「ああ、いい風。気持ちいいね、ジョウ」
「ほんとだな」
エアカーをレンタルして、海沿いを夕方までドライブし、その後、夜のビア・ガーデンへと繰り出した二人。
久しぶりに独身時代に戻ったような水入らずのデートの時間を過ごしていた。
ジョウはアルフィンが飲みすぎないように時折水を間に挟ませ、アルコールが回るのを中和させた。
その甲斐あってか、店を出てエアカーを停めてある駐車場まで歩くアルフィンはほろ酔いだ。泥酔していない。
白いセーラーカラーのワンピース。ノースリーブから覗く二の腕はすんなりと細い。
珍しく、ヒールのある紺色のパンプスを履いていた。いつもより、数センチ目線の位置が高いところにある。
ふいに、足がよろけてつまずきそうになる。
「あ」
「おっと」
とっさに、手が出た。ジョウが彼女の腰に腕を回し、支える。
「あっぶな。ありがとう」
「気を付けろよ。酔いが回ったか」
「だいじょーぶ。ちょっとよろけただけ」
ほんの少し甘い声。顔が赤い。とろんと眠たげな目でジョウを仰ぎ見る。そして、
「ふふ、いい男」
邪気のない笑顔でそう言った。
「ばか。……何言ってんだ」
ジョウは照れてアルフィンから手を離した。その手をアルフィンは自分から握って続けた。
「だってほんとのことだもーん。うちの旦那様は最高にいい男。タクマとあたしの自慢ーーううん、アラミス全土の自慢よ」
つないだ手を振ってご機嫌な様子で言うから、ジョウは苦笑した。
「やっぱり酔ってるな。ペースダウンさせたのに」
「だって最高な気分だもん。タクマに感謝ね。こんな風におしゃれして街に繰り出して、夕闇の空を見ながらジョウと美味しいビールを飲むのなんて最高。極楽。やっぱりデート、楽しいね~」
独身の頃に戻ったみたいだったね。ウフフと微笑む。
その横顔をジョウは眩しいものでも見るかのようにじっと見つめた。
「……」
「? ん、なあに」
視線に気づいてアルフィンは歩を止める。
いや、とジョウは目を逸らしたが、手をつないだまま思い直したように言った。
「アルフィン、ちょっと寄り道しないか」
「え……」
ゆっくり瞬きする。酔っているせいで、ジョウの言いたいことをすぐに汲み取れない。
「寄り道? いいわよ~もう一軒行く?」
「いやそうじゃなく……。ホテルで少し休んで帰るとか」
少し言いよどんだが、ジョウは誘い文句を口にした。
「ーー」
驚いて口が半開きになる。びっくりした。ジョウからのお誘いなんて、何年ぶりだろう。こんなにストレートなものは特に。
アルフィンがびっくりしているので、ジョウが照れてしまい、いや、いいんだ。まっすぐ帰るか、とまた行きかける。
「あ、待って」
アルフィンがその後を追う。いったん離れた手を手繰り寄せて、それでは飽き足らず彼の腕に腕を絡める。ぴたりと寄り添った。そして、
「ごめん。いきなりだったから面食らっただけ。う、嬉しい。嬉しいのよ。でもどうして……。うちに帰ってからじゃなく、その、ホテルでっていうのは」
夫婦になっても、子どもをもうけても、夜の営みは頻繁に行っていた。同じ船に暮らし寝室も一緒なので、ダブルベッドに入っておやすみと言ってから、なんとなくジョウから、アルフィンからねだって、自然とそういう流れになってという具合で。
でも今夜、わざわざホテルをチャージしてまでって……。という思いがありありと顔に出たのだろう。
ジョウはバツが悪いのか、つないでない方の手で鼻の頭を軽く掻いてみせた。
「いやーーなんか、アルフィン、今日すごい可愛いなって。デートだ、嬉しいってにこにこして。ご機嫌で、少し酔って色っぽくて。君を見てたら、なんか……すごく抱きたくなった」
そこまで言って、完全に照れる。赤くなって俯いた。撃沈。
つられてアルフィンも真っ赤になった。純情夫婦と、その様を見たらリッキーなぞは容赦なく突っ込んだだろう。
「そうなんだ」
嬉しい。ストレートに思いを口にしてくれるのは、彼にしてはとても珍しいことだった。
ジョウに腕を絡めたまま、アルフィンはしばらく歩く。
思いがけず、タクマから母の日の贈り物だよと、夫婦でデートに出ることになって、海辺のドライブは遠浅のグリーンがきれいで、連れていってもらったビア・ガーデンは雰囲気がオリエンタル風で抜群で、店員さんの対応も親切でなによりビールが美味しくて。
最後にとびきりのプレゼントが、最愛の人から差し出された。
彼女は久々に足を通したパンプスを見下ろす。
子供を産んで、タクマを育ててる間は、ヒールの高い靴はあまり履けなかった。いつもシューズかサンダルで、興味があるものを見るとすぐ反応するあの子をダッシュで追いかけるのが常だった(たぶん、遺伝。あたしのほうの)。
タクマが手がかからなくなってからも、こんな風にジョウと二人でデートなんてなかなか出かけられなかった。
……ヒールを履いたせいで足がじんと痛むけど、その痛みさえ愛おしいなんて。
あたしは本当にこの人が好きなんだなあと、アルフィンは再確認した。うつくしい紫を湛える宵闇を見つめながら、
「レンタカー、返さなくていいの? ホテルに行くんなら」
そう言うと、ジョウは意図を察して「え、いいのか」と彼女を見た。
「だってあの子、今夜は外泊して来てもいいって言ったし。今日はゆっくりしておいでって」
「そりゃそうだけど、……レンタカーは入金すれば自動運転で店まで戻せるから大丈夫だよ。……行くか?」
ジョウの声音は、本当に行ってもいいのかと尋ねているようにアルフィンには聞こえた。
アルフィンに合わせて歩調を緩めてくれているのがわかる。
優しいあたしの旦那様。
微笑んで「うん。連れてって。ジョウとずっとイチャイチャしたくなっちゃった、今夜は」と彼を見上げる。
ジョウはうろたえた。でも「そっか、うん」とどうしても喜色がにじむ口元を押さえきれずにまた前を向く。
「久しぶりにさ、声、聴きたいな。いっぱい鳴かせたい」
声を出しても大丈夫なとこを選ぼうかと言う。どうしても船の中、隣の部屋に息子がいると思うと、存分に歓喜の声を上げることはできない。息を殺して、声を潜めてまぐわりあうのが常だった。
それはそれで、官能的ではあるのだが。それでも、男として惚れた女の乱れるさまを見たいというのは本能的な欲求でもあった。
アルフィンはついぎゅっとジョウにしがみついてしまう。顔を見られたくなくて。
「えっち」
「うん。自覚はある」
えっちな旦那は嫌いか、とわざとおどけて尋ねるから、今度はアルフィンが撃沈する番だった。数秒、逡巡してから
「ーーダイスキ」
と答えた。
ジョウの笑い声が、星が瞬く夜空に吸い込まれていった。
END
飲酒した後は、エアカーは自動運転で操縦するという設定です。安心してください。飲んだら乗るな、かもしくは代行ですよ。みなさん。
この晩のイチャイチャで、タクマに弟か妹ができる設定で…
京都旅行記も楽しく拝読しました。偶然ながら私もGW直前に大阪に所用があったついでの帰りに数年ぶりに京都に寄って都をどりを観てきました。次回はゆっくり神社仏閣も行きたいなあ。充実したお休みだったようで何よりですねv
(別件ですが、海賊x姫君、このCPでもいつか書いていただきたいなあ…と図々しく呟いてみたり。何せこちらは本物の姫ですヨ?なんちて。)
良い週末をお過ごしください。
セーラーカラーの服は劇場版を意識しております。
30を過ぎた姫はもっとロングで、細いウエストベルトを着用するデザインをイメージしました。
ただし、二の腕は10代のままの細さで。笑
この夜の部はpixivさんにでもポスト出来たらと思います。
海賊設定はなかなか難しいですねえ。片や本物の姫だけに、完全イメクラにならないぶん、手ごわいんです。。。