何かのPRで見た「ホテル松島大観荘」に泊まりたくて、春休みの旅行先は宮城になりました実は宮城旅行は以前計画したものの、中止にしたことがあります。震災からの復興後、いつか行きたいと思っていました。
私は年度末・年度初めが1年で1番忙しい職場だし、ホテル松島大観荘はとにかく食事が豪華で大人3人の宿泊だとそれなりの金額1泊で十分だと思って、年度初めよりは少しはマシであろう年度末に予約しました
ところがせっかく宮城まで行くんだから1泊しかしないのはもったいない、先に帰ってもいいよ?とか言い出す夫電車で帰るのは大変だし、悔しいので3日間休みを取ることにして、2泊目はランクを下げたホテルを3人分予約しました
ちびっこ時代のように車中でよく寝たジャンボくん。この日12時間ぐらい寝ていました
高さ150cmのベッドで寝るようになって拝めなくなった寝顔を激写
映画「すずめの戸締り」のモデルになった大谷海岸の道の駅
トイレが無駄にやたらキレイでした
この旅最初の目的地は「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」。順路は映像シアターからスタートでした。津波映像は当時報道で見たはずなのに、目の前で巨大スクリーンで映し出される現実とは思えない光景に涙が出て、過呼吸になりかけました。津波を体験したことのない私ですらそうなったので、津波映像前に必ず注意喚起が入るわけがわかった気がしました。
すさまじすぎる爪痕(ここは3階)
地上12m、4階の床から25cmまで津波が到達したことを示す錆びたレターケース
流れてきた工場が校舎の4階にぶつかった跡
北側の校舎がいやにきれいだな~と思ったら、完成間際の新校舎だったようです…
実際に目の前でみる津波の被害跡は説得力がありました。保存に膨大な金額がかかっているそうですが、なんとか遺していってほしいと思いました。それと同時に、原爆なら「この過ちを繰り返さない」という教訓ですが、災害は防ぎようがないので、「いずれまた流されてしまうかもしれないこの土地に住まない」以外の対策はないのではないかという難しさを感じました。
外に真新しい滑り台があって、一緒にすべらされました
お昼は「松島魚いちば」でまぐろ寿司を食べました大人は隣の牡蠣小屋にそそられたのですが、ジャンボくんが「無理」とのことでここでは我慢
ちびっこ時代は貝好きで牡蠣もいけたんだけどな~。
食後、生牡蠣をテイクアウトできるお店に行きました。3年熟成の巨大な生牡蠣を口にほおばると、おいしすぎてそのまま天に召されるかと思いました食べ終わってからもしばらく多幸感に包まれていました
これは全食物の中で、堂々の優勝
最後の晩餐は、生牡蠣
夫がイカとホタテを食べる間、私はジャンボくんにポテトを買ってあげるためにこの店を離れ、ついでに他の人が食べ歩きしていた紙のような食べ物の店を見つけたので並びました。1枚1枚焼くので時間がかかり、あと2人、というところで予約してあった遊覧船の時刻になってしまい、泣く泣く離脱
宮城はまだ寒かったのですが、ジャンボくんはデッキがいいと寒風に吹かれていました
おもしろい岩がいっぱい
赤い橋が気になったジャンボくんにつきあって渡りに行きました
松島湾内が一望できるオーシャンビューにテンションが上がりました安い山側の部屋にしなくて良かった
期待していた夕食バイキングは、全部手作りでおいしすぎて、久々に食べ過ぎました