アラミスで行われる会議に出席し、深夜に<ミネルバ>に帰宅したジョウは、シャワーを浴びてから自室に向かう途中、アルフィンの部屋の前でふと足を止めた。
試しに、ドアのキーパネルに触れてみると、ロックは掛かっていなかった。ドアを開けアルフィン、と声をかけようとして、ぐっすり眠っているのが見えて、思いとどまる。
「……」
吸い寄せられるようにふらっと部屋の中に入ると、アルフィンは上掛けを鼻のところまですっぽり被ってすうすう健やかな寝息を立てていた。
ジョウはすとんと彼女のベッドの端に腰を下ろした。
顔が見たくて、ほんの少し、上掛けをずり下げる。と、その美しい面が覗いた。まつげがびっくりするほど長い。金髪が流れて、額が覗いているのがあどけなかった。
触りたいなと思った。ひどく疲れて帰ってきたせいもあって、アルフィンの肌に、体温に少しでも触れたら、それが吹き飛ぶような気がした。
でも、眠りを妨げるのが嫌で、ジョウはそのまま彼女の眠る姿を見守った。
明日、目覚めたら「おはよう」と愛らしい声で言ってくれるだろう。
早く朝にならないか、そんな思いを抱えたままジョウは黙って彼女を見つめていた。
「おはよう、ジョウ」
「ーー、」
ぱち、と目が覚めた。
同時にアルフィンの声が耳をかすめた。いや、声がしたから目が覚めたのか。
間近に、というよりも鼻の先5センチくらいの至近距離に、アルフィンの顔があった。
横向きに対面で向かい合う形で寝そべっていた。
ジョウはすぐに自分の状況を理解できなかった。数秒してから頭がようやく働き、「うわっ」と跳ね起きた。
完璧に寝落ちしていたらしい。アルフィンのベッドで横になったまま、朝までーー
こ、これじゃまるで、いや、誰がどう見ても完全に「夜這い」じゃないか。
ジョウは焦ったあまり、ベッドから転げ落ちそうになった。慌てふためく彼を寝そべったアルフィンが頬杖をついて面白がるように眺めている。
「その様子だと、ぐっすり眠れたみたいね」
「あ、こ、これは、その。昨夜、遅く帰って、それで、」
寝る前に顔だけでも見たくてという言葉を飲み込む。弁解に使うには甘すぎるととっさに理性がブレーキをかけた。
代わりに、
「誤解しないでくれ。何もしてない、いかがわしいことは」
「誤解なんかしないわよ。いいのに、してくれても。いかがわしいこと」
けろっと爆弾発言をするのでジョウは頭を掻きむしりたくなった。
「~~アルフィン」
しかし自分が蒔いた種だ。言葉に窮していると、
「昨夜帰ったのね。半日、予定が早まったの」
そう訊ねられた。
本来なら、今日の昼に帰船の予定だった。
「夜に戻るんなら起きて待ってたのに。連絡くれれば」
「だから、しなかったんだ。寝ててほしかったから」
「早く帰ってきてくれて嬉しい。夜に、会いに来てくれたのも」
朝起きたら、添い寝してくれて、嬉しかった。アルフィンはそう言って微笑った。
「……ちょっとでも、会いたくて。勝手に入り込んでごめん。失礼なことをした」
あまつ、そのまま寝入るとは。ジョウは忸怩たる思いで謝罪を口にした。
そんな彼をじっと見つめて、アルフィンが口を開く。
「ねえ、ジョウ。お願いがあるんだけど、聞いて?」
「うん?」
「あたしと結婚してほしいの。ダメ?」
「ーー」
ジョウの思考が停止する。
え?
頭が真っ白になる。でもアルフィンは表情一つ変えずに、
「結婚してって言ったの。わかる?」
と念を押した。
「ーーえ?」
結婚? ジョウは狐につままれたような顔でぽかんとしたままだ。
アルフィンは言った。
「あたし、あなたが深夜に帰ってきても、すんなりあたしの部屋に来られる関係になりたいの。そのままベッドにもぐりこんで、一緒に眠ってもいいような、そんな関係がいい。朝起きたときに、こうやってあなたに言い訳とか、弁解とかごちゃごちゃさせたくない。だから、あたしたち結婚するのがいいと思うの。ダメかしら?」
まるで前々から考えていたことを言葉にするように、アルフィンはよどみなく言い切った。
気負わず、でも真剣なまなざしでジョウを捉えたまま。
ジョウはベッドに腰を下ろした状態で、我に返り、ひとこと、
「それって……プロポーズか、君からの」
そう口にした。
「そうよ。それ以外にある?」
「いや、ないけど」
でも、と思考がまた止まる。
アルフィンは笑った。
「あんまり難しく考えない方がいいと思うわよ。あたしと結婚したいか、したくないか。シンプルに考えて答えをちょうだい」
「それなら初めからしたいに決まってる。考えるまでもない」
「じゃあ決定ね」
しましょ、結婚。とジョウに抱き着いた。
「わっ」
急に首っ玉に腕を回され、ジョウはバランスを崩した。ベッドに倒れ込む。
アルフィンは「そうとなったら、寝直しましょ。さ、もう一寝入りするわよ」と声を浮き立たせた。
ジョウはアルフィンを腕に囲う態勢になって、身体の密着具合にどぎまぎしながら「お、おい。寝直すって、もう朝だぞ」と返すので精いっぱい。
「いいじゃない。出張帰りなんだもの、少しぐらい寝坊したって、タロスたちも大目に見てくれるわよ」
「君は出張してないだろう」
そう言うと、
「あたしはあなたの妻だもん。旦那様を癒すのが妻の務め」
アルフィンはジョウにキスをして、彼の身体に腕や脚を絡めた。ぎゅううっと。
「お疲れ様。たくさん癒してあげるわね」
アルフィンはジョウを抱擁する。ジョウは何か言いかけて、あーもう、と天を仰いでから本格的に彼女を抱きしめ直した。
逆プロポーズも二度寝の提案も、ひどく甘く、逆らい難い。
俺、本当に好きだ。アルフィンが。
ここは甘んじて受け入れて、眠りから覚めたらーーその後で、ちゃんと仕切り直しをしよう。ジョウは睡魔にとろりと絡めとられ、眠りに吸い込まれる自分を感じながら、そんなことを思った。
END
この二人は恋人関係もすっとばして結婚もありかな、と思って書きました。