扇風機の羽の真ん中をおさえるひねくれ者の日記

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JW1.5世の自分が生きてるのを不思議に思う、ひねくれ者の日記です。

読書の益 その1 2007.10.13

2007-10-13 22:55:31 | Weblog
全世界的に活字離れが進んでいるといわれています...........

理由は一昔前ならテレビだけでした。
しかし現在はComputerとInternetによって飛躍的に個人が得る情報量の多さというのは増えています。
得る情報の中には不確かなモノや嘘、間違いなどがある事が多いのがInternetの世界です。
まあInternetは自分が得たい情報を得る手段として有用なモノですのでその点を踏まえるとテレビよりは良いのかもしれません。
テレビは見るアテもないのに見続けていることが多いことに気がついてもいない人が多いのには驚くばかりです。
勉強しながらテレビを見たり、宿題をしながらテレビを見たりしている人や子供が多いのはどうなのだろうとよく考えるんですな。
テレビ局は与る情報を鵜呑みにする人間を沢山作り出しています。
そして想像力も思考力も、識別力、読解力、そして「自分の意志」まではぎ取ってしまいます。
少し極端なことを書くと洗脳されていると理解していない人間を洗脳しているといってもいいかもしれません。
人間というのはどうしても楽な方に楽な方に向いていってしまうモノなのです。
つまりテレビをだらだら見ている状態は自分の意志決定を放り投げているようなものなんですな。

確かにテレビから得られる益もありますよね~。
その点は確かです。
緊急速報やNEWSなどは時事問題などを考える際に有用ですし、重宝します。
でも何か漠然としたモノしか掴めていないという感覚がどうしてもつきまといます。
・確かなモノなのかどうか
・正しいものなのかどうか
といった項目が満たされていないような気がします。

本を読んだり新聞を読む習慣を身につけておられるならば余計にそう感じられるでしょう。
では本論を書いていこうと思います。
読書からもたらされる益というのは非常にたくさんあります。
これはある資料を読んで書いていこうと思います。
まず
・読書は想像力を刺激する
ということですな。
これは全くその通りだと考えてしまいました。
資料を基に書いていくと「読書の場合は、自分で配役を選び、舞台を設定し、演技を指示します。ある10歳の少年はこう言いました。『本当に沢山のことが自由に出来ます。どの登場人物も自分の思い通りの顔の人にすることが出来ます。テレビで見るよりも本で読むときの方がいろんな事を自分の好きなように動かすことが出来ます。』」
おいらは「Closed Note」の原作を先に読んで映画を見に行きました。
おいらの配役では主人公は解っていましたのでなんなんですが、他の配役は全く違ったモノでした。
俳優や女優さんを自由に想像し動かせるのは映画のように決まった配役という制作側の主観を排除できます。
これは非常に大きな事ではないでしょうか?

・読書は言語の運用技術を発達させる
テレビというのは価値観を押しつけて必要なことを必要としないような錯覚に陥らせる部分があります。
しかし読書は人間としての成長を漸進的に進める言語能力を向上させ、言語の運用技術を要求し、発達せざるを得ないものになります。
「読むこと」と「話すこと・書くこと」は不可分の関係、つまり切っても切れない関係にあり語彙が自ずと増えていきます。
語彙を増やす方法は「読書意外にはない」と言いきっている方も居るぐらいです。

・読書は辛抱強さを育む
テレビを見て熟考することはほとんどありません。
ある博士は「短い注意持続時間を文字通りプログラムする」と発言しています。
短い注意持続時間=気が短くなるということですな。
よって衝動的な意志決定をしたり、落ち着きがない人はテレビを見すぎている可能性があります。
それに対して読書は辛抱強さが求められるので自ずと育んでいると言えるでしょう。
コミュニケーションのある専門家は「文や節やページは順次、直感とは全く違う論理に従ってゆっくり展開していく」と書いています。
つまり自分の感情ではなく「書かれていること」に注意を払うことによって理解する能力を得ることが出来ると言うことなんでしょう。
「読者は各ページの内容を思い思いの速さで解釈し、評価し、熟考しなければなりません。
読書とは、辛抱強さを求め、また育む、複雑な解読作業なのです。」と書かれていました。
上記の表現に感心しきりでしたな。
特に「複雑な解読作業」というのは素晴らしい表現方法だと思いました。
解っている字が連なると別の意味の言葉になることがあります。
そしてそれを理解する為には最初から読んでいなければ解らないことも少なくありません。
否定が肯定に、肯定が否定になることもあるのです。
少し哲学的になってしまいましたな。
でも正確に把握する為には「辛抱強さ」は不可欠でしょう。

読むことを始める環境に関して「読書の益 その2」で書こうと思います。

最近シリーズものが多いですな........
Stationery系やComputer系以外は一発攻勢でBlogを書いてきましたが、このごろは一回ではすべてを伝えられないということが解るようになってきました。
でもシリーズものでも一回だけでも読み切れるようににしていますので前の記事とか後の記事を読まなくても良いはずです。
また書いている人間がいい加減な人間なので支離滅裂で説得力のない言葉ばかりになっていきます。
仕方がないですな。
大目に見て頂ければと思います。

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