ここは、ダブリールの宇宙港。
ジョウはこれから衛星軌道上にあるステーションに、民間機の定時便で出発しようというところだった。
ひとりで。
くれぐれも目立たないように、内々で落ち合いたいというクライアントの強い要望のおかげで、彼は搭載機ファイターでの出発を諦めざるを得なかった。しかも、クラッシャーだと見た目で分かる格好も避けて欲しいという念の入れよう。
ジョウはしようがなく今日は皮のジャンバーにデニムという私服姿だった。スーツにしなくていいのとアルフィンに言われたが、却下した。
全てがすべて、向こうの言いなりになりたくないのと、そんなしち面倒くさい格好をしなきゃ会って「いただけない」のであれば、はなから俺を雇おうとするなよ、と言ってやりたい気分だった。
アラミスを経由して強引に仕事の話を捻じ込んできた、その手口も最初から気に食わなかった。
しかしクライアントの名前を聞いて、なるほどとジョウはようやく腑に落ちた。相手の素性と地位をかんがみれば、向こうがまっとうなルートで接触をしてこなかったことも、できなかったことも分かる気がした。それぐらい、世間ではビックネーム。一代で名を成した傑物につきものの、黒い噂も聞かないない訳ではない。
接触の段階で既にきな臭い匂いがぷんぷん漂ってはいたものの、無下に断ることもできず、会って話だけでも聞くようにというアラミスの圧力も受けて、ジョウはようやく重い腰を上げたのだった。
今、彼は出発ゲートの前にいる。
アルフィンはジョウに合わせていつものジャケットではなく、ロングブーツに白いミニの皮のスカート、ダウンベスト。
二人が一緒に立っていると、ごく普通の恋人同士のようだ。とても銀河系随一と謳われる凄腕のクラッシャーと、一国の元王女様という組み合わせには見えない。
ジョウは別に見送りなんかいいと断った。どうせすぐ戻ってくるんだから、と。
でも三日も船を空けるのよ、心配だわとアルフィンが抗弁した。
指定されたステーションまで、民間機だと往復で丸二日かかり、あと一日はクライアントとのコンタクトに割かれる。
よって、<ミネルバ>のチームメイトは、みなジョウを送り出すために宇宙港まで出向いた。
ただ、タロスとリッキーはいまゲート前のフロアにはおらず、そこを眼下に見下ろせるスカイラウンジにいた。全面ガラス張りのそのラウンジのスタンドバーに腰掛け、まったりとお茶などたしなんでいる。
ジョウを見送るアルフィンとのやり取りに、端で首を突っ込むなんて、野暮な真似はしない二人であった。
「じゃあ行ってくる」
「うん、気をつけてね」
「ああ。いない間、船の方を頼むな」
「わかった。……でも心配だわ。なんか、やな予感がするの」
アルフィンはそう言って少し眉を翳らせた。
ジョウは安心させるように笑顔を見せた。
「まあ、とりあえず会うだけ会って来るさ。それでアラミスの顔を潰さなくてすむらしいからな。でも会った後のことはこっちの裁量だ。オファーを受ける受けないの最終判断は俺が下すさ」
心配するなと言外に伝える。
「うん……」
アルフィンは曖昧に頷き、ジョウを上目で見た。細い腕を背後で組む。首を傾げるとさらりと肩先で金髪が揺れた。
「ファイターで行けたらよかったのにね。半分の日程で帰って来られたのに」
「ほんとだな。民間機でちんたら各駅停車で行くのなんて、考えただけで気が遠くなるぜ」
ジョウは肩をそびやかす。そんな彼をじれったそうにアルフィンは睨みつけた。
「そうじゃなく、早く帰ってきてほしいからファイターがよかったって言ってるの。分かってる? まるっと三日も離れるのよ? あたしたち」
アルフィンは頬を膨らませた。
ジョウは、ようやくアルフィンの真意に気づいて、
「あ……うん。そうだな」
わずか赤くなった。
「今まで三日も離れてたことなんてないのよ。<ミネルバ>にジョウが何日もいないのって、初めてで……。なんか、心細いし」
「……」
そこで、ジョウについと身を寄せる。
彼の目を覗き込むように爪先立ちになった。
「ねえ、ほんとにあたしも一緒に行っちゃだめ?」
ジョウはわずかアルフィンから身を引いて、かぶりを振った。
「だめだって言ってるだろ。クライアントの指定なんだから。俺だけで来いっていう」
「あんな怪しげなおじさんの言うことにバカ正直に従わなくたっていいじゃない。大丈夫、あたし一人ぐらいくっついていっても、ばれやしないわよう」
でも、ジョウは頑として首を縦に振らなかった。
「だめだ。君は留守番」
「でもお。あなたってば無茶しいだし、相手かまわず突っかかっていくところあるし。そのときは隣であたしが止めてあげないと」
「よく言うよ」
ジョウは苦虫を噛み潰した顔をする。
アルフィンはふふ、とからかうように笑ってから、真顔に返って言った。
「じゃあさ。あなたがいない間、ジョウの部屋、ちょっぴり借りてもいい?」
「え?」
彼はアルフィンの言葉の意味がすぐに掴めない。
彼の反応を窺うように、言葉を区切りながら彼女は続けた。
「ジョウがステーションに行って、帰ってくる間、……よければあなたの部屋で、眠りたいなー、なんて」
だめ? と目線で頬の辺りを掬い上げる。
ジョウは動揺した。
「え、な、なんでだ」
「ん。ジョウのベッドで眠れば、ぐっすり眠れるかなって思ったから。寂しくなさそうだし。
……やっぱり、だめ? それも却下?」
「う……」
完全にアルフィンに押されている。ジョウはしどろもどろだ。
言い訳のような、全く見当違いなことのような、自分でも分からない台詞を口走る。
「でも俺、シーツ換えてこなかったし、部屋だってかなり汚れてる……」
「ばかね。――だからいいんじゃないの」
ほんとに分からない人ね。アルフィンは艶やかに微笑んだ。
「ジョウのベッド、貸してよ。大人しく待ってるから。ご褒美に」
ね? お願い。
そんな風に可愛く言われたら、きっと誰にも断れないはず。それがジョウ以外の男であってもだ。
ジョウはすっかり熟れてしまって、困り果てたようにラウンジを見上げた。白旗寸前のバスチーユの気分だった。
そこにいる、気心知れたチームメイトに応援を願うかのように、タロスとリッキーを仰いだ。
「……てなことを今言い合ってるんだと思うな、きっと。ジョウとアルフィンてば」
オレンジジュースをずずず、と音を立ててすすりながら、リッキーが訳知り顔で呟いた。カラン、と溶け残った氷がグラスの中で肩を突き合わせる。
心底呆れた様子で、隣に座ったタロスが「お前はほんと真性の阿呆だな」とため息をついた。頼んだコーヒーを一口含んでから、まだ熱いのかとでも言いたげに顔をしかめる。彼はひどい猫舌なのだ。
「妄想が逞しいってことは、欲求不満だってことなんじゃねえのか。なんだよ、そのベッドがうんたらっていう実況中継はよ」
と漏らす。
正確に言うなら、実況中継というよりは、二人の雰囲気を読んだ上でのリッキーの即興のアテレコだったのだが。妙に二人の表情に、自分の考えた台詞が絶妙に嵌ったのが自慢そうだった。
「へん、欲求不満てんならタロスには負けらあ。それに妄想が逞しいんじゃなく、『想像力が豊かだ』って言って欲しいね」
「なんだと?」
「俺ら、健全な青少年だもん。これっくらい想像したっていいだろ」
えらく大人びた顔つきで、残りのジュースを全部すすった。
「そりゃ、まあな……」
「兄貴だってアルフィンを連れてきたいのに、無理しちゃってさ。見え見えじゃん?」
「確かに、トランクに詰めてでも、連れて行きたそうではあったわな」
今朝の<ミネルバ>での様子を思い出し、タロスも同意した。
「だろ? だろ?」
「羨ましいねえ」
「全くだ……」
そこで、眼下のジョウがこちらに向かって右手を上げた。
今からゲートに入るという意味らしい。「行ってくる」というように声には出さず、口を動かした。
タロスはちょっとだけコーヒーカップを持ち上げ、リッキーは元気に手を振り返した。
アルフィンが、そこで背伸びしてジョウの頬に軽くキスをした。
ジョウは明らかに動転して、逃げるようにあたふたとゲートに向かった。ラウンジのタロスたちに見られはしなかったかと一瞬窺うような表情を見せながら。
タロスとリッキーは声を上げて笑った。そしてジョウの背中に言った。
「行ってらっしゃい、ジョウ」
Fin.
【あとがき】
リッキーって、こういう機を読むの本当に上手そう。声色とかも変えて、本格的にアテレコしたものと思われます。。。
そういえば、劇場版はリッキー役は小原さんですもんね。プロ中のプロにとっては、この程度のアテレコは朝飯前? 笑 隣で苦笑しながら聞く小林さんのお姿も、なんだか垣間見えるみたいです。
⇒pixiv安達 薫
ジョウはこれから衛星軌道上にあるステーションに、民間機の定時便で出発しようというところだった。
ひとりで。
くれぐれも目立たないように、内々で落ち合いたいというクライアントの強い要望のおかげで、彼は搭載機ファイターでの出発を諦めざるを得なかった。しかも、クラッシャーだと見た目で分かる格好も避けて欲しいという念の入れよう。
ジョウはしようがなく今日は皮のジャンバーにデニムという私服姿だった。スーツにしなくていいのとアルフィンに言われたが、却下した。
全てがすべて、向こうの言いなりになりたくないのと、そんなしち面倒くさい格好をしなきゃ会って「いただけない」のであれば、はなから俺を雇おうとするなよ、と言ってやりたい気分だった。
アラミスを経由して強引に仕事の話を捻じ込んできた、その手口も最初から気に食わなかった。
しかしクライアントの名前を聞いて、なるほどとジョウはようやく腑に落ちた。相手の素性と地位をかんがみれば、向こうがまっとうなルートで接触をしてこなかったことも、できなかったことも分かる気がした。それぐらい、世間ではビックネーム。一代で名を成した傑物につきものの、黒い噂も聞かないない訳ではない。
接触の段階で既にきな臭い匂いがぷんぷん漂ってはいたものの、無下に断ることもできず、会って話だけでも聞くようにというアラミスの圧力も受けて、ジョウはようやく重い腰を上げたのだった。
今、彼は出発ゲートの前にいる。
アルフィンはジョウに合わせていつものジャケットではなく、ロングブーツに白いミニの皮のスカート、ダウンベスト。
二人が一緒に立っていると、ごく普通の恋人同士のようだ。とても銀河系随一と謳われる凄腕のクラッシャーと、一国の元王女様という組み合わせには見えない。
ジョウは別に見送りなんかいいと断った。どうせすぐ戻ってくるんだから、と。
でも三日も船を空けるのよ、心配だわとアルフィンが抗弁した。
指定されたステーションまで、民間機だと往復で丸二日かかり、あと一日はクライアントとのコンタクトに割かれる。
よって、<ミネルバ>のチームメイトは、みなジョウを送り出すために宇宙港まで出向いた。
ただ、タロスとリッキーはいまゲート前のフロアにはおらず、そこを眼下に見下ろせるスカイラウンジにいた。全面ガラス張りのそのラウンジのスタンドバーに腰掛け、まったりとお茶などたしなんでいる。
ジョウを見送るアルフィンとのやり取りに、端で首を突っ込むなんて、野暮な真似はしない二人であった。
「じゃあ行ってくる」
「うん、気をつけてね」
「ああ。いない間、船の方を頼むな」
「わかった。……でも心配だわ。なんか、やな予感がするの」
アルフィンはそう言って少し眉を翳らせた。
ジョウは安心させるように笑顔を見せた。
「まあ、とりあえず会うだけ会って来るさ。それでアラミスの顔を潰さなくてすむらしいからな。でも会った後のことはこっちの裁量だ。オファーを受ける受けないの最終判断は俺が下すさ」
心配するなと言外に伝える。
「うん……」
アルフィンは曖昧に頷き、ジョウを上目で見た。細い腕を背後で組む。首を傾げるとさらりと肩先で金髪が揺れた。
「ファイターで行けたらよかったのにね。半分の日程で帰って来られたのに」
「ほんとだな。民間機でちんたら各駅停車で行くのなんて、考えただけで気が遠くなるぜ」
ジョウは肩をそびやかす。そんな彼をじれったそうにアルフィンは睨みつけた。
「そうじゃなく、早く帰ってきてほしいからファイターがよかったって言ってるの。分かってる? まるっと三日も離れるのよ? あたしたち」
アルフィンは頬を膨らませた。
ジョウは、ようやくアルフィンの真意に気づいて、
「あ……うん。そうだな」
わずか赤くなった。
「今まで三日も離れてたことなんてないのよ。<ミネルバ>にジョウが何日もいないのって、初めてで……。なんか、心細いし」
「……」
そこで、ジョウについと身を寄せる。
彼の目を覗き込むように爪先立ちになった。
「ねえ、ほんとにあたしも一緒に行っちゃだめ?」
ジョウはわずかアルフィンから身を引いて、かぶりを振った。
「だめだって言ってるだろ。クライアントの指定なんだから。俺だけで来いっていう」
「あんな怪しげなおじさんの言うことにバカ正直に従わなくたっていいじゃない。大丈夫、あたし一人ぐらいくっついていっても、ばれやしないわよう」
でも、ジョウは頑として首を縦に振らなかった。
「だめだ。君は留守番」
「でもお。あなたってば無茶しいだし、相手かまわず突っかかっていくところあるし。そのときは隣であたしが止めてあげないと」
「よく言うよ」
ジョウは苦虫を噛み潰した顔をする。
アルフィンはふふ、とからかうように笑ってから、真顔に返って言った。
「じゃあさ。あなたがいない間、ジョウの部屋、ちょっぴり借りてもいい?」
「え?」
彼はアルフィンの言葉の意味がすぐに掴めない。
彼の反応を窺うように、言葉を区切りながら彼女は続けた。
「ジョウがステーションに行って、帰ってくる間、……よければあなたの部屋で、眠りたいなー、なんて」
だめ? と目線で頬の辺りを掬い上げる。
ジョウは動揺した。
「え、な、なんでだ」
「ん。ジョウのベッドで眠れば、ぐっすり眠れるかなって思ったから。寂しくなさそうだし。
……やっぱり、だめ? それも却下?」
「う……」
完全にアルフィンに押されている。ジョウはしどろもどろだ。
言い訳のような、全く見当違いなことのような、自分でも分からない台詞を口走る。
「でも俺、シーツ換えてこなかったし、部屋だってかなり汚れてる……」
「ばかね。――だからいいんじゃないの」
ほんとに分からない人ね。アルフィンは艶やかに微笑んだ。
「ジョウのベッド、貸してよ。大人しく待ってるから。ご褒美に」
ね? お願い。
そんな風に可愛く言われたら、きっと誰にも断れないはず。それがジョウ以外の男であってもだ。
ジョウはすっかり熟れてしまって、困り果てたようにラウンジを見上げた。白旗寸前のバスチーユの気分だった。
そこにいる、気心知れたチームメイトに応援を願うかのように、タロスとリッキーを仰いだ。
「……てなことを今言い合ってるんだと思うな、きっと。ジョウとアルフィンてば」
オレンジジュースをずずず、と音を立ててすすりながら、リッキーが訳知り顔で呟いた。カラン、と溶け残った氷がグラスの中で肩を突き合わせる。
心底呆れた様子で、隣に座ったタロスが「お前はほんと真性の阿呆だな」とため息をついた。頼んだコーヒーを一口含んでから、まだ熱いのかとでも言いたげに顔をしかめる。彼はひどい猫舌なのだ。
「妄想が逞しいってことは、欲求不満だってことなんじゃねえのか。なんだよ、そのベッドがうんたらっていう実況中継はよ」
と漏らす。
正確に言うなら、実況中継というよりは、二人の雰囲気を読んだ上でのリッキーの即興のアテレコだったのだが。妙に二人の表情に、自分の考えた台詞が絶妙に嵌ったのが自慢そうだった。
「へん、欲求不満てんならタロスには負けらあ。それに妄想が逞しいんじゃなく、『想像力が豊かだ』って言って欲しいね」
「なんだと?」
「俺ら、健全な青少年だもん。これっくらい想像したっていいだろ」
えらく大人びた顔つきで、残りのジュースを全部すすった。
「そりゃ、まあな……」
「兄貴だってアルフィンを連れてきたいのに、無理しちゃってさ。見え見えじゃん?」
「確かに、トランクに詰めてでも、連れて行きたそうではあったわな」
今朝の<ミネルバ>での様子を思い出し、タロスも同意した。
「だろ? だろ?」
「羨ましいねえ」
「全くだ……」
そこで、眼下のジョウがこちらに向かって右手を上げた。
今からゲートに入るという意味らしい。「行ってくる」というように声には出さず、口を動かした。
タロスはちょっとだけコーヒーカップを持ち上げ、リッキーは元気に手を振り返した。
アルフィンが、そこで背伸びしてジョウの頬に軽くキスをした。
ジョウは明らかに動転して、逃げるようにあたふたとゲートに向かった。ラウンジのタロスたちに見られはしなかったかと一瞬窺うような表情を見せながら。
タロスとリッキーは声を上げて笑った。そしてジョウの背中に言った。
「行ってらっしゃい、ジョウ」
Fin.
【あとがき】
リッキーって、こういう機を読むの本当に上手そう。声色とかも変えて、本格的にアテレコしたものと思われます。。。
そういえば、劇場版はリッキー役は小原さんですもんね。プロ中のプロにとっては、この程度のアテレコは朝飯前? 笑 隣で苦笑しながら聞く小林さんのお姿も、なんだか垣間見えるみたいです。
⇒pixiv安達 薫
あの声で言ってもらいたいなぁ~
リッキー&タロスの掛け合い漫才的なやり取りを見ていると、なぜかハッピーになる私(笑)
タロス中の人おんとし88歳小林氏は、10月から放送の「ルパン三世シリーズ」の次元を続投!!
ぜひもう一度、機会があれば、アニメのタロスをやってほしい!!
REBIRTHの漫画も、ともすればアニメの声優さんの声で変換して読んでいたりv
小林さん、もうそのような御年でいらっしゃるのですね……お身体お大事になさって、もっとずうっとご活躍していただきたいです。ほんといいお声ですもん。唯一無二ですものね。祈