私は特に歌舞伎に思い入れを持っているわけではない。生で歌舞伎を観たことは4~5回しかない。だけど、それまで知らなかった世界の扉を開いてくれたのが、團十郎だった。
大学の国文に入学し、友もできた。私は古い時代に興味があったのだが、近世文学を専攻する男がいた。冬のある日、そいつの家に泊めてもらったことがあった。京都から、そいつの家のある彦根に行くと、雪が積もっていた そいつの家で、温かいご飯と暖かい酒を呼ばれ、温かいコタツの中で話していたのだが、そいつが「お前に見てほしいものがあるねん」と、ビデオテープを取り出してテレビにセットした。「お前、歌舞伎見たことないんやろ? そういうやつに、これ、見てほしいんや」 それは、まだ海老蔵と名乗っていたころの團十郎だった。演目は「明智光秀」だったと思う。演者が何人か会話したあと場を去り、寺の本堂に隠れていた明智光秀が姿を現した。眼光鋭く、こちらを一瞥し、「う~」と唸った。岩がひび割れ、地を響かせているような声だった。その一瞥と一唸りに、寒気が走った。感じたことのない存在感だった。それからずっとビデオを観ていたはずなのだが、内容は全く覚えていない。ただ、「海老蔵というすごい男がいる!」「歌舞伎は結構面白い!」というインパクトが、今も残っている。
團十郎は、十数年前に、一度だけ、生の舞台を観た。相変わらずの存在感で、派手なのに無骨で愉快な團十郎がそこにいた。先日亡くなった勘三郎(当時は勘九郎だった)も、片岡仁左衛門(同じく孝夫)も、生で見て、それぞれに魅力のある役者さんだった。だが、その独特の存在感と、こちらに迫る大きさは、團十郎をおいてほかにない。
その團十郎が亡くなった。闘病のことは知っていたが、亡くなるほどだったとは…
私にとって、意味深い存在が、また一人この世を去ってしまった。残念でならない。
冥福を祈る。
それにしても、勘三郎に続いて團十郎を失い、歌舞伎は次の世代にかかる荷がどんどん重くなるなぁ。全く個性は違うけど、どちらも意欲に満ちた人物だった。こんな二人はもう出ないだろうなぁ。息子たちには、「すごい」と言われる個性を、ぜひ築いてほしいと思う。
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