「あれ、珍しい、飲んでらっしゃるの?」
風呂上がりのアルフィンが、リビングに顔を出す。と、父子がウイスキーグラスをゆるりと傾けているところだった。
半円形のソファに距離をおいて座っている、ジョウとダン。二人並んでも容貌はあまり似ているとは思わない。が、雰囲気がそっくりだと思った。
数年ぶりにアラミスの実家に帰省したジョウだったが、それぞれナイトキャップを嗜むことはあっても、さしで飲み交わすことはなかった。少なくともアルフィンはそう記憶している。
ジョウは頷いた。
「うん、何となく。今夜は」
「あなたも飲るかね?」
ダンが、目顔で訊く。アルフィンはかぶりを振った。
「いいえ。親子水入らずですから。お邪魔するのは無粋です。でも、ほどほどになさってくださいね」
優等生の回答をするアルフィン。そんな彼女にジョウは、
「お、珍しい。呑兵衛の君が」
そんな軽口を利くから、ちょっと、と睨まれた。未来の義父に、おかしな先入観はもってほしくない。
「ごめんごめん。嘘だよ」
「ほんとですよ、お義父様。今の信じないでくださいね」
「分かってるよ。もう遅い。おやすみ」
ダンは目を細めた。目元のしわがとても魅力的だ。アルフィンは「はい。おやすみなさい」と挨拶をしてリビングを出ていこうとする。
ジョウもソファから腰を上げて「送ってくる」と彼女を追う。
「送るって……いいのよ。おうちの中よ」
「いいから」
二人の背をダンは見送って、しばらくグラスを一人で傾けた。シングルモルト。めったに開けないボトルを取り出してきた。
今夜、話があるんだけどと言い出しづらそうに息子に切り出された。このうちに滞在して5日目。何の話題だろうと考え、思い当たる節はいくつかあったが、まあいい、とあえてそれを探らないようにしていた。10かそこらのときから親元を離れて生きてきたジョウは、久しぶりに帰ってきたと思ったら、すっかりいっぱしの青年となっていた。本当に知らない男を見るようだった。
そして、あんなにいい娘さんを「ずっと紹介したかったんだ」って、連れてくるのだもんな……。
ややあって、ジョウがリビングに戻ってきた。彼をダンは掬い上げるように見て、
「ご機嫌はなおったか、姫様の」
と言う。
「……まあ。大丈夫」
ジョウは食えない父親だなと内心舌を巻く。さっきごめんな、と彼女に謝って、キスを贈ったこともばれているんじゃあとどきどきする。
キス以上の雰囲気になるのをアルフィンに押しとどめられ、しぶしぶこうやってリビングに戻ってきたことも。
「もう一杯飲るか」
「いただきます」
それから二人、またグラスに琥珀色の液体を注いで言葉もなく時を過ごす。沈黙が気まずく感じない程度には、同じ空間で過ごすことに慣れ始めている父子だった。
話を促す気配が全くないので、ジョウは苦笑した。やれやれ、俺から誘ったとはいえ、完全に受け身かよ。
今夜は何の件だ、ぐらい聞いてくれてもよさそうなのにな。そう思いつつ、
「実はあなたに訊きておきたいことがあって」
重い口を開いた。
「ああ」
ダンは表情を変えない。
「……母さん。おふくろのことなんだけど」
そこで初めて、ぴくっとダンの頬に反応があった。目を上げて、息子を見る。
ユリアの……。そうか、それで。
緩やかな理解が降りてくる。雪が虚空を舞うように。
あの娘さんを連れてきて、私に紹介して、男として「けじめ」をつけた。同時にここに来る前から決めていたのだろう。母親のことを訊こうと。
「そうだな。話したことがなかったな、面と向かって。いままで一度も」
「……11の頃から家を出たから。仕事に夢中で、こっちに帰る暇もなかったし」
「……お前は何を訊きたいんだ」
「どんな人でしたか、お袋――あなたの妻は」
ジョウが言葉を選びながら尋ねると、ダンは即答した。
「優しいひとだった。苦しい時こそ、笑っているような、そんな女性だった」
だから、出産後、肥立ちが悪く息を引き取る間際も微笑んで逝った。と、ダンは答えた。
(後編へ続く)
ドラマ「アンメット」3巡目で見ています。。。イイ