幸福で胸がつぶれそうなとき。
それは、好きな男の寝顔を見守っているとき。
槙を腕の中に囲う。夕べの激しい交愛がうそのように、あどけない顔で寝息を立てている。
私の胸に顔を埋めて、眠りをただよう。
私はそっと彼を抱きしめる。
短い髪の毛を撫でると指先がくすぐったい。
深々と彼の匂いを吸い込むと、胸が上下したか、槙が目を覚ました。
「……もう朝?」
くぐもった声が聞こえる。私はうんと頷く。カーテンが朝日を受けて、模様がうっすらとベッドに映し出されている。
まぶしさはまだ部屋を満たしていない。
「でもまだ寝てていいよ。今日はオフだから」
少し、寝坊しても大丈夫。
そう囁くと安心したように大きく息をついた。
「ん……」
私の身体にすがりつくように腕を回し、再び眠りに落ちる。
幸せ。
そう言ったのは槙だったけれど、それは私の台詞だ。
好きな人の眠りを腕に抱きしめる。至福のとき。
「本当にどこにも出かけなくていいんですか?」
槙は私を窺うように見た。寝癖が少しついていて、なんだか可愛らしい。
普段かっちり生真面目なだけに。
「いいよ。今日はうちでだらだらしよ」
「俺はそれでいいですけど。あんた、せっかくの休日なんですから」
私の部屋で過ごす時間は結構経ったけど、槙はまだ居心地がよくなさそうだ。
きっと手持ち無沙汰なのだろう。
「たまにはゆっくり過ごしたい。時間を気にしないで。あんたと」
「……なんだか」
そこまで言って、槙は目を逸らした。
「なに?」
「いえ」
「何よ。途中で止めるなんて」
「いや。なんでも」
決まり悪そうに鼻の頭を掻く。
私は深追いするのを止めて、「ほら耳かきしてあげる。こっちきて」と槙を呼んだ。
フローリングの床にじかに座り手招きをする。
いつだったか槙に耳掃除をしてあげると約束して久しい。こんな予定を入れない休みの日じゃなければ、時間が取れない。
槙は、「いいんですか」と恐縮した様子。
「いいよ、痛くしないからほら」
「なんだか嫌な言い方だな」
おずおずと、槙はこっちにやってくる。
私は彼を膝枕して、耳かきを用意した。ティッシュを広げて掃除を始める。
横たわった槙の身体を眺めおろしながら、大きい猫みたいと思う。
猫科のけものも、オフには無防備さを見せる。
「……い、っ」
不意に身を強張らせる。
「ごめん。痛かった?」
手を止めて覗き込む。と、いいえ、とかぶりを振った。
そのまま私の太ももに顔を埋める。
やっぱり痛かったかな、もう切り上げたほうがいいのかなと迷っていると、
「その逆です。嬉しくて」
「嬉しい?」
「先輩の膝枕で、耳掃除してもらうなんて、なんかもうどうにかなっちまうくらい幸せです、俺」
気恥ずかしいのだろう。顔を見られたくないのか、太ももに顔を当てたまま、槙は言った
「……」
私は何を言えばいいか分からなくて、それでもこの幸福感を伝えたくて、ただ彼の頭を撫でた。そうっと、何度も。
幸せなのは、私。私の方だってば。
槙は、すっかり私に身体を預けきって、「姉さん女房ってのも、格別ですね」と呟いた。
え。
「普段あんまり年とか意識したことないけど……。でもこんな風に甘えられるの、いいです」
耳たぶが赤い。
照れくさそうに、それでも真摯に言葉をつむいでくれる槙。
……だから。
それはこっちの台詞だって。
そう言う代わりに、私はもう一度彼の髪に指先を滑らせて、そのこめかみを愛撫した。
「好きよ」
勝手に唇が動く。
驚いたように彼が私を見上げたことで、私は自分が何を漏らしてしまったのか知る。
槙が腕を支柱にして身体を持ち上げる。
顔が、同じ高さにやってくる。
目を覗き込まれる。
瞬きを忘れる。
言葉は要らない。
槙が私の唇に触れる。そうっと包み込むように。弾力的な唇で。
長い長いキスとなる。
幸福で胸がつぶれそうなとき。
それは、好きな男の寝顔を見守っているとき。
彼の耳掃除をしてあげるとき。膝枕で。
そして彼から福音のように優しいキスを受けるとき。
女に生まれてよかった。
そう思えるひとときを、あなたはくれる。
(了)
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あまりの槙さんの可愛さに思わずコメしてしまいました///
あだちさんの作品はダントツで手柴が大好きなのですが(なんといっても柴崎がかわいすぎる・・・)、最近は槙柚も大好きです!!
これからも素敵な作品待ってます(*´▽`*)
予約受付、待ってま~~す!
はじめまして ご贔屓にありがとうございます
槙は普段しっかりしている分、二人のときは
すごく甘えてそうですよね(年下彼の特権とばかり)
>たくねこさま
この話はOLIVEには入ってないのですよ。。。ごめんなさい(><)次の?があればきっとそちらに収録…かもです。