「今日は母の日だってな。んじゃ、かーちゃんにプレゼントあげなきゃだな」
タクマが起きてくるなり、そんなことを言い出すから、アルフィンは目をぱちくりさせた。キッチンで朝食の支度をしている手を止めて、彼を見やる。
「いや、どっちかっていうと、とーちゃんにかな」
「? 何を言ってるんだオマエ」
まず座れと、自分の隣を目で示して促すジョウ。
「ん? かーちゃんに母の日を労うプレゼントを贈ると、結果としてとーちゃんが得をするってことだよ!」
椅子を引いて、グラスにミルクを注ぐ。トマトジューズに軽く塩を入れて飲んでいたジョウは、こいつは図体はでかくなってもまだ牛乳か、とうっすら横目で笑う。
「何が言いたいの? 何をくれるつもりなのあなたは」
「へへ、聞いて驚け。これを作ってきた」
寝起きの寝癖がついたままのぼさぼさ頭で、色気もないメモ用紙を破ったものをアルフィンに手渡したタクマ。
「なあに、これ」
アルフィンが両手で受け取り、まじまじと見る。
と、その頬が綻んだ。
「なんだよ」
ジョウがその手元を覗き込む。と、
「かーちゃんへ
いつもサンキュー。美人で若くて優しいけどおっかない、肝っ玉かーちゃんのお陰で<ミネルバ>は上手く回ってると思うぜ。きょうは一日とーちゃんと好きなことして遊んでくれい! 夜はどっかに泊まってきてもいいぜ
気がきく一人息子より」
割と下手な文字で書き込まれているのが見えた。
「なんじゃこりゃ」
ジョウはメモを取り上げた。
「去年のよりはましね、ずいぶん。成長したかな」
アルフィンは含み笑い。
「去年はなんだったっけ?」
「肩たたき券、十枚つづり」
人をおばあちゃん扱いしてえ、と思い出し怒り。ジョウはたまらず吹き出した。
「そうだったそうだった。朝からタクマがそいつを差し出すから、お冠だったんだよな、アルフィンは」
「止めて。黒歴史だからあれ」
タクマは頭を掻いた。そして、下唇をわずかに突き出して、
「今日はア、俺が家のこと、掃除とか洗濯とかあれこれやっとくからさ。夫婦水入らずで楽しんでほしいわけ。それが、かーちゃんへの俺からの母の日プレゼント」
そう言った。
アルフィンはジョウからメモ用紙を手渡されて、胸に押し抱いた。
こぼれるような笑みを浮かべて、息子に向き直る。
「ありがとう。嬉しいわ最高に。一日、母の役割を降りてジョウの奥さんとして楽しんでいいのね」
「もちろんもちろん」
「ですって。ジョウ、というわけで、どこか連れてって、楽しいところ。カジノとか、バーとか。お酒が入る所がいい」
くるっと彼に向き直り、身を寄せてねだる。
う、とジョウの眉が曇った。
「アルコールが入らなきゃだめか? もっとこう、健全なとこに出かけないか」
「ダーメ。断然アルコール! たまには羽目を外して飲みたいもん」
「……ソレはそうですネ」
ジョウは、そう言ってトーストをかじり、トマトジューズを含んだ。
結婚前の彼女の酒乱による惨劇が脳裏をよぎっているのは、想像に難くない。しかし、アルフィンの武勇伝を聞かされていない(ジョウが意図的に封じた)タクマはジョウの内心など知る由もない。
「俺は、久しぶりに海にでもドライブに連れ出したいと思っていたんだけど。遠浅のきれいなビーチがあるそうだから」
「とーちゃんの方が、ロマンチストだなあ」
か―ちゃんの負けだねとうししと笑う。
「え、そうかな。……」
言いくるめられ、しゅんとなるアルフィン。横からジョウが、
「じゃあ俺の行きたいところに付き合ってもらって、ドライブしてからビアガーデンでぱあっと飲むってのはどう?」
そう提案した。アルフィンの顔がぱあっと輝いた。手を打ち付け、
「素敵。嬉しい。乗ったわ!」
と声を上げた。
アルフィンの笑顔を左右から、息子と旦那が眺めそれぞれ目を細めた。
タクマはテーブルに肘をついてやれやれと、内心呟く。
ーーつくづくかーちゃんは幸せだねえ。ずっと長いこと、とーちゃんに溺愛されて。
たぶん、出会った頃から、ずっとずっとさ。
そして、お花みたいに綺麗なかーちゃんを手元に置いて、じっくり大事にしているとーちゃんも幸せ者だよ、ほんと。
息子の俺が保証する。きっと、うちの親がクラッシャー界で、アラミスで一番ラブラブな夫妻だってな。
「じゃあ、お言葉に甘えて今日出かけてくるわね、タクマ。お掃除とお洗濯と夕飯の支度、お願い」
「うえ、なんか一つ増えてない? 夕飯って。二人、外食でビアガーデンならいらないじゃん?」
「だあめ。ちゃんと作って自分で食べるのよ。リッキーおじちゃんと二人でね」
「うへー。やっぱ、かーちゃんだな。押さえるとこ押さえてるわ、きちんと」
「当たり前。母親ってのは、そういうところまで心配して外出するものよ。思い知ったか」
うふふと頬に手を当ててアルフィンは微笑んだ。
END
タクマ、素直な良い子で微笑ましい。両親に愛されて育ってるのがよーく分かります。
晩ご飯は優しいリッキーおじちゃん、いやまだ兄ちゃん?がご褒美に連れ出してくれそうな予感。
新作ありがとうございました。
GWは京都に行ってました。そして続編が図らずもできました。
二次書いていてる間は、続きのあるなしとか考えないんですけど、ふとできたりします。よろしければどうぞ。