甲状腺癌のレビュー
NEJM 2016;375:1054-1067
最近10年で甲状腺癌の分子病態生理が明らかになってきており、分子標的薬は進行甲状腺癌の治療を大きく変えつつある。
甲状腺癌は大きく濾胞細胞由来のものと、傍濾胞C細胞由来のものに分けられる。前者には乳頭癌、濾胞癌、低分化癌、未分化癌がある。後者には髄様癌がある。
髄様癌では RET 変異による RET シグナルの異常な活性化が起こっている。
濾胞細胞由来の癌には共通の分子病態生理がある。
乳頭癌では、BRAF 変異を多く認める。特に BRAF-V600E 変異は乳頭癌の45%で認める。この変異によりBRAFのキナーゼ活性は恒常化する。BRAF が活性化すると、ヨウ素の取り込みに必要な蛋白群の発現が抑制される。放射線抵抗性の再発乳頭癌では、BRAF-V600E 変異を高率(75-90%)に認めることから、BRAF 変異が放射線抵抗性の原因ではないかと考えられている。
濾胞癌では RAS 変異を多く認める。しかし、RAS を恒常的に活性化させても腺腫にしかならない。癌化には RAS 変異だけでは不十分で、PTEN やPIK3CA など他の遺伝子変異が必要。
低分化癌、未分化癌では多様な変異が蓄積していて、BRAF、RASの両方のシグナル経路が活性化している。
1. 乳頭癌のサブタイプ
乳頭癌はMAPK 経路で働く遺伝子の変異によって発生する。乳頭癌は変異遺伝子によって臨床的特徴の異なるサブタイプに分かれることが分かってきた。
全体の60%を占める BRAF V600E 変異は組織病理学的には古典型および tall-cell-variant と関連している。BRAF V600E 変異を持つ乳頭癌はリンパ節転移しやすく、術後再発が多い。さらに、放射性ヨウ素療法に対する反応が悪いことが特徴である。これは BRAF の恒常的な活性化により MAPK 経路の亢進し、ヨウ素の取り込みに必要な遺伝子群の発現が抑制されるためと考えられている。
増殖因子の受容体である受容体型チロシンキナーゼ(RTK)の融合遺伝子(RET>NTRK>その他)も古典型と関連し、15%を占める。MAPK経路の最上流の変異なのでネガティブフィードバックがかかりやすく、BRAF V600E 変異をもつ乳頭癌と比較すると分化度は高い。
全体の13%を占める RAS 変異(NRAS>HRAS>KRAS) は組織病理学的には濾胞型と関連する。濾胞型乳頭癌はリンパ節転移が少なく、ヨウ素取り込みに関わる遺伝子群の発現は低下していないので、放射性ヨウ素療法が効く。
RAS 変異をともなう濾胞型の6割以上は皮膜に覆われていて、血管浸潤をともなわない。これらはかつて乳頭癌の17%を占めていたが、転移しないので癌ではなく異形成として定義し直された。
2. 濾胞癌
濾胞癌は甲状腺癌の2-5%を占める。濾胞癌および濾胞型乳頭癌は RAS 変異または PAX8-PPARG 融合遺伝子と関連している。
Hurthle(u にはウムラオトがつく)-cell-carcinoma は濾胞癌のサブタイプに分類されていたが遺伝的には濾胞癌とは異なる。
Hurthle-cell-carcinoma は被膜外浸潤や血管浸潤が特徴であり、しばしば肺や骨に転移する。また放射性ヨウ素療法にも抵抗性である。
3. 遺伝性甲状腺癌
高分化甲状腺癌のうち 3-9%が遺伝性である。1親等以内に甲状腺癌の家族歴がある場合を遺伝性甲状腺癌という。稀には、Cowden's 病や家族性腺腫性ポリポーシス、Werner's 症候群など遺伝性癌症候群が背景にあることもある。
遺伝性高分化甲状腺癌と関連する染色体領域にはFOXE1とNKX2-1がコードされている。これらは甲状腺の発生・分化を制御するマスター遺伝子である。
成人の一般集団の30%以下で長径 1 cm 未満の乳頭癌が見つかる。しかし、これら小さな乳頭癌が臨床的に問題になることは稀である。リンパ節浸潤や甲状腺外への浸潤がなければ、細胞診は必要ない。
4. 診断とリスク予測
細胞診の2-3割は良悪性の判定不能だが、遺伝子検査を組み合わせることで診断能を向上させることが期待されている。
高分化甲状腺癌の疾患特異的な10年間の死亡率は5%に満たない。しかし、中には転移し、再発を繰り返すものもある。そこで、リスクの層別化が重要になる。
遺伝子検査でリスク予測できるようになることが期待されているが、容易ではない。BRAF V600E 単独ではリスク予測には役立たないことを多くのグループが報告している。いくつかの遺伝子の組み合わせで予測するのが良いかもしれない。
5. 放射性ヨウ素療法
最近まで高分化甲状腺癌の術前に放射線ヨウ素療法が行われていた。しかし、大規模な後ろ向き観察研究で術前放射性ヨウ素療法の効果は確認できなかったので、現在は推奨されていない。
しかし、術後もサイログロブリンが高値であったり、残存病変を認める場合には術後の放射性ヨウ素療法は検討しても良いかもしれない。
術後放射性ヨウ素療法では 30-100 mCi (1.1-3.7 GBq) の放射性ヨウ素を用いる。残存病変の焼灼と同程度の効果が期待できる。
BRAF V600E 変異を持つ乳頭癌は放射性ヨウ素療法に抵抗性だが、MAPK 経路を抑制するとヨウ素の取り込み低下が解除されて放射性ヨウ素療法が効くようになる。
MAPK 阻害薬であるセルメチニブの放射性ヨウ素療法抵抗性の転移乳甲状腺癌対する効果を検討したパイロット研究では、20例中14例で放射性ヨウ素の取り込みを認め、うち8例で臨床的に治療効果を認めた。
同様の効果は BRAF の阻害剤であるダブラフェニブでも認められた。
6. 転移甲状腺癌の治療
FDA は放射線療法抵抗性の転移甲状腺癌の治療薬として、レンバチニブとソラフェニブを承認している。両者の比較は行われていないが、レンバチニブの方が明らかに効果が高い。
いずれもマルチキナーゼインヒビターだが、何を阻害した結果として効果を発揮しているのかはよく分かっていない。おそらく、VEGF受容体以下の経路を阻害することによる血管新生の阻害によって抗腫瘍作用を発揮するが、他の機序もあるかもしれない。
低分化甲状腺癌でも BRAF V600E 変異が病態生理で中心的な役割を果たしているが、BRAF の阻害薬であるベムラフェニブ単独では治療効果は高くない。おそらく、他の薬との組み合わせが必要だが、癌ごとに変異が異なるので、それぞれの変異に合わせて薬の組み合わせを変える必要があるかもしれない。
7. 低分化癌・未分化癌
低分化癌は甲状腺癌の6%を占め、平均余命は 3.2年。放射線療法には抵抗性で化学療法が必要になることが多い。
未分化癌は甲状腺癌の1%を占め、平均余命は6ヶ月。可能なら切除+局所放射線療法+化学療法(タキサン±カルポプラチン or ドクソルビシン)。切除不能の場合は姑息的治療。気道の確保が重要。Advanced Care Planning を行う。
8. 髄様癌
髄様癌は甲状腺癌の3-5%を占める。75%は孤発例で40-50歳台での発症が多い。髄様癌の25%以下が遺伝性の MEN2 がある。MEN2 の95%は MEN2A で、残り 5%が MEN2B である。
髄様癌の主な原因は RET 変異である。RET の機能獲得変異として報告されているものは 100 種類以上あり、変異によって表現型は異なる。
髄様癌は CEA、カルシトニンを放出しており、これらの濃度と腫瘍のサイズとは相関している。そのため、これらは術後再発の発見や治療効果判定、遺伝性髄様癌のリスクがある血縁者に対するスクリーニングの目的には有用である。欧州の多くの施設では、甲状腺結節に対してルーチンでカルシトニンが測定されており、0.4%で髄様癌が見つかる。しかし、このようなスクリーニングが妥当なのかは分からない。
MEN2B の RET変異を持っている子どもは予防的に甲状腺を摘出することが検討される。摘出時期は8歳以下であれば転移のリスクが低いと言われている。
MEN2B の髄様癌は悪性度が高いので、診断された場合は乳児であっても甲状腺摘出を検討する。手術を行う前には褐色細胞腫を除外する必要がある。
手術後は半年~1年の間隔で、診察とカルシトニン測定でフォローする。5年間カルシトニンが測定感度未満なら治癒と考えて良いだろう。
進行性または症候性の転移性髄様癌に対しては化学療法を検討するが、あまり良い薬はない。FDA はバンデタニブとカボザンチニブの2つのマルチキナーゼインヒビターについて転移性髄様癌への使用を承認している。これらは無増悪期間を延長させるが、生存期間は延長させない。高額で副作用が多いのもネック。RET のキナーゼ活性を特異的に阻害する薬の開発が期待される。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5512163/