富田林を豊かにする会 代表 武藤宏 ~我が街、豊かに 

地方の繁栄、豊かさの実感
「住みやすい街」から「豊かな楽しい街」を目指して
生活を楽しみながら、心構えと精進の日々

数字は語る ~富田林市の市政と現状の課題

2017-10-25 20:13:34 | 日記
富田林市のホームページで公開されている数字を拾ってグラフにしてみました。

さてどんな事が見えてくるでしょう?

まずは、人口推移です。



男女とも平成13年以降男女とも減少傾向ですね。
しかし、世帯数は平成元年以降どんどん増えています。
単純に家族構成人数が減っていること、中家族から小家族へ
もっと分かりやすく言えば、
子どもが成長し、独立家庭を築き、親が取り残されていく傾向、と言えるでしょう。


年齢別人口構成はどのように変化したでしょうか?



平成13年以降、75歳以上の人口は増えていることが分かります。
25歳~65歳の働ける世代が減っています。
0歳~25歳も同様に減っています。

西暦と和暦が混在して分かりにくいと思いますので、下の対応表を「参考にしてください。


2020年以降の予測を上のグラフでみると、
さらに、歳入が減り、社会保障費(年金や健康保険費)など歳出が増え、
市の財政が苦しくなるのは明らかです。


産業の方も気になります。



平成9年以降「事業所数」「従業者数」とも思わしくない傾向がつづいてきました。


歳出額の推移をみると


やはり、毎年の増加傾向は明らかですね。

人口構成、産業がこのような傾向が続くのであれば、明るい未来を描くのは難しいものです。

でも、未来を拓くためにもっと考えてみましょう! (続く)

ことはじめ 〜富田林の繁栄発展を目指して

2017-10-25 15:40:09 | 日記
富田林市・・・

南は奥河内の山が望め、東に金剛山葛城山が連なり、北は二上山、遠くは信貴山、生駒山が見渡せます。
金剛葛城連山のふもとを地下水系の豊富な水を集めて流れるのが石川です。
石川沿いの豊かな自然に抱かれた富田林市は、名前の通り農産物に恵まれた土地柄です。

  
毎年恒例「石川鯉流し」

私は30年以上、人生の約半分をここ南河内の地で生活してきました。
昨年亡くなった妻は、この地で生まれ、ほぼすべての時をこの地で生きました。

自然ばかりでなく、その恵みを受けた歴史遺産もたくさんあります。

高野山詣での人々の往来は東高野街道、西高野街道、中高野街道として街道沿いに繁栄をもたらし、
宿坊跡はその繁栄を伝え、また現在の主要道路・鉄道路線として今も受け継いでおります。
江戸時代の繁栄の名残寺内町などもその名残を今に伝えています。

富田林市寺内町


南河内の隣接地域には、聖徳太子のお墓・推古天皇陵・用明天皇陵・孝徳天皇陵などがあり
飛鳥時代の都との深いつながりを物語っています。
竹ノ内街道は当時の交流を街道の原風景として残しています。
また、南北朝時代の楠正成の拠点千早赤坂村、
また、農産物の収量に偉大な貢献をした狭山池や寺が池の築造は人々の知と努力の結晶であります。

これだけ豊富な自然と文化の調和したこの地が、今人口減少と経済の沈滞に喘いでいます。

少子・高齢化と言えばそれまでですが、過去豊富に人々に与えてくれた恵みを利用し切れていないのでは?
自然の恵みや人々の叡智が失われたわけではなく、これからも繁栄をもたらしてくれるはずです。
可能性を求めていきましょう。

(続く)