行きは普通の快速急行に乗りました。
なので小田原まで1時間10分ほど、594円。観光と思うと、やすっ。上野まで行ってもそのくらいかな。
通勤通学のみんなに混じり、私らも通勤客のようでしたが、途中から座れました。お話しながらだったので、あっという間に到着しました。
まずはチェックした「でん」さんへ。
写真で見た生しらす海鮮丼を注文。追加で魚のあらの味噌汁もつけました。
印象より丼が小盛りでしたが笑 食べ終わればお腹いっぱいになりました。
生しらすは今日は朝取れじゃないけど…と言われましたが、十分美味しかったです。もう時期じゃないですもんね。
友人は5時までに池袋に行かなくてはいけないということで、観光は小田原城くらいかなと思っていました。
私は先日行ったばかりなので、偉そうに蘊蓄を語りながら、お城見学。
お相手の方が才女なのに、ペラペラ喋ってお恥ずかしいわたし。
まず小田原城へ。
今日は本当にいい天気で、散歩日和でした。
赤銅門ですね。
この柱、ただ、意匠でこう削ったのでしょうかね。
馬出門
巨松が素晴らしいんです。
二宮報徳神社を抜けます。
お参りをしてから、
私のもう一つの目的地である「ういろう」さんへ向かいました。
ういろうといえば、名古屋人の私とすれば米粉を使った蒸し菓子のういろうですが、そのういろうもありますが、これは知る人ぞ知るお薬のういろうさんなのです。
そういえば、ちょうど7日から成田屋の歌舞伎、「外郎売」がやっています。あの外郎売とはここのことなのだそうです。
ちょうど勸玄君が八代目市川新之助として初舞台を踏んでいますね。
薬のういらうの由来
めでたい時の祝いの出し物になる歌舞伎十八番のういらうは薬のういらうの狂言です。
足利時代より貴紳の秘薬とされていたのですが、江戸時代に二代目市川団十郎丈が、自分がこの薬のおかげで助かった感謝の念を持って演じたものだそうです。
薬のういろうは正式名を透頂香(とうちんこう)といいます。透頂香は外郎家に代々伝わる製法を守って作り続けている一子相伝の薬、家伝薬だそうです。
日本最古の薬とも言われており、室町時代の文献にはその名が出ており、600年以上の歴史があるそうです。
元は外郎家の祖である陳延祐が霊宝丹という家伝薬を大陸から博多に持ち込んだのが始まりだそうで、その子である二代目の大年宗奇が帝や将軍に薬を処方する典医として仕え、自らもその薬を烏帽子に入れ、参内していたようです。
下はネットより拝借です。
お薬は開けてないのですが、樋屋奇応丸のような銀色の粒のお薬です。
透頂香は昨今の環境破壊で、原料の生産が非常に少なくなってしまい、600年余りの製法を守って作るには数ができなくなってしまったそうです。
ですので、こちらに求めてくる人にだけ、売るようになったそうです。
本当に品のある白衣のおじいちゃまが出してくれました。
真ん中の妙香散は更年期の症状に良いそう。
振り出し五香湯は冷えや風邪のひき始めに良いみたいです。
これから冷えたなと感じる時は飲んだほうがよいかもと思って購入してみました。
自分では冷えてないと思っていても、どうも冷えているみたいなんです。
予防薬の一種かなと思いますので、活用したいです。
そしてこちらはお菓子のういろう。
室町時代に外郎家が国賓のもてなしに考案した米粉の蒸し菓子が評判となり、家名よりういろうと呼ばれ、各地に広まったそうです。
私は抹茶を購入。
名古屋のういろうより少し硬め。
私はこっちの方が好きです。
古くから伝わる素朴な自然の持ち味を活かして作られているそうで、もちろん人工甘味料など用いておらず、こちらのお菓子もここでしか買えません。
しっかり真空パックされているのですが、日持ちするかと思ったら賞味期限も短いので、もう食べてしまいました^_^
美味しかったです。
また、食べたいです。土日限定の杏仁ういろうを購入したいな。
さて、まだ少し時間がありそうなので、二宮報徳神社へ戻り、きんじろうカフェに入りました。
天気も良く外でいただきました。
とても気持ちの良いカフェです。
きんじろうソフトを友人が頼みましたが、金次郎が熱心に勉強しすぎて、雪に突っ込んでいる状態です。
ちゃんと上を向いて歩いてほしいですね。
なので、罰として、雪に埋めていました笑
私の頼んだジンジャーカプチーノ。
神社とかけてるんですね。
ちょっと微妙ですが、味は美味しかったです。
今日は友人は用事があるそうなので、もう帰ることにしました。
えっさえっさえっさほいさっさ♪
の小田原提灯ですね。
帰りはいつも見ているだけのロマンスカーに乗りました。
小田急の車窓から見る景色が好きです。
富士山が見えました。
富士山の前に見えるあの山はなに?
こんな気軽に行けるのだもの、また行きますとも!