内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/01/03

2022-01-03 08:46:00 | 日記
糖尿病ケトアシドーシス


1. インスリンにより,糖尿病ケトアシドーシスの生命予後は劇的に改善した.

・1921年にインスリンが発見される以前は,糖尿病ケトアシドーシスは致死的だった.インスリンの臨床応用によって糖尿病ケトアシドーシスに関連する死亡は減少し続け,現在は1%以下となっている(Diabetes Care 2018; 41: 1870-1877).


2. 糖尿病ケトアシドーシスの誘因で多いのは感染とインスリン中止である.

・英国72施設における糖尿病ケトアシドーシス283症例についての観察研究では,誘因として最多だったのは感染(45%)で,その次に多かったのはインスリン注射の中止(20%)だった(Diabet Med 2016; 33: 269-270, Diabet Med 2016; 33: 252-260).

・上記の観察研究では7%以上の症例は入院患者であった.1型糖尿病患に食止めの指示を出す際に,基礎インスリンの注射を中止しないように注意する(BMJ 2019; 365: 1114-1128).


3. 糖尿病ケトアシドーシスの本態は脂質代謝の異常である.

・糖尿病ケトアシドーシスでは,インスリンの欠乏と拮抗ホルモン
(グルカゴン,カテコラミンなど)の亢進により,ホルモン感受性リパーゼが活性化され,脂肪分解により脂肪組織から遊離脂肪酸が放出される.遊離脂肪酸は肝でβ酸化され,ケトン体(アセト酢酸, β-ヒドロキシ酪酸, アセトン)に変換される.アセト酢酸, β-ヒドロキシ酪酸は酸性物質なので,蓄積するとアシドーシスが進行する(CMAJ 2003; 68: 859-866).

・ケトン体生成径路ではまずアセト酢酸が生成される.ケトン産生が亢進すると, ミトコンドリア内が還元状態(NAD+/NADH <1)となり,アセト酢酸は3-ヒドロキシ酪酸に還元される.アセト酢酸の産生が亢進すると非酵素的に脱炭酸され,揮発性のアセトンに変換される(ハーパー生化学原著30版 pp. 263).

・糖尿病ケトアシドーシスでは 3-ヒドロキシ酪酸はアセト酢酸の 3-4倍まで上昇する.また呼気にアセトン臭を認める.ニトロプルセド反応を利用した尿ケトン検査はアセト酢酸のみを検出している.したがって,尿ケトン検査は重症度判定や治療効果判定には利用できない.


4. 高グルカゴン血症による糖新生亢進により高血糖となる.

・グルカゴン/インスリン比が上昇すると,肝における糖新生が亢進する.糖尿病ケトアシドーシスにともなう高血糖は糖新生の亢進による(NEJM 1983; 309: 159-169).

・肝における糖新生を抑制し,末梢での糖の取り込みを促進させるためには,脂肪分解およびケトン産生を抑制するよりも多くのインスリンが必要である(Metabolism 2017; 68: 43-54).


5. 糖尿病ケトアシドーシスは脱水をともなうが評価は難しい.

・高血糖による浸透圧利尿が起こるため,糖尿病ケトアシドーシスでは脱水となっている.糖尿病ケトアシドーシスにおける脱水量は 5-7 L と報告されている(CMAJ 2003; 168: 859-866).

・糖尿病ケトアシドーシスにおける脱水は浸透圧利尿による細胞内脱水が主体である.血管内脱水を反映する Ht やBUN/Cre は上昇していないことが多い.血液検査で脱水を評価するのは難しい.

・脱水が進行し血管内脱水をともなう場合は,糸球体濾過量が低下するために尿からの糖およびケトンの排泄が低下する.それにより,高血糖,高浸透圧,代謝性ケトアシドーシスが増悪する(Metabolism 2016; 65: 507-521).

6. 糖尿病ケトアシドーシスはカリウム欠乏をともなう.

・浸透圧利尿のために尿からの電解質(Na, K, Ca, Mg, Cl, P) の喪失が起こる(Metabolism 2016; 65: 507-521).インスリン欠乏により細胞内への K の移動が起こらないので,K 欠乏があるのにもかかわらず血液検査では K 高値を認めることが多い.


7. 糖尿病ケトアシドーシスの診断基準はガイドラインにより異なる.

・糖尿病ケトアシドーシスの診断基準はガイドラインによって異なる(BMJ 2019; 365:
1114-1128).英国糖尿病学会(Joint British Diabetes Society)によるガイドラインの診断基準が比較的シンプルなので,私は同ガイドラインの診断基準を用いている.

・英国糖尿病学会のガイドラインにおける糖尿病ケトアシドーシスの診断基準は,血糖>200 mg/dL (>11 mmol/L)または既知の糖尿病, pH <7.3, HCO3- <15 mmol/L, 血中ケトン >3 mmol/Lまたは尿ケトン陽性を含む(BMJ 2019; 365: 1114-1128).


8. SGLT-2阻害薬投与中の患者では euglycemic diabetic ketoacidosis に注意

・近年,SGLT-2阻害薬に関連する高血糖を認めない糖尿病ケトアシドーシス(euglycemic diabetic ketoacidosis)の報告が相次いでおり,注目を集めている(Diabetes Care 2015; 38: 11687-1693, Diabetes Care 2018; 41: e47-49, BMJ 2018; 363: k4365).

・euglycemic diabetic ketoacidosis は診断が遅れる可能性があり,注意が必要である(Diabetes Care 2018; 41:1299-1311).SGLT-2 阻害薬を服用している糖尿病患者が頻回の嘔吐や腹痛を主訴に受診した場合は,血液ガスを確認すると良い.

・41万7514例を対象とした後ろ向きコホートでは,SGLT-2 阻害薬は DPP-IV 阻害薬と比較して糖尿病ケトアシドーシスのリスクは3倍弱高かった(発生率/1000人・年: 2.03 (95%CI
1.83-2.25) VS 0.75 (95%CI 0.63-0.89), ハザード比 2.85 (95%CI 1.99-4.08)(Ann Intern Med 2020; 173: 417-425).絶対リスクは0.2%/年程度であり高くはないが,注意が必要である.