心筋症(cardiomyopathy)のページを更新
- 心筋症は、「心筋そのものの異常により、心臓の機能異常をきたす病気」です。 心筋症の分類としては ①拡張型心筋症(dilated cardiomyopathy;心腔の拡張と心筋の収縮力の低下を特徴とする。日本での重症心不全の大部分を占め、心エコー検査では、「大きな左室内腔と全体的に非常に動きの悪い左室」が典型的所見)、
②肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy;左室壁の不均一な著しい肥大を特徴とする。心腔の大きさは正常または狭小化し、肥大のために心腔は硬く拡がりにくくなる。また心室中隔上部(左室の出口近傍の心室中隔)の肥大が高度だと、左室の出口で収縮期に狭窄を生じ、血液の駆出に強い障害が生じる(閉塞性肥大型心筋症と呼ぶ)、心エコー検査では、「左室内腔の大きさは、正常か、狭くなる。特に心尖部が狭く、収縮期にはほとんど閉塞する。心室中隔や心尖部など局所的な著しい局所的な肥大がみられる。左室壁の動きは通常良好である」が典型的所見)、
③拘束型心筋症(restrictive cardiomyopathy;心室の高度の拡張障害と心腔の狭小化を認める、いわば弾力のない硬い心臓である。心室の壁厚は正常、左室壁の動きもほぼ正常である。かなりまれな心筋症で、心エコー検査では、「左室内腔はやや小さい。左室壁の肥大はなく、動きはほぼ正常。硬い左室であることによる僧帽弁口血流パターンの異常を認める。」が典型的所見。日本では極めてまれ、10年生存率10%とかなり予後が悪い)、
④不整脈源性右室心筋症(上記3型はおもに左室が障害されるが、この型は右室筋が線維や脂肪に進行性に置き換わり、右室壁が薄くなり、心室性不整脈を頻発する疾患である。若年者で不整脈による突然死が多い)、
⑤分類不能の心筋症(上記以外の心筋症。多くはウイルス性心筋炎の後遺症である可能性があるといわれている)、
の5つのタイプに分類されます。 - ● 肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy:HCM)
- 肥大型心筋症はおもに左室、時に左右心室の肥大を特徴とします。心筋の肥大は一様ではなく、局所的に強い肥大が生じる場合が多く心室の内腔は正常または狭くなっています。肥大のために心臓の弾力性が低下し、拡張期に拡がりにくくなります。左室の出口付近である上部心室中隔の肥厚が著明なために、左室流出路の狭窄を生じ、圧較差を伴うものを閉塞性肥大型心筋症と呼びます。閉塞性と非閉塞性は肥厚の部位と程度による違いであり、本質的な違いではありません。心尖部のみが厚くなったものを心尖部肥大型心筋症と呼びます。心エコー法の発達と普及に伴って、肥大型心筋症が多数発見、確認されるようになっています。約半分の肥大型心筋症は遺伝子の異常であることが分かっています。つまり、これらは遺伝子病なのです。心筋のタンパクの遺伝子、ミトコンドリアの遺伝子、代謝に関係する遺伝子などの異常が見つかっており、遺伝形式は、優性遺伝、劣性遺伝、突然変異と考えられる散発例もあります。遺伝子変異以外の要因も可能性があり、肥大型心筋症の病因は一つではありません。もっとも一般的な非対称性中隔肥大を示す肥大型心筋症の場合は、その半数が常染色体優生遺伝を示します。遺伝子の変異を持っていても発症しない者もいるために、両親のどちらか一方が2本ある染色体のうち、1つに変異を持っている場合でも、その子供の発症率は50%以下です。一方、全周性肥大や心尖部肥大は遺伝傾向が弱いとされています。大半は思春期以降に肥大が発現すると考えられ、小児は少ないです。20~30代には比較的安定していますが、40歳以降には著明な肥大を示すようになります。男性では40歳~50歳代が多いですが、女性では年齢分布に差がありません。30歳以上では男女比はおよそ3倍で、男性に多いです。非閉塞性の心室中隔肥厚や心尖部肥大は40歳以降に好発しています。肥大型心筋症の10年死亡率は20%です。拡張型心筋症よりましですが、同世代に比べれば悪く、突然死や塞栓死(心房細動)が予後を左右します。肥大型心筋症はいくつかの病型に分類されます。閉塞性肥大型心筋症(hypertrophic obstructive cardiomyopathy:HOCM、心室中部閉塞性肥大型心筋症(midventricular obstruction:MVO)、心尖部肥大型心筋症(apical hypertrophic cardiomyopathy:AHP)、拡張相肥大型心筋症(dilated form of HCM:D-HCM)等に分類されます。HOCMは左室の流出が駆出記に閉塞、狭窄を起こすタイプで心臓超音波検査の連続波超音波ドプラー法で30mmHg以上の圧較差が認められれば、閉塞性と診断されます。MVOは肥大に伴う心室中部の内腔狭窄があり、その前後に連続波超音波ドプラー法で30mmHg以上の圧較差が認めらる場合をいいます。AHPは欧米よりも日本に多く、心電図で特徴的な異常を示すことが多いようです(巨大陰性T波(10mm以上の陰性T波)と左室高電位)。左室は心尖部の肥厚が特に著しく、心尖部左室腔は狭くなり、「スペード型」を呈します。 非対称性中隔肥厚タイプやび漫性心室肥厚タイプと異なり、若年発症は非常にまれで、40歳以上の男性に多く、家族内発症が少なく、散発例がほとんどです。心尖部肥大型心筋症のみを発症する家系は報告されていません。10年以上の長期観察ではほとんどの症例で心電図R波の減高や巨大陰性T波の消失がみられ、心エコーでは心尖部の肥大が心基部へ対称性に広がると報告されています。D-HCMは肥大型心筋症から拡張型心筋症様病態に移行したと考えられるものです。左室内腔は拡大し、左室壁の動きが低下します。病態の進行とともに心室壁は徐々に薄くなります。心筋への血流が不足するために、心筋の脱落や線維化がおこり、心室壁が菲薄化すると考えられています。欧米では肥大型心筋症の約10~15%が拡張相に進行すると報告されています。拡張相肥大型心筋症は心不全をきたし、予後は不良です。 肥大型心筋症の自然経過は、一生無症状のものから、急死する人、心不全を発症する人など多彩です。厚生研究班の調査によると成人で発症する肥大型心筋症は、5年生存率92%、10年生存率約80%と比較的良好です。しかし、成人の10年生存率が約80%であるのに比べて、小児では約50%と若年発症者の生命予後は不良です。特に、若年発症例、家族性の強いもの、めまいや失神などの症状があるものなどは予後が不良です。肥大型心筋症の関連死としては、1)突然死、2)心不全死、3)心房細動に伴う脳塞栓症があります。年齢分布は、若年から高齢まで広く、小児期から青年期は突然死や拡張不全による心不全死が多いです。中高年になるにつれて突然死が減少し、収縮不全による心不全や心房細動による脳塞栓症による死亡が増加します。心房細動を合併すると脳塞栓のリスクが著しく上昇します。また、心房細動が心不全や心室性不整脈の引き金となるためにハイリスクです。突然死は自覚症状の重症度と関係なく起こりえます。たとえ今まで無症状の肥大型心筋症でも突然死の可能性があります。特に30歳以下の若年者は注意が必要です。肥大型心筋症の突然死は重症の心室性不整脈がおもな原因である可能性が高いようです。頻拍性心房細動や粗動、発作性上室性頻拍などの不整脈、運動による血圧の著しい下降も突然死の原因となります。心エコー所見から突然死の危険性を予測することは困難であるとされています。30mmHg以上の圧較差も有意な予後予測因子ですが、突然死の陽性的中率は7%と低く、その意義は小さいです。大人よりも子供で発症した肥大型心筋症の突然死のリスクは高く、子供の肥大型心筋症は約半数10年内に死亡するので注意が必要です。これらの多くは生前は無症状で、肥大型心筋症と診断されていません。突然死の多くは必ずしも強い運動ではなく、安静時や軽度の運動で起きています。肥大型心筋症は若年運動競技者の突然死の最も多い原因です。ある報告では突然死したスポーツ競技者158例の内、心臓や血管の異常により死亡した134例の平均年齢は17歳(12-40歳)で、そのうち48例(36%)は肥大型心筋症であったということです。このうち、生前のメディカルチェックで心血管系の異常を指摘されていたのは、わずか4例(3%)のみであったということです。 治療としては薬物治療が行われますが確実に有効なものはありません。薬剤としてはβ遮断薬、ベラパミルやジルチアゼムなどのカルシウム拮抗剤、ジソピラミド、シベンゾリンなどの不整脈治療剤を心筋の収縮力を低下させるために用いることもあります。