1000年アーキテクチャのドキュメント体系を考えてみたいと思う。
さて、ここで1000年前以上らか存在して、今も一般的に読まれているものはどのようなもの書物か考えてみたい。
例えば聖書について考えてみる。
聖書にはいくつかの読み方があると言うが、ひとつは歴史を記したドキュメントと言う側面。確かに現存する歴史を記したドキュメントはかなり多く存在するのではないかと思う。
これは、歴史を記録し続け、今に繋がっていることを証明することにメリットがあるのではないかと思う。今に自分たちの状態が、過去から繋がっていることを示すことで、自らの正当性を証明する意味がある、
次に道徳書と言う側面
どうあるべきか、どう行動するべきかをシンプルにキャチーな言葉で示している。これは、多くの人がその内容を参照し、行動に反映させるには記憶にとどめやすくする必用があるため、ボリュームが多くなってはいけない。いつでも気になったときに参照して読み上げられるような分量にする必用がある。細かな条件毎に正、不正を示すようなルールブックでは、ルールを調べる専門家が必用となり、実際の多くの人はルールを確認できず、になんとなく過ごしいくことになる。
もうひとつは、物語としての側面だ。
単純な原理原則が書き連ねられていても内容をイメージしにくく読み進める気すらなくなってしまうかもしれない。内容が身に染みることがなければ、理解するどころか読んでもらうことすら難しい。そこで読んだ人が書かれている内容を共感したり、追体験できたりする工夫が必用になる。これは小さな例え話や物語を使うことで補われている。メッセージを分かりやすく残すためには誰もが共感しやすいような簡単な物語が効果を発揮する。
そこで1000年アーキテクチャーで残すべきドキュメントを考えるにあたって、このけた外れに長寿な書物の要素を参考にしてみる。
現在の正当性を証明する歴史
これは、ドキュメントの更新来歴と言いたくなるとこだが、少し異なる。システムの存在価値は、システム自身の機能に変更がなくても、利用者や利用者数に応じて変化することがある。例えば同じブログであっても芸能人が利用しているものと、学生のみが利用しているものではシステムの社会的な役割が異なる。
そのため、システムの変更点の来歴のみでなく、どんなことがあったのかイベントの年表のようなものがよい。これにより新規の人が参画した時もどのようなシステムかイメージしやすくなる。その観点では、大規模のな変更を試みたが失敗し、結局変更しなかったと言うような情報も役に立ったりする。
道徳書・原理・原則
タイトルからするとシステムの設計ドキュメントというよりは、プロジェクトマネージメント計画書の方が近いかもしれない。1000年アーキテクチャーは、システムとそのシステムに関わる人で定義することを考えてきた。システムそのものとサービスを提供する人、サービスを受ける人、システムを構築・修繕する人だ。これらの人がどのような人で何ができて、どうあるべきかの方針を整理する。そうすることでシステムの価値や意味が定義しやすくなる。システムの表し方としては、実際の構成といよりはシステムを活用することでサービスを提供する人が産み出した価値をどのように変化させて、サービスを受ける人に届けるのかを示すことでシステムの仕組みを表現できるのではないかと思う。
物語
最後に物語だ。これは、あまりエンジニアっぽくない。1000年アーキテクチャーはシステムの寿命は人間より長い。そのため常に関係する人乗り入れ代わりが発生する。そうすると、やるべきこと、やってはいけないことを体感的に理解する必用が出てくる。そのためには過去の運用でうまくいったこと、反省したことなどを物語のように記録することで、読むモチベーションの上がるドキュメントとなる。また、内容を体感的に理解しやすくなるだけでなくシステムに対しての親近感がわくかもしれない。こうすることでシステムと人との距離が近くなり、より強固な関係性となる可能性がある。
このような観点で中心となるドキュメントを考えてまた。
次回は、時代と共に変わっていく構成図や機器のパラメーターについてどのように取り扱うのがよいのか整理してみたい。