背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

海へ来なさい【15】

2009年09月24日 10時42分35秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降


【14】

「あ、謝ることはないでしょ、別に」
髪を肩の後ろに流してやりながら、柴崎が腰を上げる。
ベッドから、足音も立てずに手塚のいるソファまでやってくる。そして彼の隣にすとんと座った。
「お、おい」
ボディソープだろうか、シャワー後の、ほんのりいい香りが手塚の鼻腔をくすぐる。
いきなりの急接近に、にわかに手塚の体温が上昇した。
そんな手塚にはお構いなしで柴崎は彼の肩に頭をことりともたせ掛けた。
「いつになったら呼んでくれるんだろうって、ずーっと待ってた。遅いのよ」
照れ隠しだろう、憎まれ口をきいてみせる。その唇が少し尖っているのが愛らしかった。
「そう言うお前は俺のこと、いつ呼んでくれるんだ」
斜め上から見下ろすと、びっくりするほどまつげが長い。手塚がそれに見惚れながら訊く。
「さあ、知らない」
柴崎は膝を抱えるようにして身を丸くし、手塚の肩から胸元へと体重を移動させる。
彼の心臓に頬を押し当て、目を閉じた。
リズミカルで、優しい鼓動に耳を澄ませる。
不意に恋人接近したため、わずかにどきんと乱れが生じた。
「あ、……柴崎」
言い直した手塚に目を閉じたまま、柴崎が言う。
「麻子でいいわよ。……ねえ、あたしさ、大概素直じゃないから上手く言えないかもしれないけど。あのとき大事にしてってあんたに言ったのはさ、別にあたしの傷口がふさがるまで辛抱強く待ってて欲しいって意味じゃなかったのよ」
「……」
相槌を打ったほうがいいのかというよりも、乱れ打ちの心臓の音が筒抜けではないかとそっちに気を取られ、手塚は黙ったままでいた。
「バンソーコ貼って、手当てして、傷が癒えるまで待っててくれるのは、確かに嬉しいわよ。でもそれだけじゃ、大事にしすぎて傷口も腐っちゃうわ」
「……じゃあどうすればいいんだ」
柴崎の持ち出す比喩をしきりと頭の中で自分たちの関係と置き換えながら、手塚は訊いた。
「頃合を見てバンソーコひっぺがして、傷口を風に当てないと、いつまで経っても治らないでしょ。あれと同じよ。
ときどきは、かさぶた、弄って血が出るくらいに扱ったっていいのよ。おっかなびっくりされるより、ずっといい」
「でも、血が出るんなら、痛いだろ」
言った手塚に柴崎が即答する。
「あんたがくれる痛みなら、痛みのうちに入らないわ」
「――」
手塚は声を無くした。
今、何かとても貴重な言葉を柴崎からもらった。そんな気がした。
だって、声が光をもって届いた。ほんのり発光してなかったか。
柴崎は、もっと手塚に身を寄せながら呟いた。
今頃になって酔いが回ってきたような、甘い口調だった。
「……大事にして欲しいけど、大事にしすぎないで。手塚。お願い。
たまにはあんたの好きなように扱われたいときだって、あるんだからね……」
最後のほうは小声だった。
酒のせいで眠気を催したか、それとも気恥ずかしさのせいか。
いずれにせよ、ぴったりと身を寄せてきているので、表情を窺うことができない。
でも、本音だろう。その確信があった。
滅多に本心を晒さない柴崎。彼女が、ここまで言ってくれた。
驚きを通り越して、手塚はある種の感動さえ覚えた。
気がつくと、柴崎の身体を自分のひざの上に抱き上げていた。軽々と。
「きゃ」
反射で手塚の首にしがみついた柴崎。バスローブの裾を割って、すらりとした脚があらわになった。
「いきなり何するの」
目を見開く柴崎に、手塚は「俺の好きなように扱ってもいいって言った」とわざとつっけんどんに返す。
柴崎は赤くなって黙り込んだ。手塚の肩に回した手はそのまま。
近くで見ると、今夜の柴崎は匂いたつような美しさだ。シャワーを浴びてすっぴんだろうに、きちんと化粧を施したときよりもしっとりと艶やかで目が離せない。
ああ、綺麗だな。手塚は心から感嘆する。
理性がぐらつく。必死で本能と理性の均衡を保つよう、声音を維持しながら一つだけ引っかかっていたことを訊いてみた。、
「あのさ、こんな場所が初めてでいいのか」
「こんな、って、ラブホテルでってこと?」
「ああ。男はともかく、女の人はそういうの、気にするんじゃないのか」
恋人同士の初めての夜は特別なものだろう。特に女性にとっては。
朴念仁の手塚とて、それぐらい気を回すことはできる。一応、柴崎との一夜は、ロマンティックに演出してやりたいという想いは漠然とだが前からもっていた。
なのに柴崎は気のない素振りでさらりと呟く。
「別に。あたしはあんたとならどこだっていい」
「――お前さ。今夜殺し文句決めすぎ。かっこよすぎるだろそれ」
完全に俺の劣勢だ。まずいな、と手塚は天を仰ぎたい心地だった。
「いいじゃない。あたしがかっこいいのは今日に限ったことじゃないもの。いつものことだもん」
「確かに」
手塚はへこんだ。でも、じわじわと身体の奥底から嬉しさがこみ上げてきて。いやでも目元が緩んでしまう。目ざとくそれを見つけて、
「……何笑ってるの。あんた、覚えてる? 今晩はあたしに指一本触れないってさっききっぱりさっぱり宣言したのよ?」
じろっと大きな瞳で睨み付ける柴崎。
その作ったような仏頂面が、手塚をうろたえさせる。
「あ、いや、それは」
「なによ。さっき言ったじゃないの。男に二言があるっての。まさかね」
いたぶりどころをみつけたとばかり、落とした照明の中、柴崎の目がきらりと光った。
「そりゃ言った。確かに言ったけどだな」
アレは今とは状況が違ってて、そう言いかけたところに言葉を被せられる。
「前言撤回するの? そうはさせないわよ」
心なしか声も弾んでいる。こうなるとこの恋人は厄介だった。
「させないって、お前」
「あんたには触れさせない。今夜はあたしがあんたを好きにするの。いいでしょ」
そう言って、柴崎は手塚の唇を奪った。
彼の肩に腕を回し、身を寄せてそれはそれは甘美なキスを続ける。長くくちづけを刻み込まれて、脳髄が痺れたように手塚は陶然となる。
思わず柴崎の背に手を伸ばし、抱き寄せようとした。がそこで柴崎はついと身を離し、ぴしゃりとやる。
「だめってば。触っちゃ。あんたはじっとしてなさい」
「おい、麻子」
そりゃないだろ。情けない声が手塚の口を割って出る。
この体勢で、おあずけなのか。
そこをまたキスで塞いで。完全なお姉さん口調で柴崎は言い放った。
「あたしに一世一代の告白をさせた罰よ。甘んじて受けなさい。――ほんとに、あたしにこんなことさせるの、このだだっ広い世の中で、あんたぐらいのもんなんだからね。光」
大好き。だから、覚悟して。
手塚の耳たぶをなぞり上げるように囁いて、柴崎は目だけで笑いかける。
手塚の口から、声にならない声が零れ落ちた。
彼のバスローブの前を割って、柴崎が手塚の肌を晒していく。首筋から胸元へ、肩から上腕へとしなやかな手つきで柔らかな生地を剥がしていく。
日に焼けてただでさえ敏感になっているところに、触れるか触れないかといった繊細なタッチがくるものだから、手塚の全身に鳥肌が立つ。
柴崎は手塚の逞しい胸板や硬い肩のあたり、鍛え上げた腕の筋肉を愛おしそうに指先で確かめた。
この胸が、いつもあたしの涙を受け止めてくれる。そして、この腕が、いつもあたしを強く抱きしめてくれるのね。
手塚の身体は熱かった。この体温を永遠に憶えていたいと柴崎は思う。
忘れたくない。今、このときを、この夜のことを。
じかに触れる、指先が震えているのを気づかれたくなくて、囁いた。
「海にいるときから、触りたくて仕方なかった。……ほんとよ」
そしてゆっくりとバスローブの腰紐をほどきながら、情熱的なキスを手塚に贈った。
手塚は柴崎の言いつけで、彼女を抱きしめることはかなわなかった。でもソファに身をゆだねながら、今度は自分からも柴崎のキスに熱く応えた。
「俺もお前に触りたい。……お前だけずるい」
「だめ。言ったでしょ。……光、だめってば」
「――ん」
キスのさなか、ふ、と同じタイミングで唇を離す。そして、目を見交わして二人は笑った。
「今、潮の味がしたわ」
「だな」
昼の名残。海辺の残像が一瞬だけ、目の前に鮮やかに蘇る。
そしてまた二人は顔を近づけ、お互いの唇を貪りあうのだった。

【最終話】へ



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2 コメント

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たまりません… (たくねこ)
2009-09-24 11:01:30
二人のやりとりが良すぎてたまりませんっ!!!
続きが楽しみ!!と思ったら、最終話ですかっ
う~~ん、残念なような、ものすごく満足なような…ともあれ、うきうきのわくわくで待ってます
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あと一回です (あだち)
2009-09-25 06:35:12
レス遅れてすいません~
毎回励ましコメント有難うございましたv
夏にはじめた連載ももう秋で、海連載には時期がずれちゃいましたね。すみません。
でもここまで私が楽しんで書けました。あと一回よろしくお願いいたしますv
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