「こ、ここでするの?」
アルフィンは怯んだようにさほど広くはない箱の中を見回した。
一流ホテルのエレベータだけあって、内装はきらびやかだ。絨毯の毛足も長い。隅には猫足の腰掛けも用意されてある。
ジョウはアルフィンの狼狽を面白がるような目をしていた。
「パーティが終わって、部屋に戻ったら誘おうって思ってたけど、思わぬ時間をプレゼントされたからな」
そう言いつつ、ジョウはもうきっちりプレスされたYシャツを脱ぎ始めている。
筋肉をまとった胸板があらわれ、アルフィンは焦って目を逸らした。
「で、でも、こんなところでなんて無理よ」
「そんなことはないだろ。できるよ」
ちらりとカメラを見上げる。
「モニターカメラも死んでる。誰も見てない。一応俺の上着も掛けるから」
大丈夫だよ。そう囁いて、実際に上着をカメラに引っ掛けてレンズを覆った。そしてアルフィンの耳元に唇を寄せた。
「あ.....」
びくんと細い肩が跳ねる。
ジョウはその愛らしい反応に目を細めた。
「俺もう言ったっけ? アルフィン」
「な、なに?」
完全に守勢に回ったアルフィンは、訊き返すしかできない。
「今日の君は、すごくセクシーだ。ふるいつきたくなるくらい」
その言葉どおり、ジョウはアルフィンの肩に唇を落とす。
つつ、と肩先からうなじに向けてのラインを下からなぞり上げた。
「......あ」
堪らず身をよじる。でもウエストに回された手がアルフィンの身体を捉えて逃がさない。
おとがいに指をひっかけ、ジョウはアルフィンをくいと上向かせる。
「ま、待って、ジョウ」とアルフィンが手で彼を押しとどめた。
「ん?」
「ドレス、皺になっちゃうから。せっかくのドレスが台無しになるわ」
それって……
「俺に、脱がせてくれって言ってるんだよな。アルフィン」
大胆だなあ。そう言ってジョウがアルフィンのドレスのショルダーストラップに指をかけた。
「待ってって。どうしてそういう解釈になるのよ」
アルフィンが恥じらいながらジョウに背中を向けた。石膏像のようにうつくしい背中を見せつけられ、ジョウの胸が騒ぐ。
左のストラップを外すと、するんとゆで卵のように滑らかな肌がむき出しになった。
「ちょ、やだ、ジョウ」
慌ててストラップをずり上げようとする。その間に、もう片方のものも素早く滑り落としてやった。
ウエストまでドレスの胸当てが落ちる。アルフィンは「やん!」と真っ赤になって身体を両腕で抱きしめるようにした。
「もう~」
ふくれる。
「ほんとに君が嫌ならしないけど」
ジョウはアルフィンを腕に囲って、そうっと抱きしめながら言った。結い上げた髪を撫でる。
「ちょっとでもしたいって思ってたら、預けてくれ。……もう、我慢ができない」
ーーずるい。
こういう言い方、ほんと、ずるいんだから。
アルフィンは内心毒づく。でも、拒めないことを自分もジョウも知っている。
だからOKの代わりに、背伸びしてちゅっとキスを贈った。
ジョウは嬉しそうに笑って彼女を本格的に脱がせに掛かった。もう半分、裸も同然だから簡単なものだった。
ドレスを足元に落とすと、アルフィンは全裸だった。ショーツも身に着けていない。
ジョウは目を瞠った。下着は?
「ドレスにラインが出ちゃうから、着ないの。こういうカッコのときは。……なんか、あたしのほうがやる気まんまんみたいで、恥ずかしい」
言って、両手で顔を覆ってしまう。
ジョウは吐息をついた。
「そんなことない。……すごくいい」
改めてアルフィンの腰に腕を回しながらジョウは言った。
真珠の粉をまぶしたようにうっすらと光り輝く肌、手にしっとりと吸いつく質感。
「ひとつだけ頼みがある、アルフィン」
「なあに?」
「靴を履いてくれないか」
聞いてアルフィンはぼかんとした。
それから、
「……えっちねえ。裸にヒールだけ履かせて抱くの?」
「悪いか。きっと滅茶苦茶色っぽい」
ジョウが掬い上げるように視線で愛撫すると、アルフィンの目の奥にほのかに炎がちらついた。
緩やかに欲情している。
「いいわよ。履かせてくれる?」
低い声で言った。挑発。
「もちろん」
ジョウは頷いた。
「あ、その前に」
絨毯に転がっていた靴を片方拾い上げたジョウをアルフィンが制止した。
「なんだ?」
「ドレス、畳むから。もうちょっぴり待って」
言ってきちんと膝をついてドレスを扱う姿を見てジョウは笑った。
「女の子だなあ、やっぱり」
そしてきっかり60分後。
エレベータは再び動き出した。
非常等が消え、照明がばっと戻った。薄暗がりに慣れた目には、刺さるほど強い光に思えた。
高速で上昇し、目的のフロアまで二人を一直線に運ぶ。
チン、と到着のベルとともに、自動扉が左右に開いた。
箱の中停滞していた空気がふっと抜けていくのを感じる。
扉の向こうに立って二人を待ち構えていたのは、身長二メートルにも及ぶ、巨漢だった。
縦だけでなく横にも大きい。タロスほどの異相ではないが、目が肉に覆われて、視界が狭そうなきゅうくつな顔立ちをしていた。
年齢はよく分からない。男の首にぶら下がっている身分証には、世界有数のエレベータ会社の名前とSTAFFの文字が。
「..….クラッシャージョウさんと、アルフィンさんですか?」
工具箱を片手にもった男が口を開いた瞬間、ジョウはこの男こそが自がインターフォンでやりとりしていた技術スタッフだと知る。
どこがふちのないめがねだよ、全然声とのイメージ合ってないじゃねえか、とセルフ突っ込みを入れる間もなく、
「少し早すぎましたかね? 稼働させるの」
ジョウと、箱の隅で身支度を整えているアルフィンを窺いながら男は言った。アルフィンはアップにした金髪が解けて肩に落ちかかってしまっ
ている。結い上げようと掻き揚げ上げるしぐさが艶かしい。
そこには隠しようのない情事のにおいが立ち込めていた。
自分たちが作り出した、濃密な空気。
扉が開いたとたん、男に知られたと分かった。しかしジョウは平然と言った。
「いや、特に。ちょうどいいぐらいじゃないか」
しらばっくれる。
「なら、いいですけど。
このたびはたいへんご迷惑をおかけしました」
巨体を折りたたんで男が深く頭を下げた。
「いや、いいよ。足止め食っただけで実害はないし」
最高なひとときを過ごせたし、と心の中で付け加える。
「そう言って頂けると助かります。後日、上の者がじきじきに謝罪に伺いますので、連絡先をお聞きしたいのですが」
「それも結構」
ジョウはスーツの襟元を正してからアルフィンに手を差し伸べる。
「いくぞ。すっかり遅れちまった」
まだ快楽の余韻に浸っているのか、うっすら瞳が潤んでいるアルフィンは、ん、と素直に彼に手を預けた。
さらり、と絨毯に擦れてアルフィンの絹のドレスが音を立てる。
箱から完全に抜け出して、二人がスタッフの間を通り過ぎるとき、その男が口を開いた。
「Happy New Year ミスタージョウ」
ジョウは思わず足を止めた。
肩越しに振り返る。目が合った。
「もう日付が変わったのか」
「ええ、大分前に」
それにも気づかず愛し合うことに没頭していた。ジョウはアルフィンと目を見交わす。
急に照れくささが襲う。
「助けに来てくれて有難う。あんたも、今年がいい一年でありますように」
ジョウが返すと、「有難うございます」と彼も会釈した。
アルフィンも微笑む。
「ハッピーニューイヤー」
「はい。パーティ、愉しんできてください」
男の言葉が背中を後押しした。ジョウが片手を軽く上げて応える。
「もう愉しんだよ」
そしてジョウはアルフィンを恭しくエスコートし、約1時間遅れで二人はパーティ会場に到着したのだった。
Fin
2021年も最後の日。今年一年執筆させていただき、ありがとうございました。楽しい時間を過ごさせていただきました。皆様とご縁がありましたことに、心から感謝して。
アルフィンは怯んだようにさほど広くはない箱の中を見回した。
一流ホテルのエレベータだけあって、内装はきらびやかだ。絨毯の毛足も長い。隅には猫足の腰掛けも用意されてある。
ジョウはアルフィンの狼狽を面白がるような目をしていた。
「パーティが終わって、部屋に戻ったら誘おうって思ってたけど、思わぬ時間をプレゼントされたからな」
そう言いつつ、ジョウはもうきっちりプレスされたYシャツを脱ぎ始めている。
筋肉をまとった胸板があらわれ、アルフィンは焦って目を逸らした。
「で、でも、こんなところでなんて無理よ」
「そんなことはないだろ。できるよ」
ちらりとカメラを見上げる。
「モニターカメラも死んでる。誰も見てない。一応俺の上着も掛けるから」
大丈夫だよ。そう囁いて、実際に上着をカメラに引っ掛けてレンズを覆った。そしてアルフィンの耳元に唇を寄せた。
「あ.....」
びくんと細い肩が跳ねる。
ジョウはその愛らしい反応に目を細めた。
「俺もう言ったっけ? アルフィン」
「な、なに?」
完全に守勢に回ったアルフィンは、訊き返すしかできない。
「今日の君は、すごくセクシーだ。ふるいつきたくなるくらい」
その言葉どおり、ジョウはアルフィンの肩に唇を落とす。
つつ、と肩先からうなじに向けてのラインを下からなぞり上げた。
「......あ」
堪らず身をよじる。でもウエストに回された手がアルフィンの身体を捉えて逃がさない。
おとがいに指をひっかけ、ジョウはアルフィンをくいと上向かせる。
「ま、待って、ジョウ」とアルフィンが手で彼を押しとどめた。
「ん?」
「ドレス、皺になっちゃうから。せっかくのドレスが台無しになるわ」
それって……
「俺に、脱がせてくれって言ってるんだよな。アルフィン」
大胆だなあ。そう言ってジョウがアルフィンのドレスのショルダーストラップに指をかけた。
「待ってって。どうしてそういう解釈になるのよ」
アルフィンが恥じらいながらジョウに背中を向けた。石膏像のようにうつくしい背中を見せつけられ、ジョウの胸が騒ぐ。
左のストラップを外すと、するんとゆで卵のように滑らかな肌がむき出しになった。
「ちょ、やだ、ジョウ」
慌ててストラップをずり上げようとする。その間に、もう片方のものも素早く滑り落としてやった。
ウエストまでドレスの胸当てが落ちる。アルフィンは「やん!」と真っ赤になって身体を両腕で抱きしめるようにした。
「もう~」
ふくれる。
「ほんとに君が嫌ならしないけど」
ジョウはアルフィンを腕に囲って、そうっと抱きしめながら言った。結い上げた髪を撫でる。
「ちょっとでもしたいって思ってたら、預けてくれ。……もう、我慢ができない」
ーーずるい。
こういう言い方、ほんと、ずるいんだから。
アルフィンは内心毒づく。でも、拒めないことを自分もジョウも知っている。
だからOKの代わりに、背伸びしてちゅっとキスを贈った。
ジョウは嬉しそうに笑って彼女を本格的に脱がせに掛かった。もう半分、裸も同然だから簡単なものだった。
ドレスを足元に落とすと、アルフィンは全裸だった。ショーツも身に着けていない。
ジョウは目を瞠った。下着は?
「ドレスにラインが出ちゃうから、着ないの。こういうカッコのときは。……なんか、あたしのほうがやる気まんまんみたいで、恥ずかしい」
言って、両手で顔を覆ってしまう。
ジョウは吐息をついた。
「そんなことない。……すごくいい」
改めてアルフィンの腰に腕を回しながらジョウは言った。
真珠の粉をまぶしたようにうっすらと光り輝く肌、手にしっとりと吸いつく質感。
「ひとつだけ頼みがある、アルフィン」
「なあに?」
「靴を履いてくれないか」
聞いてアルフィンはぼかんとした。
それから、
「……えっちねえ。裸にヒールだけ履かせて抱くの?」
「悪いか。きっと滅茶苦茶色っぽい」
ジョウが掬い上げるように視線で愛撫すると、アルフィンの目の奥にほのかに炎がちらついた。
緩やかに欲情している。
「いいわよ。履かせてくれる?」
低い声で言った。挑発。
「もちろん」
ジョウは頷いた。
「あ、その前に」
絨毯に転がっていた靴を片方拾い上げたジョウをアルフィンが制止した。
「なんだ?」
「ドレス、畳むから。もうちょっぴり待って」
言ってきちんと膝をついてドレスを扱う姿を見てジョウは笑った。
「女の子だなあ、やっぱり」
そしてきっかり60分後。
エレベータは再び動き出した。
非常等が消え、照明がばっと戻った。薄暗がりに慣れた目には、刺さるほど強い光に思えた。
高速で上昇し、目的のフロアまで二人を一直線に運ぶ。
チン、と到着のベルとともに、自動扉が左右に開いた。
箱の中停滞していた空気がふっと抜けていくのを感じる。
扉の向こうに立って二人を待ち構えていたのは、身長二メートルにも及ぶ、巨漢だった。
縦だけでなく横にも大きい。タロスほどの異相ではないが、目が肉に覆われて、視界が狭そうなきゅうくつな顔立ちをしていた。
年齢はよく分からない。男の首にぶら下がっている身分証には、世界有数のエレベータ会社の名前とSTAFFの文字が。
「..….クラッシャージョウさんと、アルフィンさんですか?」
工具箱を片手にもった男が口を開いた瞬間、ジョウはこの男こそが自がインターフォンでやりとりしていた技術スタッフだと知る。
どこがふちのないめがねだよ、全然声とのイメージ合ってないじゃねえか、とセルフ突っ込みを入れる間もなく、
「少し早すぎましたかね? 稼働させるの」
ジョウと、箱の隅で身支度を整えているアルフィンを窺いながら男は言った。アルフィンはアップにした金髪が解けて肩に落ちかかってしまっ
ている。結い上げようと掻き揚げ上げるしぐさが艶かしい。
そこには隠しようのない情事のにおいが立ち込めていた。
自分たちが作り出した、濃密な空気。
扉が開いたとたん、男に知られたと分かった。しかしジョウは平然と言った。
「いや、特に。ちょうどいいぐらいじゃないか」
しらばっくれる。
「なら、いいですけど。
このたびはたいへんご迷惑をおかけしました」
巨体を折りたたんで男が深く頭を下げた。
「いや、いいよ。足止め食っただけで実害はないし」
最高なひとときを過ごせたし、と心の中で付け加える。
「そう言って頂けると助かります。後日、上の者がじきじきに謝罪に伺いますので、連絡先をお聞きしたいのですが」
「それも結構」
ジョウはスーツの襟元を正してからアルフィンに手を差し伸べる。
「いくぞ。すっかり遅れちまった」
まだ快楽の余韻に浸っているのか、うっすら瞳が潤んでいるアルフィンは、ん、と素直に彼に手を預けた。
さらり、と絨毯に擦れてアルフィンの絹のドレスが音を立てる。
箱から完全に抜け出して、二人がスタッフの間を通り過ぎるとき、その男が口を開いた。
「Happy New Year ミスタージョウ」
ジョウは思わず足を止めた。
肩越しに振り返る。目が合った。
「もう日付が変わったのか」
「ええ、大分前に」
それにも気づかず愛し合うことに没頭していた。ジョウはアルフィンと目を見交わす。
急に照れくささが襲う。
「助けに来てくれて有難う。あんたも、今年がいい一年でありますように」
ジョウが返すと、「有難うございます」と彼も会釈した。
アルフィンも微笑む。
「ハッピーニューイヤー」
「はい。パーティ、愉しんできてください」
男の言葉が背中を後押しした。ジョウが片手を軽く上げて応える。
「もう愉しんだよ」
そしてジョウはアルフィンを恭しくエスコートし、約1時間遅れで二人はパーティ会場に到着したのだった。
Fin
2021年も最後の日。今年一年執筆させていただき、ありがとうございました。楽しい時間を過ごさせていただきました。皆様とご縁がありましたことに、心から感謝して。
⇒pixiv安達 薫
主席がこういうパーティに呼ぶのは、
ジョウをかってるからだと思うよ。
ダンと違って、アルフィンという花もあるしね。
今年は、色々と作品ありがとうございました。
たくさん楽しめました。ホントありがとうございます。
昨年は大変お世話になりました お知り合いになれましたこと本当に嬉しく思います。今年もよしなによろしくお願いします。
こういうことはしなさそうなジョウですが、年末、ご祝儀という感じで。笑 書きました。