。ジョウを傷つけた。
あれは、あれだけは言ってはいけない、口にしちゃいけない嘘だったのに。
ジョウは、アルフィンの背をさすってやりながら言った。限りなく優しい口調で。
「俺は君に船を降りられるのが一番堪える。――俺は、君が側にいないとだめなんだ、アルフィン。それだけは覚えておいてくれるか、この先も」
「……ん」
嬉しくて、胸がいっぱいで言葉にならない。
天にも昇る心地だった。
エイプリルフールで、ジョウをかついで、こんなご褒美みたいな言葉を貰えるなんて、こっちのほうがまるで夢みたい……。
と、そこまで思ったところで、「ん?」と思考が止まった。
アルフィンは、そうっとジョウから身を離し、彼の顔をあらためて覗き込んだ。まさか、まさかとは思うけれど。でも……。
「ジョウ……今のって、その……【嘘】じゃないわよね?」
一応、確認してみる。
と、ジョウは目を柔らかくカーブさせ、「さあ、どうかな」と返した。
「今日はエイプリルフールだもんな」
言って、ジョウは鮮やかにウインクを決めた。
「どっちだと思う? 嘘か、本当か」
ジョウの反撃に遭い、アルフィンはぐっと言葉に詰まった。
「もう、いじわる!」
エイプリルフール。いくら4月1日でも、人を傷つける嘘をつくのはやめましょうーー
ついてもいい嘘そうじゃない嘘あるよね。
ジョウにとって、嘘であって欲しかったことは、
山ほど(宇宙軍に追いかけられたり、火傷で、重体になったこととか...)あるに違いない。
今日は、土曜日だから、企業の方のエイプリルフールは少ないのかな。
新作ありがとうございました。
まだ付き合う前のお話かしらん。だとしたら「側にいてくれなきゃだめ」なんて、もうすっかり陥落してるってことよねえ、J君?
>ゆうきママさん
遊び心のある嘘は、エスプリが効いて日常にも良いと思います。まもなくGWですね。あっという間だ~
>toriatamaさん
誰の目にも既に姫に陥落しているのは明らかなのですが、当の本人たちだけ無自覚というのがじれじれ。。。ですね 笑