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東日本大震災(平成の大地震) - 吉田所長退任に思う

2011年12月28日 | 原発検証・備忘録
12/16日の産経より
・産経web---『吉田所長退任に思う』
『戦で体を矢に射貫(いぬ)かれながら、立ったまま果てた「武蔵坊弁慶の立ち往生」を思わせる壮絶さではなかったか。
東京電力福島第1原子力発電所事故の復旧作業の陣頭指揮にあたっていた吉田昌郎氏が病気療養のため所長職を退任した。食道がんを患っているという。そのニュースを報じたときの産経新聞の僚紙「SANKEI EXPRESS」(EX)の見出しは「死線越え闘い 『断腸』の退任」。東日本大震災が発生した3月11日から8カ月余り、吉田氏は文字通り命がけで原発と闘い続けた。
吉田氏は気骨のある人だ。そして何より現場を重んじた。1号機の海水注入をめぐるエピソードはそんな吉田氏の人物像を表す象徴的な例としてよく引用される。
「首相の了解がない」と中断を求めた東電本店の指示に対して、吉田氏は「これから首相の命令で注水停止を命令するが言うことを聞くな」(EX12月1日付)と注水を続行。現場を知らぬ本店の幹部には、「やってらんねえよ」とたんかを切ったこともあった。
後に吉田氏は事故発生後の1週間についてこう振り返った。「次がどうなるか想像できない中で、できる限りのことをやった状況。極端なことを言うと、もう死ぬだろうと思ったことが数度あった」。この言葉からは、現場が想像以上に過酷で、ぎりぎりの状況にあったかがわかる。
的確な判断、現場を引っ張るリーダーシップ…。吉田氏がいなかったら福島第1原発はどうなっていただろう。
枝野幸男経済産業相は「一番厳しい状況の中で多くの作業員らの努力をリードしてきた」と、吉田氏の仕事ぶりをたたえた。だが、世界を震撼させた事故の対応について、国家が民間企業の「所長」に過大な責任を負わせ、手放しで「ヒーロー」扱いするばかりでよかったのだろうか
東電は事故調の中間報告でアクシデントマネジメント(過酷事故対策)について「国と整備を進めたが不十分だった」と指摘したが、政府はいまだに新たな指針を明示していない。
吉田氏の一日も早い回復を祈っている。そして現場の最前線での経験と教訓を「企業人」としてではなく、「歴史の証人」として改めて語っていただければ、と思う。原発を熟知し、さらに壮絶な事故現場を知る吉田氏の言葉こそが、今後日本が取り組むべき原発政策の指針になると思うからである。(副編集長 黒沢通)』
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/111216/dst11121607070003-n1.htm
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