自然堤防上の集落
自然堤防は沖積平野の高さ数mの砂礫堆積地である。河川の洪水時の運搬堆積地であり、現河道・旧河道のいずれにおいても見られる。沖積平野は洪水を利用した稲作地域であり、自然堤防はその水田より数mは高いので、稲作農業集落ができる。形成年代は稲作開始時と同じである。
沖積平野のうち、河川からの水を流すことのできる高さの土地が後背湿地であり、日本では水田に利用される。洪水の常習的冠水地である。
砂礫の堆積した自然堤防は数mの微高地であり、通常の洪水では被害はない。しかし、大雨が続くと集落全体が洪水被害を受ける。海が近いと、津波の被害を受けることがある。
しかし、1950年以降、日本では米が生産過剰であり、沖積平野の地価が安くなり、水田から住宅団地や工業用地に転換されている。河川から流入する農業用水は不要になって、水路の付け替えや水路の廃止が目立つ。不要になった農業用水を大型排水ポンプで元の河川に戻したり、農業用水の流入を止めるために分流部分を改変したりする。小手先の技術ながらも、日本国内では米が生産過剰になるほど、農業が発展した。
歴史的大地震と歴史的大津波
「天災は忘れた頃にやって来る」とは寺田寅彦の名言とされているようである。沖積平野の古い農業集落は数100年の洪水を乗り越えてきたが、沖積平野の新しい集落は洪水被害を受けやすい。
古い集落立地・住宅建築のすぐれた点を継承せず、みかけ上だけ立派な集落や住宅は、地震・津波・洪水などの被害に非常に弱い。歴史上まれにみる災害、との言い逃れは間違いである。歴史的試練に耐えた集落・建築の強さを再認識すべきであろう。と、寺田寅彦が書いた(昭和9年。経済往来)のであり、むしろ忘れないうちに天災が襲来しているのに、防災意識を欠いた日本社会のあり方を批判しているのである。
自然堤防は沖積平野の高さ数mの砂礫堆積地である。河川の洪水時の運搬堆積地であり、現河道・旧河道のいずれにおいても見られる。沖積平野は洪水を利用した稲作地域であり、自然堤防はその水田より数mは高いので、稲作農業集落ができる。形成年代は稲作開始時と同じである。
沖積平野のうち、河川からの水を流すことのできる高さの土地が後背湿地であり、日本では水田に利用される。洪水の常習的冠水地である。
砂礫の堆積した自然堤防は数mの微高地であり、通常の洪水では被害はない。しかし、大雨が続くと集落全体が洪水被害を受ける。海が近いと、津波の被害を受けることがある。
しかし、1950年以降、日本では米が生産過剰であり、沖積平野の地価が安くなり、水田から住宅団地や工業用地に転換されている。河川から流入する農業用水は不要になって、水路の付け替えや水路の廃止が目立つ。不要になった農業用水を大型排水ポンプで元の河川に戻したり、農業用水の流入を止めるために分流部分を改変したりする。小手先の技術ながらも、日本国内では米が生産過剰になるほど、農業が発展した。
歴史的大地震と歴史的大津波
「天災は忘れた頃にやって来る」とは寺田寅彦の名言とされているようである。沖積平野の古い農業集落は数100年の洪水を乗り越えてきたが、沖積平野の新しい集落は洪水被害を受けやすい。
古い集落立地・住宅建築のすぐれた点を継承せず、みかけ上だけ立派な集落や住宅は、地震・津波・洪水などの被害に非常に弱い。歴史上まれにみる災害、との言い逃れは間違いである。歴史的試練に耐えた集落・建築の強さを再認識すべきであろう。と、寺田寅彦が書いた(昭和9年。経済往来)のであり、むしろ忘れないうちに天災が襲来しているのに、防災意識を欠いた日本社会のあり方を批判しているのである。