【海に行く日が決まったら】~「クジラの彼」より~
これは、冬原と聡子が結婚する前、婚約中の話。
夏。冬原の帰港中、海へ行こうということになった。
休みの日も海? と聡子が笑って訊くと、冬原はクジラに乗るわけじゃないからといなした。
「仕事とオフ、海は一緒。でも、最大の違いってなんだ」
急にそんなことを訊くから、聡子は、
「え、なんだろ」
あごに手をかけて考え込む。
その聡子のおとがいに手をのばし、軽く上向かせ、冬原はキス。
「……答えは?」
うっとりと問い返すと、冬原はにくらしいくらいさわやかな笑みを浮かべた。
「水着姿の可愛い彼女がいるってことだよ」
楽しみにしてる。囁く口ぶりは、リッピサーヴィスではなさそうだった。
――なんてえことを言われちゃったら、
どんな水着を着ていけばいいってのよ、もう。
ああもうハルったら、プレッシャーだよさり気なく!
聡子は床の上に三着の手持ちの水着を並べてうんうん唸る。
さっきからもう小一時間も悩みっぱなしだ。
水着は、実は4つあるのだが、そのうち一着は除外。
高校のときのスクール水着だからだ。
あとは、大胆な花柄プリントの上がビキニで下がロングパレオのやつと、ピンクのワンピースのやつ。これは可愛い系。最後は去年買ったばかりのホルターネックの黒のビキニ。自分で言うのもなんだけど、けっこう大人っぽい。
どれもまだ冬原には見せたことがない。今までプールにも海にも出かけようという話になったことがないから。
聡子は悩む。
どれにしようか。デザイン的には去年買ったばかりの黒ビキニが新しい。けれどなんとも背伸びしてる感は否めない。
もしも冬原がキュート系が好きなら、断然ワンピースだろう。意外と古風なところがあるから、もしかしたらビキニより好みかもしれない。
でも、ロングパレオも捨てがたい。スリットのように深く切れ込んだ布地あわせが、脚を覗かせて、歩いたり風がそよいだりすると肌が見えてとてもセクシーだ。それにパレオは体型をうまくカバーしてくれるし。
実は、下半身が少しむくみやすいのが聡子の悩み。
あれこれ考えると、ああもうどれにしたらいいのよ!と頭を掻き毟りたくなる。いっそ冬原にじかに訊こうかとさえ思う。ラインナップを見せて、好きなの選んで、着てくから、と言ってやりたい。
でもできない。当日、海であたしを見て驚く――できれば、驚きで目を見開いて、うっすらと口を半開きにし、似合うよとかなんとか口ごもって言うハルを見たい。
驚かせたいのだ。はじめての水着姿を。
だから、聡子は腕を組んで首を捻る。いったいどれにすればいいんだろう?
「……何をしてるの」
夕刻、聡子の部屋を訪れた冬原は、開口一番そう言った。
今日は渋谷まで出て映画を観てハンズで買い物をしたらしい。ロゴ入りの袋をぶら提げていた。
冬原が不審がるのも無理はない。聡子はこの真夏、ジャージを上下着込んでチャックをあご下まできっちり引き上げているからだ。しかもそのジャージはどう見ても高校の体操着。デザイン性無視。色合いダサダサの、くすんだ小豆色に胸には「3の5 中峯」と苗字が手書きマジックで書かれてある代物だ。
「な、なんでもない」
冬原を招き入れ、そそくさと聡子はリビングに戻る。冬原が来たと分かり、例の水着はクローゼットに押し込んだところだ。
「なんでもないってことないでショ。なんで高校ジャージなんか着てるの? 何かのサーヴィス?」
床にハンズの袋を置きながら、冬原が笑う。
「い、いやこれはなんか、掃除してて。うん、汚れてもいい服だから」
「へえ?」
物珍しそうにしげしげと見てくるものだから、聡子はいたたまれない。「お、お茶飲む? 外暑いよね。冷たいの淹れるね」とキッチンに逃げ込んだ。
高校ジャージなんか着るつもりはなかった。泡を食って、水着を隠すために羽織ったのだ。手近にあったのがたまたまクローゼットから引っ張り出していた高校ジャージだっただけってことで。
不覚。なんで恋人が来てるってのに、あたしはこんなダサイ格好で迎えてんの。
とほほ、こんなはずでは。である。
冬原はキッチンで支度をする聡子の後から顔を出した。
「なんか新鮮。高校のころの聡子って、そんなだったんだ。可愛い」
ストレートに褒められ、聡子は赤くなった。
「あ、あまり見ないで。恥かしい」
「なんで? 似合ってるよとても」
「高校ジャージ似合ってるとか言われてもフクザツ」
冬原は声を上げて笑い、麦茶を注ぎ終わった聡子の腕に手を伸ばす。
そっとその身体を引き寄せた。
「あ」
聡子が冬原の懐に抱き寄せられる。
「褒め言葉だよ。とても可愛い。高校のときの聡子を抱きしめてるみたいだ」
そうしてキスを落としてくる。
冬原はキスが上手。脳髄がとろけそうなほど甘いくちづけを刻んでくれる。まともに立っていられないほど。
でもほんの少しだけジェラシーも覚える。こんなキス達者になるまで、どれだけ別の女の人とキスを重ねてきたのだろう。
そう思うと、少し胸がちりちりするのだ。
婚約した今となっても。
「……ハルは高校のときもモテたんでしょ?」
唇を離した冬原に、わずかに拗ねた声で訊くと、「なに急に」と冬原は顔を覗き込んだ。
「ん、なんか高校のときの話をするからさ」
「でもなんで怒ってるの? 機嫌悪い?」
さすがに鋭い。でも理由を口にすることもできず、聡子は俯く。
「別に」
「あれあれ? なんでお姫様のご機嫌が傾いでるんだ? いきなりおかしいな」
冬原は再度キス。半ば強引に。
「ん、っ」
「原因はここにあると見た。違う?」
そして、彼はいきなり聡子の高校ジャージのファスナーを引き下ろした。しゃーっとそれは滑りよく、左右に前身ごろを開く。
「!」
とっさのことで手で覆うこともできなかった。聡子は硬直して立ち尽くした。
冬原も目を丸くした。ジャージの中身、つまり下に聡子が纏っていたのは、これまた高校の頃のスクール水着だったのだ。
紺色の、ばかみたいにもっさいデザインの。
ふぁさっとジャージの上が床に落ちたところで、聡子が我に返る。
「や!」
冬原の手を振りほどき、聡子は腕で自分の身体を抱きしめた。
視線から逃れようと身を捻る。
「……聡子、ほんとに俺が来るまで何してたのいったい」
落ちたジャージを拾い、あせりまくって袖を通す聡子に、冬原はそう尋ねるので精一杯だった。
着替える、ちょっとハルあっち行ってて! とパニくる聡子をまあまあと宥めて。
冬原は根気強く最初から聡子の話を聞きだした。
「つまり、水着のチョイスをしてたと。今度の週末に海に行くための」
「……」
聡子は無言で頷く。穴があったら入りたい。なかったらスコップで掘ってでも入りたい心地だ。
「で、どれにしたらいいか分かんなくてぐるぐるループに嵌って、最後はヤケクソでたんすから引っ張り出したスク水に手を出したと」
「……」
「したら俺が来たもんで、慌ててジャージで隠そうとした。以上?合ってる?」
「……」
聡子は黙ってあごを引くだけだ。
口をきつく引き結んで、顔は真っ赤だ。
冬原はなんとも形容しがたい笑みを目元に湛えて聡子の頭をなぜた。
ぽんぽんと。
「なんで恥かしがるの。俺と海に行くためにあれこれおしゃれしようとしてくれたんでしょ。嬉しいよ」
「だって、」
裏事情ばれたら、興ざめじゃない。とむくれる。しかもスクール水着なんか着てるところ、ばれちゃった。
ばつが悪いったらない。
「こういうのは、男の人に知られないようにしなきゃだめなのに。あたしってば、要領悪いっていうか段取り悪いっていうか」
ああもう何を考えていたんだろう。再度手を顔を覆ってかぶりを振る。
頭から湯気が出る思いだ。
それをまあまあととりなして冬原が言った。
「あれこれとっかえひっかえして、訳わかんなくなったんでしょ。分かるよ俺もそういうことあるからね」
「……ハルも?」
ふ、と顔を上げた。
意外なことを聞いた。
「そうだよ。俺だって聡子と出かけるときは着るもの、あれこれ悩むよ」
間近で彼の顔を覗き込んで、聡子は首をかしげた。半信半疑といった態で。
「……そうなの」
「もちろん。俺だってね、少しでも聡子にお洒落って思われたいからね」
それじゃなくても私服センス、自信ないんだ。実を言うと。
こっそり告白風に言うから、聡子はさらに食い下がる。
「ハルでもそうなの? あたし、てっきり」
さらりとお洒落さんなのかと思っていた。コーディネイトとか、いつも自然体でこなれてる風だから。
「こっちは制服組筆頭職種だからね。男ばっかで普段制服かジャージかって暮らししてるから、流行のカフェとか何着ていけばいいか正直今も悩む。海にもぐってる間、モードが激変してて、流行遅れのカッコで行ったら聡子に悪いしね」
うっすら笑ってみせる。
するとようやく強張っていた聡子の表情も和らいだ。
「そんな」
「だから、水着のことで悩んでくれたの、わかるよ。急に来て悪かった。一本電話ぐらい入れればよかったな。そうすれば慌てさせないで済んだ」
ごめんな。そう言って、また頭を撫でてくれる。
その手つきがとても優しくて、聡子の涙腺が緩みそうになった。
「……馬鹿みたいだけど、ハルを驚かせたかったの」
海に行って、浜辺に立って、あなたの目を釘付けにしたかった。
そう言うと、冬原はさらに目を細めた。
ん、と頷いて聡子を腕に囲う。それはそれは大切そうに。
柔らかい髪を掻い潜ってそのこめかみに口づけし、冬原は言った。
「気持ちが嬉しい。水着、楽しみにしてる。何を選んでも」
「う。あ、あんまり期待しないで。あたしあんま、スタイルとか良くない」
「ご謙遜。じゅうぶんグラマーでセクシーですよ」
とくに聡子は鎖骨から胸のラインがきれいだよね、とほの暗い声にトーンが落ちる。
するりといつの間にかジャージの上着のファスナーが下ろされる。
スク水の胸元があらわになった。
「あ、」
「……実は、かなり興奮してる。聡子がスクール水着、着てるの見て」
冬原は、彼女の耳たぶを唇で啄ばんだ。声を細切れに落とし込む。
「ハ、ハル」
ぞわりと寒気にも似た快感が耳元に走り、聡子は思わず身を引いた。
しかし腕にしっかり囲って彼女を離さず、
「……スクール水着って、ビキニよりも色っぽいよね。着る人が着ると。知ってた?」
ジャージを再度彼女の足元に落とす。
彼女の水着姿の上体が現れた。
「そ、そうなの」
「うん。大人の女のひとが着ると、悩殺的にエロい」
育ちきらない少女が着るよりも、むっちりと成熟した身体がまとうと、なんていうか、ヤられる。
囁く声が、もう微熱を帯びている。
「むっちりで悪かったわね」
聡子はむくれる。確かに、高校時代に着てた頃よりも、今のほうが水着がちょっときついのだ。
体重はそんな変っていないはずなのに。冬原の言うとおり、身体が女性の完成形に近づいたのだろうか。
「悪口言ってるわけじゃないよ」
目の奥を覗き込む。聡子は笑った。
「分かってる」
「まろみを帯びた聡子の身体、大好きだよ。それをきっちり覆うストイックなデザインのスク水って、最高の取り合わせだよね」
「……なんだかハルが言うと、スケベなんだけど」
警戒して言う。と、冬原がに、っと口角を吊り上げた。
「あたり。スケベなこと考えてます、今」
軽やかに言って、聡子の肩を抱き寄せた。
「スク水着てる恋人を襲っちゃっていい? もう我慢がなりません」
「えっ、や」
うそ。そう言って手で押し返そうとするも、なんの意味もなさず。
「待ってハル。心の準備が、」
抵抗しようとした聡子の手が空回り。
フローリングの床に冬原にそのまま押し倒されるのであった。
(以下冊子につづく)
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これは、冬原と聡子が結婚する前、婚約中の話。
夏。冬原の帰港中、海へ行こうということになった。
休みの日も海? と聡子が笑って訊くと、冬原はクジラに乗るわけじゃないからといなした。
「仕事とオフ、海は一緒。でも、最大の違いってなんだ」
急にそんなことを訊くから、聡子は、
「え、なんだろ」
あごに手をかけて考え込む。
その聡子のおとがいに手をのばし、軽く上向かせ、冬原はキス。
「……答えは?」
うっとりと問い返すと、冬原はにくらしいくらいさわやかな笑みを浮かべた。
「水着姿の可愛い彼女がいるってことだよ」
楽しみにしてる。囁く口ぶりは、リッピサーヴィスではなさそうだった。
――なんてえことを言われちゃったら、
どんな水着を着ていけばいいってのよ、もう。
ああもうハルったら、プレッシャーだよさり気なく!
聡子は床の上に三着の手持ちの水着を並べてうんうん唸る。
さっきからもう小一時間も悩みっぱなしだ。
水着は、実は4つあるのだが、そのうち一着は除外。
高校のときのスクール水着だからだ。
あとは、大胆な花柄プリントの上がビキニで下がロングパレオのやつと、ピンクのワンピースのやつ。これは可愛い系。最後は去年買ったばかりのホルターネックの黒のビキニ。自分で言うのもなんだけど、けっこう大人っぽい。
どれもまだ冬原には見せたことがない。今までプールにも海にも出かけようという話になったことがないから。
聡子は悩む。
どれにしようか。デザイン的には去年買ったばかりの黒ビキニが新しい。けれどなんとも背伸びしてる感は否めない。
もしも冬原がキュート系が好きなら、断然ワンピースだろう。意外と古風なところがあるから、もしかしたらビキニより好みかもしれない。
でも、ロングパレオも捨てがたい。スリットのように深く切れ込んだ布地あわせが、脚を覗かせて、歩いたり風がそよいだりすると肌が見えてとてもセクシーだ。それにパレオは体型をうまくカバーしてくれるし。
実は、下半身が少しむくみやすいのが聡子の悩み。
あれこれ考えると、ああもうどれにしたらいいのよ!と頭を掻き毟りたくなる。いっそ冬原にじかに訊こうかとさえ思う。ラインナップを見せて、好きなの選んで、着てくから、と言ってやりたい。
でもできない。当日、海であたしを見て驚く――できれば、驚きで目を見開いて、うっすらと口を半開きにし、似合うよとかなんとか口ごもって言うハルを見たい。
驚かせたいのだ。はじめての水着姿を。
だから、聡子は腕を組んで首を捻る。いったいどれにすればいいんだろう?
「……何をしてるの」
夕刻、聡子の部屋を訪れた冬原は、開口一番そう言った。
今日は渋谷まで出て映画を観てハンズで買い物をしたらしい。ロゴ入りの袋をぶら提げていた。
冬原が不審がるのも無理はない。聡子はこの真夏、ジャージを上下着込んでチャックをあご下まできっちり引き上げているからだ。しかもそのジャージはどう見ても高校の体操着。デザイン性無視。色合いダサダサの、くすんだ小豆色に胸には「3の5 中峯」と苗字が手書きマジックで書かれてある代物だ。
「な、なんでもない」
冬原を招き入れ、そそくさと聡子はリビングに戻る。冬原が来たと分かり、例の水着はクローゼットに押し込んだところだ。
「なんでもないってことないでショ。なんで高校ジャージなんか着てるの? 何かのサーヴィス?」
床にハンズの袋を置きながら、冬原が笑う。
「い、いやこれはなんか、掃除してて。うん、汚れてもいい服だから」
「へえ?」
物珍しそうにしげしげと見てくるものだから、聡子はいたたまれない。「お、お茶飲む? 外暑いよね。冷たいの淹れるね」とキッチンに逃げ込んだ。
高校ジャージなんか着るつもりはなかった。泡を食って、水着を隠すために羽織ったのだ。手近にあったのがたまたまクローゼットから引っ張り出していた高校ジャージだっただけってことで。
不覚。なんで恋人が来てるってのに、あたしはこんなダサイ格好で迎えてんの。
とほほ、こんなはずでは。である。
冬原はキッチンで支度をする聡子の後から顔を出した。
「なんか新鮮。高校のころの聡子って、そんなだったんだ。可愛い」
ストレートに褒められ、聡子は赤くなった。
「あ、あまり見ないで。恥かしい」
「なんで? 似合ってるよとても」
「高校ジャージ似合ってるとか言われてもフクザツ」
冬原は声を上げて笑い、麦茶を注ぎ終わった聡子の腕に手を伸ばす。
そっとその身体を引き寄せた。
「あ」
聡子が冬原の懐に抱き寄せられる。
「褒め言葉だよ。とても可愛い。高校のときの聡子を抱きしめてるみたいだ」
そうしてキスを落としてくる。
冬原はキスが上手。脳髄がとろけそうなほど甘いくちづけを刻んでくれる。まともに立っていられないほど。
でもほんの少しだけジェラシーも覚える。こんなキス達者になるまで、どれだけ別の女の人とキスを重ねてきたのだろう。
そう思うと、少し胸がちりちりするのだ。
婚約した今となっても。
「……ハルは高校のときもモテたんでしょ?」
唇を離した冬原に、わずかに拗ねた声で訊くと、「なに急に」と冬原は顔を覗き込んだ。
「ん、なんか高校のときの話をするからさ」
「でもなんで怒ってるの? 機嫌悪い?」
さすがに鋭い。でも理由を口にすることもできず、聡子は俯く。
「別に」
「あれあれ? なんでお姫様のご機嫌が傾いでるんだ? いきなりおかしいな」
冬原は再度キス。半ば強引に。
「ん、っ」
「原因はここにあると見た。違う?」
そして、彼はいきなり聡子の高校ジャージのファスナーを引き下ろした。しゃーっとそれは滑りよく、左右に前身ごろを開く。
「!」
とっさのことで手で覆うこともできなかった。聡子は硬直して立ち尽くした。
冬原も目を丸くした。ジャージの中身、つまり下に聡子が纏っていたのは、これまた高校の頃のスクール水着だったのだ。
紺色の、ばかみたいにもっさいデザインの。
ふぁさっとジャージの上が床に落ちたところで、聡子が我に返る。
「や!」
冬原の手を振りほどき、聡子は腕で自分の身体を抱きしめた。
視線から逃れようと身を捻る。
「……聡子、ほんとに俺が来るまで何してたのいったい」
落ちたジャージを拾い、あせりまくって袖を通す聡子に、冬原はそう尋ねるので精一杯だった。
着替える、ちょっとハルあっち行ってて! とパニくる聡子をまあまあと宥めて。
冬原は根気強く最初から聡子の話を聞きだした。
「つまり、水着のチョイスをしてたと。今度の週末に海に行くための」
「……」
聡子は無言で頷く。穴があったら入りたい。なかったらスコップで掘ってでも入りたい心地だ。
「で、どれにしたらいいか分かんなくてぐるぐるループに嵌って、最後はヤケクソでたんすから引っ張り出したスク水に手を出したと」
「……」
「したら俺が来たもんで、慌ててジャージで隠そうとした。以上?合ってる?」
「……」
聡子は黙ってあごを引くだけだ。
口をきつく引き結んで、顔は真っ赤だ。
冬原はなんとも形容しがたい笑みを目元に湛えて聡子の頭をなぜた。
ぽんぽんと。
「なんで恥かしがるの。俺と海に行くためにあれこれおしゃれしようとしてくれたんでしょ。嬉しいよ」
「だって、」
裏事情ばれたら、興ざめじゃない。とむくれる。しかもスクール水着なんか着てるところ、ばれちゃった。
ばつが悪いったらない。
「こういうのは、男の人に知られないようにしなきゃだめなのに。あたしってば、要領悪いっていうか段取り悪いっていうか」
ああもう何を考えていたんだろう。再度手を顔を覆ってかぶりを振る。
頭から湯気が出る思いだ。
それをまあまあととりなして冬原が言った。
「あれこれとっかえひっかえして、訳わかんなくなったんでしょ。分かるよ俺もそういうことあるからね」
「……ハルも?」
ふ、と顔を上げた。
意外なことを聞いた。
「そうだよ。俺だって聡子と出かけるときは着るもの、あれこれ悩むよ」
間近で彼の顔を覗き込んで、聡子は首をかしげた。半信半疑といった態で。
「……そうなの」
「もちろん。俺だってね、少しでも聡子にお洒落って思われたいからね」
それじゃなくても私服センス、自信ないんだ。実を言うと。
こっそり告白風に言うから、聡子はさらに食い下がる。
「ハルでもそうなの? あたし、てっきり」
さらりとお洒落さんなのかと思っていた。コーディネイトとか、いつも自然体でこなれてる風だから。
「こっちは制服組筆頭職種だからね。男ばっかで普段制服かジャージかって暮らししてるから、流行のカフェとか何着ていけばいいか正直今も悩む。海にもぐってる間、モードが激変してて、流行遅れのカッコで行ったら聡子に悪いしね」
うっすら笑ってみせる。
するとようやく強張っていた聡子の表情も和らいだ。
「そんな」
「だから、水着のことで悩んでくれたの、わかるよ。急に来て悪かった。一本電話ぐらい入れればよかったな。そうすれば慌てさせないで済んだ」
ごめんな。そう言って、また頭を撫でてくれる。
その手つきがとても優しくて、聡子の涙腺が緩みそうになった。
「……馬鹿みたいだけど、ハルを驚かせたかったの」
海に行って、浜辺に立って、あなたの目を釘付けにしたかった。
そう言うと、冬原はさらに目を細めた。
ん、と頷いて聡子を腕に囲う。それはそれは大切そうに。
柔らかい髪を掻い潜ってそのこめかみに口づけし、冬原は言った。
「気持ちが嬉しい。水着、楽しみにしてる。何を選んでも」
「う。あ、あんまり期待しないで。あたしあんま、スタイルとか良くない」
「ご謙遜。じゅうぶんグラマーでセクシーですよ」
とくに聡子は鎖骨から胸のラインがきれいだよね、とほの暗い声にトーンが落ちる。
するりといつの間にかジャージの上着のファスナーが下ろされる。
スク水の胸元があらわになった。
「あ、」
「……実は、かなり興奮してる。聡子がスクール水着、着てるの見て」
冬原は、彼女の耳たぶを唇で啄ばんだ。声を細切れに落とし込む。
「ハ、ハル」
ぞわりと寒気にも似た快感が耳元に走り、聡子は思わず身を引いた。
しかし腕にしっかり囲って彼女を離さず、
「……スクール水着って、ビキニよりも色っぽいよね。着る人が着ると。知ってた?」
ジャージを再度彼女の足元に落とす。
彼女の水着姿の上体が現れた。
「そ、そうなの」
「うん。大人の女のひとが着ると、悩殺的にエロい」
育ちきらない少女が着るよりも、むっちりと成熟した身体がまとうと、なんていうか、ヤられる。
囁く声が、もう微熱を帯びている。
「むっちりで悪かったわね」
聡子はむくれる。確かに、高校時代に着てた頃よりも、今のほうが水着がちょっときついのだ。
体重はそんな変っていないはずなのに。冬原の言うとおり、身体が女性の完成形に近づいたのだろうか。
「悪口言ってるわけじゃないよ」
目の奥を覗き込む。聡子は笑った。
「分かってる」
「まろみを帯びた聡子の身体、大好きだよ。それをきっちり覆うストイックなデザインのスク水って、最高の取り合わせだよね」
「……なんだかハルが言うと、スケベなんだけど」
警戒して言う。と、冬原がに、っと口角を吊り上げた。
「あたり。スケベなこと考えてます、今」
軽やかに言って、聡子の肩を抱き寄せた。
「スク水着てる恋人を襲っちゃっていい? もう我慢がなりません」
「えっ、や」
うそ。そう言って手で押し返そうとするも、なんの意味もなさず。
「待ってハル。心の準備が、」
抵抗しようとした聡子の手が空回り。
フローリングの床に冬原にそのまま押し倒されるのであった。
(以下冊子につづく)
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今は多くは語りません。
続きが早く読みたいです(*≧∀≦*)
ハルを水着姿で驚かせる!・・・という初志は貫けたと思ういますよ・・・ちょっと聡子さんが考えていたようなバージョンではなかったかもしれませんが(^_^;)ハルの目は釘付けでしょう♪間違いなく。
続きが読めるのを楽しみにしています。
でも、出来れば「LOVERS Ⅰ」もあれば読みたいです。お忙しいなか我が侭言って申し訳ありませんが宜しくお願いします。
私なにか見落としてる??
スク水なんて見落としてるボケ子ですから…
>まききょさま
掲示板へのコメントもありがとうございます。
いつも励まされております。
>YKママさま
1のほうも増刷したいところなのですが、家にもう在庫収納スペースがなく(^^;まずは2が先かな、という感じです。コメントありがとうございますv