背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

優しい時間

2023年11月19日 14時29分00秒 | CJ二次創作
「やっと終わったなあ」
ぽつんとジョウがつぶやいた。喪服に身を包んでいたが、ネクタイの結び目を指先で緩めながら。
アラミスの実家のリビング。なんと、今回の帰郷が10年ぶり。いや、生家に戻ったのは、10年以上ぶりだ。
インテリアは変わったもののさすがに間取りは当時、自分が暮らしていたときのままだ。
懐かしいなとと思う間もなかった。帰郷してからあれこれ忙しく、ここ数日、この家には寝に戻るだけだった。
仕事中父親の危篤の知らせを聞いたのが一週間前。仕事を遂行してからアラミスに急行したのが三日前。そのわずか数時間前に、ダンはクラッシャー仲間に看取られて息を引き取った。ジョウは間に合わなかった。
すぐに病院からダンの遺体を引き取り、葬儀の手はずをあれこれと整えた。目の前にいるエギルの手を借りながら。
葬儀やそれにまつわるあれこれをやり終えたのが、今日やっと、というところだ。
「お疲れさんだったな。喪主は大変だったろう。外国からの弔問客も多かったし」
同じく、喪服に身を包んだエギルがジョウを労った。ジョウはいや、とかぶりを振った。
「葬儀の段取りや仕切りはアンタが全面的にやってくれたし、雑事は本部の秘書がスタッフに指示を出してこまごまとこなしてくれた。俺は弔問客に対応すればよかったから、大したことはない」
「……ゆっくり別れを惜しむ間もなかっただろう、大丈夫か。葬式が終わってからの方がな、きついぞ。いろいろと。俺も経験があるが」
言葉は濁したが、エギルも現役時代にも、引退してからも多くの仲間や家族……最愛の妻を見送ってきていた。
「ん。まあ、それはな。これから徐々にあるのかなって覚悟はしてる」
ジョウは薄く笑った。さすがに疲れが目元に覗いた。
「でも、親父とはずっと離れて暮らしていたから、いまひとつもう亡くなった、この世にはいないんだなって実感が持てないんだ。今も本部の議長室で残業でもしてるから、ここにいないんじゃないかって気がしてる。おかしいだろ」
現実から目を背けたいだけかなと自問するように言った。
「いや。お前さんの言いたいことはわかるよ、何となく」
小さい眼をさらに細めてエギルは何度も頷く。
「そうやってな、段々慣れていくんだよ。誰かの不在ーーあっちの世界へ旅立ったことにな」
「……それが、人が亡くなるってことか」
「多分な」
二人が向かい合って語り合っているところへ、キッチンからアルフィンが現れた。芳しい紅茶のにおいが鼻をくすぐった。
彼女も喪服に身を包んでいる。自慢の金髪は、今日は後ろに編み込んできっちり結い上げている。白くてほっそりした首が目を引いた。
「お茶はいかがですか。温まりますよ」
「おお、ありがとう嬢ちゃん」
エギルがテーブルに置かれたウェッジウッドの茶器に手を伸ばす。ごつい手だった。カップに添えられたスプーンがおもちゃみたいに小さく見えるほど。
「お砂糖もどうぞ。ジョウ、あなたはコーヒーの方がよかった? でも、キッチンを見たら、なんだか最近はお父様、お紅茶の方を好んで飲まれていたみたいだったから」
こっちを淹れてみたのと彼の前のテーブルにソーサーを置いた。美しい所作で。
そうか、見る人が見ればそういうこともわかるんだなと感心しながら「ありがとう」と受け取った。
「嬢ちゃんも疲れただろう。座りなよ、アンタも」
エギルが勧める。アルフィンはジョウにいいの? と目で尋ねてから椅子を引く。
3人は紅茶で喉を潤しながら、しばし静寂に身を置いた。それぞれ物思いにふけった。
ややあってジョウが口を開いた。
「結局、間に合わなかったな。親父に紹介できなかった、正式に」
少しだけ後悔がにじんでいる口調だった。視線の先にアルフィンがいる。
「ダンがなあ、頑なでな。病気のことも入院のこともお前には知らせるなの一点張りだったんだ。意識がなくなって俺の独断でお前を呼び寄せたんだ。すまなかった」
アラミスに戻ってから、エギルに再会してからもう何べんも聞いた謝罪をまた繰り返す。
もっと早く呼んでいれば、親の死に目には会えていただろうにと、エギルも自身を責めている。
ジョウはエギルに繰り言を言いたいのではない。彼はいや、と微笑んだ。
「分かってる。大丈夫だ。……こんな仕事をしてるんだ、お互いそれは覚悟してたさ」
「そうだけどよ。……でもまあ、ダンは分かってたさ、お前さんが正式に嬢ちゃんを連れ帰ってなくても会わせなくてもな。ちゃんと」
「? 何がです?」
実を言うと、さっきからアルフィンは二人の話の流れがしっかりと読めていない。わずか首を傾げた。
エギルは苦笑した。噛んで含めるように言ってやる。
「これが俺の嫁だってきちんと紹介したかったんだよな、親父に。ジョウは。ダンが生きてるあいだにな」
あ、と絶句してアルフィンはうつむいた。頬が赤くなる。
珍しくジョウが照れずに頷いた。「けじめだからなあ」と顎をさすって誰にともなくつぶやく。
エギルは笑った。
「ダンはな……いや、あいつは知ってたよ。お前たちが一緒にいるところ、たまに見かけてたらしい。目立つからな、どうしても。お嬢ちゃんのことも、ちゃんと知ってた。入院する前ーー身体を悪くする前に俺に話してたこともある」
「あたしのことを、ですか」
目を丸くしてアルフィンが訊いた。
「ああ。だから気に病むことはねえ、ジョウ」
「……」
「頭ではわかってても、気が済まねえって言うんなら、俺に言ってもいいぜ。ダンが逝ってしまった今となっちゃあ、タロスのほかは俺がお前の親父代わりみてえなもんだろ」
言っていいぜと優しく促す。
気が済む、済まないといった話ではないんだ、とジョウは言いたかった。けじめと自分でさっきは言ったが、単にそれだけでもない気がした。
……説明しづらい。ジョウも自分の心理を正確につかんでいるわけではなかた。
でもなあ、とジョウはそこでリビングの天井を見上げた。そして、ソーサーにカップを戻してから、
「この人が、俺の大事な人。一緒に生きていきたい人だ。……紹介するのが遅れてすまない」
穏やかな声でそう言った。
アルフィンが息を呑んだ。カップをぎゅっと手で握って彼を見つめる。
紅茶が冷めててよかったな、とエギルはアルフィンを見ながら思った。
エギルは「そうか」と見たこともないほど優しい目をしてジョウに頷きかけた。
「ーーそうか」
ダンなら、あいつならそう紹介した息子に何と言ってやったかなと考えた。
幸せにしてやれ、かな。いいお嬢さんを見つけたな、かな。そこまで考え、いや、と打ち消す。
そのどちらでもない気がした。どっちもわかり切っていることだからだ。あいつは、そういうところ、ひじょうに合理的な男だった。
だからきっと、そうかと頷くだけだろうと思い、エギルもそうした。
優しい時間だけが、3人がいるアラミスの生家のリビングに流れた。

END

1122 いい夫婦の日、には少し早いし、まだ話中の2人も結婚もしていないのですが…優しい空気感をお届けしたく、更新します。
実父も晩夏に他界し、四十九日も既に回りました。来年は、新年のご挨拶をご遠慮させていただきます。


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 東京旅行 | トップ | 塩の街の花嫁(秋庭×真奈) »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
こんばんは (ゆうきママ)
2023-11-20 22:21:56
こんばんは。
結婚前だと、まだジョウは、20代。喪主になるには、早過ぎるもんね。
クラッシャーだったんだから、宇宙葬だよね。
ただ、議長職のままだと国葬かな?!

私の想像では、タクマのよきジイジになった気がします。そこらへん、T先生どうでしょう?(笑)

天気のいい旅になったようで、なによりです。
返信する
久々にお上りさんしてきました (あだち)
2023-11-23 08:28:08
こんにちは

忌が明けましたので上京しました。
またちかぢか行く予定です。
その際は、また写真などで挙げたいと思います。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

CJ二次創作」カテゴリの最新記事