着信があって、柴崎が携帯をバッグから取り出し、フラップを開ける。
操作して読み取ったメールにすぐに返信を打ち始める。
すべて、左手だけでこれらをこなす柴崎。右手にはカクテルのグラスが握られている。
「お前……。グラスぐらい、置いたら」
柴崎の隣で飲んでいた手塚が横目で言うけど、「んー。すぐ終わるから」と流される。目を画面から上げようともしない。
行儀は悪いけど、この女がそういうカッコするとえらく様になるんだよな、そう思いながら、
「笠原?」
と聞くと、
「うん、なんで分かった?」とそこでようやく顔を向ける。
「分かるさ。お前は笠原からの電話やメールのときは、顔が優しい」
手塚は言ってアルコールで喉を潤した。
……そういえば、今気がついたけれど。
俺が電話したときやメールしたとき、柴崎がどんな顔でいるのかは確かめようがないんだな。こうやって隣にいないんだから。
どういう顔して、俺からのものを受けてるんだろうな。
そこまで考えて、酒のせいも手伝ってか不意に自虐的な思いにとらわれる。
どうせ、笠原ほどには喜んでくれていないんだろうけどな。
分かっていても、面白くないのはどうにもできない。
やがて返信を終えて、柴崎が携帯を仕舞う。
「ごめん。何の話をしてたんだっけ?」
「……忘れた」
ぶすっとした横顔を怪訝そうに眺める柴崎。
「なに、急に不機嫌になって」
「別に、不機嫌になんか」
「……笠原にヤキモチ焼いたってしようがないでしょう、あの子は別格なんだから」
「しようがなくないだろ。って違う、そうじゃなくて。ヤキモチってなんだよ。そんなんじゃない」
「どうだか。
とにかく、あんたに不機嫌になる権利なんてないんだからね」
柴崎はつんとして言って、自分もグラスを傾けた。
優雅にさえ映るその横顔のラインに見惚れそうになるのを手塚は必死で押しとどめながら、断じてこれはヤキモチなんかじゃないぞ、と内心自分に突っ込みつつ「なんでだよ?」と尋ねた。
柴崎は手塚を見もせずに言い放った。
「あんたが、今夜のために、予約まで入れたネイルのこと、ぜんぜん気がついてくれないからよ」
――あ。
言われて反射で柴崎の手元を見る。
そうか。だからか。
だからさっきも、グラスを持ったまま、片手で携帯を。
しまった。
「今、しまったって思ってるでしょう」
首をこちらに巡らして、目を細めて窺う柴崎。
確かに、いつもは色を載せない柴崎の爪が、美しい宝石のようにほのかに発光している。
手塚は分かりにくい女だな、と内心腐りながらも、「思ってない」と言ってグラスを置いた。
そして、
「きれいだよ」
と彼女を見ずに、カウンターのバーテンに向かって言った。
柴崎は、「……許す」と鷹揚に頷いた。
「でも遅れたから、今夜はあんたの奢りね」
「あ、きたね」
「いいの!」
その一言が聞きたくて。
サロンに電話して予約を入れて、雨の中電車で出かけていって、パンスト伝線させて一足だめにして、髪も湿気てしまってイマイチ決まらなくてほんとはあんまし人に会いたくないブルーなあたしなのに。
あんたと二人きりで飲む約束は、反故にしたくない。
そんな女心が分からないあんたなんか。笠原を焼く資格なんて、ないんだからね。
柴崎はいろんな想いを浮かべたカクテルを、そっと含む。
手塚に褒められた指先が、熱を帯びほんのり色味を増していくのを見ながら。
fin.
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デコはしてないだろうけれど、きれいになっているんだから!
柴崎のことだから、落ち着いたトーンのシックな色のチョイスだろうなと思います。