ジョウが約束の時間より少し遅れて来店した。席に案内されるなり、オーダーもそこそこ仲間に尋ねられた。
「よう、ジョウ。お前の好みの美人ってどれ?」
と。
「好みの美人? なんだいきなり」
シートに腰を下ろして周りを見回す。みな、クラッシャー仲間。年も近い悪友だ。
ジョウが黒ビールを、と店員に頼むのを待って、そのうちの一人が言った。
「いや。ここ、俺の行きつけなんだけど、店員の女の子のグレード高いだろって話になって」
目線でバーの中の女の子たちを眺めやる。割と露出の高い、身体の線がくっきり出る服をどの子も纏っている。すらっとモデルのようにスタイルがよく、髪は巻き毛かアップが多い。
「ふうん」
ジョウは気のない様子で相づちを打った。小皿に盛られたナッツに手を伸ばす。
カシューナッツを口に放った。
「マイクはあの子がいいな、俺はあっちかなって」
「結構タイプが割れてさ」
「それぞれどんな美人が好きかって話になってたわけ」
「なるほどねぇ」
「で、ジョウは? どの子が好みだ?って話」
改めて訊かれてジョウはぽり、とナッツを噛みしめた。
この場のノリで適当にしゃべった方がいいに決まっている。どうせ、酒が来るまでの場つなぎの話題だ。
でも、気の利いたことも言えないのも自分で分かっている。だからジョウは少し迷いつつ、素直に口にした。
「・・・・・・俺は、あの子かな」
彼の目で示した先に、小柄な赤毛の女の子がいた。他の店員に比べると、はっきり言ってスタイルもよくないし、美人というほどでもない。夜の店で働くにしては地味な感じの女の子だ。今は人好きのする笑顔を別の客に見せている。
クラッシャー仲間は意外そうに目を見開いた。
「へえ。ああいうのがタイプか、お前」
「意外だな」
「いや、そういうわけじゃないんだが」
さっき、ここに着いて案内してくれたのが彼女だった。
ジョウは、彼女を見ながらひとつひとつ、頭に浮かんだことを挙げていった。
「姿勢がいい。背筋がピンと伸びて。小柄なのに、すっとして見える。
言葉づかいがきれいだ。声もいい。メニューを取り扱う、手の動きがしなやかだった。所作がきれいだなって」
ジョウの言葉がブース席にいた面子にじんわり入り込む。
彼に言われると、あの女の子の佇まいが光を放って見えてくる。ぐんといい女に見えてくるから不思議だった。
「なるほどねえ。所作か」
「俺たちにはねえ視点だな」
当てられたように仲間たちはグラスを口に運んだ。
「そんなことは」
「いやいや。俺なんかおっぱいがでかいだの尻がきゅっとしてるだの、そういうとこしか目がいかねえもん」
マイクが言うと、「お前だけじゃねえよ」と笑いが起こった。
そこで、
「おっ。ーーおい見ろよ。いい女」
ドア口をマイクが顎で示す。
クラッシャー仲間が自然そちらに目をやった。
お、と動きを止めて誰もが視線をそちらに固定した。ジョウのブースの連中だけでなく、店にいた男たちがざわついた。
さざ波のように、興奮がそちらに流れる。
ジョウがそちらを見やると、アルフィンだった。クロークにコートを預けたところらしく、髪を整えて店内を見回している。自分を探してるのだ。
「アルフィン、こっちだ」
店員に案内される前に、ジョウが席を立った。クロークまで向かう。
「ジョウ」
彼を認めてアルフィンが笑顔になる。ごめん、遅れてと詫びた。
「すぐにここが分かったか」
「うん。地図を送ってくれたから。ごめんね、遅刻して」
「いや、買い物は済ませた?」
「ええ。どうしようか迷ったけど、やっぱり買ってよかった」
うきうきと声が弾んでいる。膝までのワンピースの裾が揺れた。
ジョウにエスコートされて、ブース席にやってきたアルフィン。先に飲んでいた連中がなぜか全員起立して出迎える。
「はじめまして。ジョウのお友達ね?」
よろしく、と華のような笑顔を向ける。アルフィンから握手の手を差し伸べた。
「うちの航宙士のアルフィンだ。会いたがってたろ、みんな」
「あ、はい」「どうも」「こんちは」
でれっと鼻の下を伸ばして、めいめいアルフィンの手を握り返す。幾分ぎこちない動きで。
「ごめんな、デートのところ無理に呼んで」
「どうしても会いたかったんだよ。あんたに」
「あたしに? どうして? でも光栄だわ」
ふふっと笑ってジョウの隣に腰を下ろすと、店員がメニューを運んできた。
「どうもありがとう」
丁寧にそれを両手で受け取って、アルフィンは開いた。
「どれにしようかなあ」
どれがおすすめ? と小首を傾げてジョウに訊く。
「アルコール度数の少ないものにしたら? すぐ酔うだろ」
「そんな。これでも少しは強くなったのよ、あたし」
「今夜は初対面の男ばっかりだから控えなさい」
言われてアルフィンは肩をすくめる。
「・・・・・・はあい」
メニューをパタンと閉じて、モスコミュールくださいと店員にオーダーする。
二人のやりとりを見守っていた仲間たちが、ほーとしみじみ頷いた。
「なるほどねえ。納得」
「何が?」
「いや。さっきの、お前の言った台詞、思い出してた」
マイクがジョウに言う。今夜、どうしても来いよと店に誘った張本人だった。近くにいるんだろ、二人で。
絶対アルフィンって子、連れてこいよなと念を押した。
「そうそう。姿勢がいい。言葉づかいがきれい。声もいい。なんだっけ? 所作がきれい? だったか」
そこでジョウのとなりにいるアルフィンに視線を集中させて、
「納得だぜ」
とみんなで斉唱した。
「? なんのこと」
アルフィンがきょとんとしている。
ジョウは、「さあてな。変な連中なんだ」と笑いながら、頼んだ黒ビールをぐいと呷った。
END
pixivさんでこの続きをUPします。「甘いベリーニ」をどうぞ。
「よう、ジョウ。お前の好みの美人ってどれ?」
と。
「好みの美人? なんだいきなり」
シートに腰を下ろして周りを見回す。みな、クラッシャー仲間。年も近い悪友だ。
ジョウが黒ビールを、と店員に頼むのを待って、そのうちの一人が言った。
「いや。ここ、俺の行きつけなんだけど、店員の女の子のグレード高いだろって話になって」
目線でバーの中の女の子たちを眺めやる。割と露出の高い、身体の線がくっきり出る服をどの子も纏っている。すらっとモデルのようにスタイルがよく、髪は巻き毛かアップが多い。
「ふうん」
ジョウは気のない様子で相づちを打った。小皿に盛られたナッツに手を伸ばす。
カシューナッツを口に放った。
「マイクはあの子がいいな、俺はあっちかなって」
「結構タイプが割れてさ」
「それぞれどんな美人が好きかって話になってたわけ」
「なるほどねぇ」
「で、ジョウは? どの子が好みだ?って話」
改めて訊かれてジョウはぽり、とナッツを噛みしめた。
この場のノリで適当にしゃべった方がいいに決まっている。どうせ、酒が来るまでの場つなぎの話題だ。
でも、気の利いたことも言えないのも自分で分かっている。だからジョウは少し迷いつつ、素直に口にした。
「・・・・・・俺は、あの子かな」
彼の目で示した先に、小柄な赤毛の女の子がいた。他の店員に比べると、はっきり言ってスタイルもよくないし、美人というほどでもない。夜の店で働くにしては地味な感じの女の子だ。今は人好きのする笑顔を別の客に見せている。
クラッシャー仲間は意外そうに目を見開いた。
「へえ。ああいうのがタイプか、お前」
「意外だな」
「いや、そういうわけじゃないんだが」
さっき、ここに着いて案内してくれたのが彼女だった。
ジョウは、彼女を見ながらひとつひとつ、頭に浮かんだことを挙げていった。
「姿勢がいい。背筋がピンと伸びて。小柄なのに、すっとして見える。
言葉づかいがきれいだ。声もいい。メニューを取り扱う、手の動きがしなやかだった。所作がきれいだなって」
ジョウの言葉がブース席にいた面子にじんわり入り込む。
彼に言われると、あの女の子の佇まいが光を放って見えてくる。ぐんといい女に見えてくるから不思議だった。
「なるほどねえ。所作か」
「俺たちにはねえ視点だな」
当てられたように仲間たちはグラスを口に運んだ。
「そんなことは」
「いやいや。俺なんかおっぱいがでかいだの尻がきゅっとしてるだの、そういうとこしか目がいかねえもん」
マイクが言うと、「お前だけじゃねえよ」と笑いが起こった。
そこで、
「おっ。ーーおい見ろよ。いい女」
ドア口をマイクが顎で示す。
クラッシャー仲間が自然そちらに目をやった。
お、と動きを止めて誰もが視線をそちらに固定した。ジョウのブースの連中だけでなく、店にいた男たちがざわついた。
さざ波のように、興奮がそちらに流れる。
ジョウがそちらを見やると、アルフィンだった。クロークにコートを預けたところらしく、髪を整えて店内を見回している。自分を探してるのだ。
「アルフィン、こっちだ」
店員に案内される前に、ジョウが席を立った。クロークまで向かう。
「ジョウ」
彼を認めてアルフィンが笑顔になる。ごめん、遅れてと詫びた。
「すぐにここが分かったか」
「うん。地図を送ってくれたから。ごめんね、遅刻して」
「いや、買い物は済ませた?」
「ええ。どうしようか迷ったけど、やっぱり買ってよかった」
うきうきと声が弾んでいる。膝までのワンピースの裾が揺れた。
ジョウにエスコートされて、ブース席にやってきたアルフィン。先に飲んでいた連中がなぜか全員起立して出迎える。
「はじめまして。ジョウのお友達ね?」
よろしく、と華のような笑顔を向ける。アルフィンから握手の手を差し伸べた。
「うちの航宙士のアルフィンだ。会いたがってたろ、みんな」
「あ、はい」「どうも」「こんちは」
でれっと鼻の下を伸ばして、めいめいアルフィンの手を握り返す。幾分ぎこちない動きで。
「ごめんな、デートのところ無理に呼んで」
「どうしても会いたかったんだよ。あんたに」
「あたしに? どうして? でも光栄だわ」
ふふっと笑ってジョウの隣に腰を下ろすと、店員がメニューを運んできた。
「どうもありがとう」
丁寧にそれを両手で受け取って、アルフィンは開いた。
「どれにしようかなあ」
どれがおすすめ? と小首を傾げてジョウに訊く。
「アルコール度数の少ないものにしたら? すぐ酔うだろ」
「そんな。これでも少しは強くなったのよ、あたし」
「今夜は初対面の男ばっかりだから控えなさい」
言われてアルフィンは肩をすくめる。
「・・・・・・はあい」
メニューをパタンと閉じて、モスコミュールくださいと店員にオーダーする。
二人のやりとりを見守っていた仲間たちが、ほーとしみじみ頷いた。
「なるほどねえ。納得」
「何が?」
「いや。さっきの、お前の言った台詞、思い出してた」
マイクがジョウに言う。今夜、どうしても来いよと店に誘った張本人だった。近くにいるんだろ、二人で。
絶対アルフィンって子、連れてこいよなと念を押した。
「そうそう。姿勢がいい。言葉づかいがきれい。声もいい。なんだっけ? 所作がきれい? だったか」
そこでジョウのとなりにいるアルフィンに視線を集中させて、
「納得だぜ」
とみんなで斉唱した。
「? なんのこと」
アルフィンがきょとんとしている。
ジョウは、「さあてな。変な連中なんだ」と笑いながら、頼んだ黒ビールをぐいと呷った。
END
pixivさんでこの続きをUPします。「甘いベリーニ」をどうぞ。
⇒pixiv安達 薫