乳酸アシドーシス
NEJM 2014; 371: 2309-2319
1. 乳酸値は死亡の予測因子であり, 治療のメルクマールである.・低灌流または敗血症に乳酸アシドーシスが伴う場合,死亡率は3倍近く上昇する(Crit Care 2006; 10: R22-R32).
・乳酸値が高いほど死亡率は高くなる(Crit Care 2010; 14: R25)
・蘇生後8時間まで乳酸値を2時間毎に20%以上低下させると,死亡率および合併症が低下する(Crit Care Med 2010; 182: 752-761).
2. 嫌気性呼吸で産生される乳酸は Cori cycle でグルコースに再変換される.
・骨格筋や赤血球における解糖によって生じた乳酸は肝臓(~7割)および腎臓に運ばれてグルコースに再変換(糖新生)される. この過程は Cori cycle として知られている.
・激しい運動をすると,乳酸の産生速度は数百倍に増加する.しかし, 乳酸のクリアランスは大きいので, 速やかに乳酸値は低下する(Acta Physiol (Oxf) 2010; 199: 499-508).
3.循環不全・組織低酸素が乳酸アシドーシスの主な原因である.
・低灌流になると乳酸が肝(および腎)に運ばれないために乳酸のクリアランスが低下する.また組織への酸素の供給が低下するために乳酸の産生量が増加する.このように循環不全・組織低酸素をともなう乳酸アシドーシスを type A, 循環不全・組織低酸素をともなわない乳酸アシドーシスを type B と分類する.
・type A の乳酸アシドーシスの原因としては, 心原性ショック, 低容量性ショック, 出血性ショック, 敗血症性ショック,重症心不全があり,乳酸アシドーシスの原因の大部分を占める(Crit Care 2011; 15: R238).
・敗血症においては循環不全がなくても乳酸クリアランスが低下することが知られており,ピルビン酸脱水素酵素の機能障害が原因かもしれない(Am J Respir Crit Care Med 1998; 157: 1021-1026).
4.メトホルミンによる乳酸アシドーシスは極めて稀である.
・メトホルミンによる乳酸アシドーシスは type B に分類される.メトホルミンは肝の糖新生を抑制する作用をもつ(NEJM 1998;
338: 867-872)ので, 乳酸のクリアランスを低下させ得る.
・メトホルミンの使用者における乳酸アシドーシスの発症頻度は 3件/10万人・年で極めて少ない.このうちメトホルミンが直接の原因だったと考えられるのは半数以下であり, 循環不全や組織低酸素など乳酸アシドーシスのリスクを抱えていた例が過半数だった(『糖尿病学』(西村書店)2015, pp. 362).
・腎不全患者や高齢者, 循環不全・低酸素血症の存在が疑われる場合(心不全の急性増悪など)にはメトホルミン投与を控えることが重要.
5.乳酸アシドーシスの明確な診断基準は存在しない.
・呼吸性アルカローシス/アシドーシス,代謝性アルカローシス/アシドーシスが併存する状況がしばしばあるので, pH や HCO3
の値をもって乳酸アシドーシスの診断基準を一義的に定義することは難しい.
・重症の循環呼吸器疾患,敗血症,重症外傷,循環血漿量の低下が存在することは,乳酸アシドーシスを疑う重要な手がかりになる.
・アニオンギャップの開大は診断の手がかりになるが, 乳酸値が 5-10 mmol/L だった患者の50%でアニオンギャップが開大していなかったとする報告もある(Crit Care Med 1990; 18:275-7).
・臨床的に乳酸アシドーシスの合併を疑う場合は積極的に乳酸を測定することが重要.
6.乳酸アシドーシスの治療の基本は十分な輸液
・十分に輸液を行い,組織低灌流を改善させることが乳酸アシドーシスの治療の基本である.
・プロトンの除去に最も重要な緩衝系は重炭酸緩衝系である.
H+ + HCO3- ⇄ H2CO3 ⇄ H2O + CO2
低灌流のために末梢組織の CO2 貯留があると,上式の平行は左に移動し,プロトンを効果的に除去できない.
・通常, 静脈血の pCO2 は動脈血の pCO2 よりも 6 mmHg 高い.pCO2 (静脈血) - pCO2 (動脈血) > 6 mmHg であれば,末梢組織の CO2 貯留があると判断できる.その場合は十分に輸液を行って組織低灌流を改善させるべきである(ハルペリン
病態から考える電解質異常 第1版(ELSEVIER)2018, pp. 12-15).
7. 生理食塩水による輸液はCl 負荷による急性腎障害を引き起こすかもしれない.
・生理食塩水による輸液はCl 負荷による急性腎障害を引き起こすかもしれない(JAMA 2012; 308: 1566-1572).
・生理食塩水による輸液はアニオンギャップ非開大性アシドーシスを引き起こす可能性もあり(Crit Care Med 2007; 35: 2390-2394),Caイオン濃度を低下させて心機能を低下させる可能性も指摘されている(Ann Intern Med 1990; 112: 492-498).
・乳酸リンゲル液(ラクテック, ハルトマン)や酢酸リンゲル(ヴィーンF)は生理食塩水よりも体液組成に近く,アニオンギャップ非開大性アシドーシスは引き起こさない.乳酸イオンや酢酸イオンは代謝されて重炭酸イオンに変換されるので,代謝性アルカローシスは来し得る(NEJM 2013; 369: 1243-1251).
・重症患者に対して乳酸リンゲルや酢酸リンゲルを投与した場合, 生理食塩水を投与した場合に比べて,腎代替療法が必要になる患者が少なかったという報告がある(JAMA 2012; 308: 1566-1572). しかし,これについては異論もある(Am J Kidney Dis 2013; 62: 20-22).
・乳酸リンゲルを多量に投与すれば血清乳酸値は上昇し得るが, 乳酸クリアランスの異常がなければ通常は軽度の上昇に留まる(Crit Care Med 1997; 25: 1851-1854).
8.重炭酸イオン投与は有害である可能性がある.
・重炭酸イオン投与が死亡率低下や循環動態の改善に寄与するかどうかは分かっていない(Crit Care 2011; 15: R238).
重炭酸イオン投与によって, ①CO2貯留が増悪する可能性があり,
②pH上昇による遊離Caイオン濃度の低下で心機能に影響を及ぼす可能性がある(Nat Rev Nephrol 2012; 8: 589-601, Ann Intern Med 1990; 112: 492-498).