「どうしたの、あれ。手塚?」
「訓練中の怪我だって。ひどいよね」
「大丈夫なの?」
寮の夕食どき。両目を包帯でぐるぐる覆って顔半分しか判別できない背の高い男が、難儀そうに食事をしている。
目を完全にふさがれている状態なので、手元がまったく覚束ない。
寮母さんが気を利かせて手塚の分だけおにぎりを用意したのだが、それでも箸を使っておかずや汁物を食さなければならない。
椀や皿を手に取ることだけでも視力を奪われた今は大仕事だ。
手塚は自分を気遣う同室に先に上がれと言って、一人黙々と食事を続けた。人目さえなければ、手づかみで食いたいところだがそうもいかない。
そんなことをしているうちに箸を取り落す。床に落ちた音だが、場所がわからない。
ったく。自然、ため息が出る。
と、そこへ誰かがかがみこんで代わりに拾ってくれた気配。手塚は、
「すまん。助かる」
とそちらへ首を巡らす。
「……驚いた。あんた見えてるの」
予想通りの人物の声。怪訝そうな。そして、箸らしきものが手渡される。
「見えるわけないだろ。このありさまだぞ」
「じゃあなんであたしだって分かるのよ」
「分かるさ」
お前の香りなら分かる。たとえ目が見えなくても。
そのセリフは飲み込んだ。
「笠原から聞いた。災難だったわね」
柴崎はさらりと言って、「あ、それ。交換したから。箸置きから新しいの取ったから安心して」とつけたし。
そして隣の椅子を引いて座る。
「お前、食事は」
「終わったわよとっくに。テーブルもだいぶ捌けた。あと食べてるのはあんたぐらい」
「だよな」
またため息。
柴崎は、「大丈夫なの、その目」と尋ねる。その間もまばらになった食堂からさらに人が立ち去る足音が耳につく。
「視力に影響はない。一時的に見えなくなってるだけだ。二三日したらこれも取れる」
「銃把をまともにくらったって? あんたらしくもない」
バディのライフルの取っ手がもろに目に来たときは、さすがに星が散った。ひっくり返るような醜態はさらさずに済んだが、それでもその場にうずくまるのには十分な衝撃だった。
痛みはすぐ失せたものの視界が暗いままで大事を取って訓練を切り上げ、病院へ向かった。手塚としては続ける意志があったが堂上がゆるさなかった。診察室まで彼が付き添った。
心配性で優しい上司を思い出し、手塚の表情が緩む。
「しようがないさ。暗所で、しかも密集してた。俺の不注意だった」
「相手を責めないあたりがあんたのいいところよね」
柴崎は食事する彼を眺めながら言った。一人、食堂に取り残される手塚につきあうつもりか、席を立つ様子はない。
さりげない気遣いのできる女だよなと思いながら箸を進める。
「お互い様だからな。訓練中で幸いだと思うことにするよ」
「……貸して」
「え?」
「箸、貸してよ。見てらんないわぼろぼろこぼして。もどかしいったら」
半ば強引に手塚から箸を取り上げ、柴崎が手塚のトレイを手元に引き寄せる。
「ほら、口開けて」
あーん、と促す。
「え、な、なんだよ」
「いいからあーんして。きんぴらごぼうとか今運べないでしょ」
ったくなんであたしがこんな介護みたいなこと、とぶつぶつ言いながら、それでも一口用に箸先でつまみあげ、動揺している手塚に無理やり食べさせる。
「う」
「美味しいでしょ。柴崎さんが手ずから食べさせてあげるなんてレアなこと。でっかい貸しだからね」
「お前……介護とか言っておいて貸しにするのか」
「当たり前でしょ。ほら、あーん」
言われるままに、手塚は素直に口をあけて柴崎に食べさせてもらう。人目もなくなったようだし、逆に包帯が味方してくれる。この行幸に浸る恩恵にあずかっても罰は当たるまい。
なんだかんだ言って、手塚を配慮して柴崎は食べやすいように運んでくれる。時間を気にすることなく手塚は食べ終えることができた。
「サンキュー。おかげで助かった」
「いいけどね。あんた、気をつけなさいよ。今回は大事なかったからいいけど。一歩間違えれば失明だったのよ。大事故よ」
「うん」
「簡単にうんとか言って。取り返しのつかないことになったって知らないからね」
「うん」
口うるさいのが、心地いい。好きな女に心配してもらえる特権。手塚の背骨が甘くとろける。
包帯していて、よかった。表情を見られずに済んで。
柴崎は手塚の反応が気に食わないのか、怒ったような口調で言った。
「生返事ばっかなんだから。ほら、もう、ご飯粒、ついてる」
ついと手を伸ばし、顎のところに触れる。
どき。
目が見えない分、聴覚や触覚がいつもより研ぎ澄まされ、柴崎の指先の動きに敏感だ。
手塚の胸の鼓動が速まる。
柴崎はご飯粒をつまみあげ、それも彼の口に運んだ。
上唇と下唇を押し広げ、その間に指を潜り込ませる。
人差し指と中指で、彼の口に忘れ物をそうっと忍ばせた。
「……」
官能的なしぐさに手塚が陶然となる。呼吸をするのも忘れるほど。
彼ののど仏がかすかに身じろぎするのを見届けてから、柴崎が席を立った。
「ごちそう様でした、って言われたことにしとくわ」
慌てて手塚が「ご、ごちそう様でした」と復唱。
くすくす笑って柴崎は「それはこっちのセリフかも」と彼にかがんだ。
ふわっと彼の鼻孔を甘い香りがくすぐる。
柴崎の髪の匂い。それとも肌の?
そしてもう一度彼の唇に何かがそうっと押し当てられる気配がしたかと思うと、甘い風は彼のもとを掠めて消えた。
「お大事に」
目の見えない手塚に、柴崎が仕掛けたものはなんなのか、確かめる術もなく。彼は柴崎が立ち去るのを足音で知った。
いつまでも硬直が解けない彼。その耳たぶは秋の紅葉のように真っ赤だった。
【2】へ
※ 手塚君、してやられたりの巻。笑)
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「訓練中の怪我だって。ひどいよね」
「大丈夫なの?」
寮の夕食どき。両目を包帯でぐるぐる覆って顔半分しか判別できない背の高い男が、難儀そうに食事をしている。
目を完全にふさがれている状態なので、手元がまったく覚束ない。
寮母さんが気を利かせて手塚の分だけおにぎりを用意したのだが、それでも箸を使っておかずや汁物を食さなければならない。
椀や皿を手に取ることだけでも視力を奪われた今は大仕事だ。
手塚は自分を気遣う同室に先に上がれと言って、一人黙々と食事を続けた。人目さえなければ、手づかみで食いたいところだがそうもいかない。
そんなことをしているうちに箸を取り落す。床に落ちた音だが、場所がわからない。
ったく。自然、ため息が出る。
と、そこへ誰かがかがみこんで代わりに拾ってくれた気配。手塚は、
「すまん。助かる」
とそちらへ首を巡らす。
「……驚いた。あんた見えてるの」
予想通りの人物の声。怪訝そうな。そして、箸らしきものが手渡される。
「見えるわけないだろ。このありさまだぞ」
「じゃあなんであたしだって分かるのよ」
「分かるさ」
お前の香りなら分かる。たとえ目が見えなくても。
そのセリフは飲み込んだ。
「笠原から聞いた。災難だったわね」
柴崎はさらりと言って、「あ、それ。交換したから。箸置きから新しいの取ったから安心して」とつけたし。
そして隣の椅子を引いて座る。
「お前、食事は」
「終わったわよとっくに。テーブルもだいぶ捌けた。あと食べてるのはあんたぐらい」
「だよな」
またため息。
柴崎は、「大丈夫なの、その目」と尋ねる。その間もまばらになった食堂からさらに人が立ち去る足音が耳につく。
「視力に影響はない。一時的に見えなくなってるだけだ。二三日したらこれも取れる」
「銃把をまともにくらったって? あんたらしくもない」
バディのライフルの取っ手がもろに目に来たときは、さすがに星が散った。ひっくり返るような醜態はさらさずに済んだが、それでもその場にうずくまるのには十分な衝撃だった。
痛みはすぐ失せたものの視界が暗いままで大事を取って訓練を切り上げ、病院へ向かった。手塚としては続ける意志があったが堂上がゆるさなかった。診察室まで彼が付き添った。
心配性で優しい上司を思い出し、手塚の表情が緩む。
「しようがないさ。暗所で、しかも密集してた。俺の不注意だった」
「相手を責めないあたりがあんたのいいところよね」
柴崎は食事する彼を眺めながら言った。一人、食堂に取り残される手塚につきあうつもりか、席を立つ様子はない。
さりげない気遣いのできる女だよなと思いながら箸を進める。
「お互い様だからな。訓練中で幸いだと思うことにするよ」
「……貸して」
「え?」
「箸、貸してよ。見てらんないわぼろぼろこぼして。もどかしいったら」
半ば強引に手塚から箸を取り上げ、柴崎が手塚のトレイを手元に引き寄せる。
「ほら、口開けて」
あーん、と促す。
「え、な、なんだよ」
「いいからあーんして。きんぴらごぼうとか今運べないでしょ」
ったくなんであたしがこんな介護みたいなこと、とぶつぶつ言いながら、それでも一口用に箸先でつまみあげ、動揺している手塚に無理やり食べさせる。
「う」
「美味しいでしょ。柴崎さんが手ずから食べさせてあげるなんてレアなこと。でっかい貸しだからね」
「お前……介護とか言っておいて貸しにするのか」
「当たり前でしょ。ほら、あーん」
言われるままに、手塚は素直に口をあけて柴崎に食べさせてもらう。人目もなくなったようだし、逆に包帯が味方してくれる。この行幸に浸る恩恵にあずかっても罰は当たるまい。
なんだかんだ言って、手塚を配慮して柴崎は食べやすいように運んでくれる。時間を気にすることなく手塚は食べ終えることができた。
「サンキュー。おかげで助かった」
「いいけどね。あんた、気をつけなさいよ。今回は大事なかったからいいけど。一歩間違えれば失明だったのよ。大事故よ」
「うん」
「簡単にうんとか言って。取り返しのつかないことになったって知らないからね」
「うん」
口うるさいのが、心地いい。好きな女に心配してもらえる特権。手塚の背骨が甘くとろける。
包帯していて、よかった。表情を見られずに済んで。
柴崎は手塚の反応が気に食わないのか、怒ったような口調で言った。
「生返事ばっかなんだから。ほら、もう、ご飯粒、ついてる」
ついと手を伸ばし、顎のところに触れる。
どき。
目が見えない分、聴覚や触覚がいつもより研ぎ澄まされ、柴崎の指先の動きに敏感だ。
手塚の胸の鼓動が速まる。
柴崎はご飯粒をつまみあげ、それも彼の口に運んだ。
上唇と下唇を押し広げ、その間に指を潜り込ませる。
人差し指と中指で、彼の口に忘れ物をそうっと忍ばせた。
「……」
官能的なしぐさに手塚が陶然となる。呼吸をするのも忘れるほど。
彼ののど仏がかすかに身じろぎするのを見届けてから、柴崎が席を立った。
「ごちそう様でした、って言われたことにしとくわ」
慌てて手塚が「ご、ごちそう様でした」と復唱。
くすくす笑って柴崎は「それはこっちのセリフかも」と彼にかがんだ。
ふわっと彼の鼻孔を甘い香りがくすぐる。
柴崎の髪の匂い。それとも肌の?
そしてもう一度彼の唇に何かがそうっと押し当てられる気配がしたかと思うと、甘い風は彼のもとを掠めて消えた。
「お大事に」
目の見えない手塚に、柴崎が仕掛けたものはなんなのか、確かめる術もなく。彼は柴崎が立ち去るのを足音で知った。
いつまでも硬直が解けない彼。その耳たぶは秋の紅葉のように真っ赤だった。
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安達さまの紡ぐ手柴はドキドキ・ウキウキだけでなく
しっとりしてて、読み手にとって安心して?いられます。
今回の柴崎の仕掛けに ニヤニヤ
手塚の固まり具合に うふふっ。
私からも手柴の二人に「ごちそうさまでした」と伝えたいです。
そして 安達さまには「お大事に」と。
あーんして。
心配性の柴崎。
ご飯粒を指先で口元にwww
指先を食む手塚www
それだけでなく、唇にwwwww
うぎょーっ!ともう悶え転げました!
萌え要素盛りだくさん過ぎて…!
安達様の指先までも艶やかな手柴のお話、本当に堪りません…!
ありがとうございます!
季節到来ということで、また手柴に会えるのを楽しみにしていますwww
そして、なんとも大人な手柴ですね。
安達さま、らしいですね~。
想像するだけで、悶えてしまいます。
これからも甘い手柴のアップ、楽しみにしています!
お体もお大事に。
情景が浮かんで、にまにまのでへへで
うわ~~~~~ε≡≡ヘ( ´Д`)ノです。
何でなのか、、、手柴には秋冬が似合うと思うのでですよねえ。。。(堂郁には夏)
たぶん私の趣味と思うのですが、クリスマスシーズンも来ますし、もしもそういう雰囲気になったらまた更新したいと思います。その際はどうぞお付き合いくださいませ。
ちょっと冷たい風が手柴には良く似合う(゜д゜)(。_。)(゜д゜)(。_。) ウンウン
きっと、そうやって物理的に寒くならないと、寄り添えない二人なんでしょうね。
夜の部屋の連載も無事終了しました。
いつもいつも激励コメント、拍手ありがとうございました。
支えられてなんとか二次やってます。
冬は手柴の季節ですねえ。。。当地も初雪です。