様々な感情が渦巻く劇中に立つ役者は、己の感情など微塵にも見せず、演じ切る。その中で劇事態が変質して行く時もある、初演ではロマンチックなコメディーだったが、時代が変わるに連れシリアスな悲劇となる、それは演出家の仕業と同時に演じる役者の技に依る。その最初の作者の真意を時代はその時々に受け止め方を変える。この役者の時代には、作家はいたが、演出家はいない役者自身が演出家なのである。彼はこの劇場で、端役の懸命な生き方を顕す頃から現在の喝采の中に身を置く事の出来るまでの役者になれた今この時までを常に心中に観じながら演じる。そこにこそ、幾世代にも渡り語り継がれているある乗り越えてきた、暗部との戦いの歴史がある。それを知ることが出来るのが、限られた一握りの役者だけであった。今この役者こそ、地球上に唯一人残ったその歴史の証人である。