よい子の読書感想文 

読書感想文318

『ゾルゲ事件 獄中手記』(リヒアルト・ゾルゲ 岩波現代文庫)

 ナチ党籍を持つ有能なドイツ人記者として日本に潜入したソ連のスパイ、ゾルゲ。諜報に対する一般的なイメージの暗さや、ソ連へのバイアスからだろう、何かおどろおどろしいものを連想されがちなゾルゲ事件であるが、私は以前から興味を抱いていた。
 とはいえ、私が知るのはいくつかの評伝や書評から得た又聞きの知識や映画から受けた印象くらいで、本人の書いたものを手にしたのは初めてだった。国際共産主義による平和を目指した理想主義者という一部の評価は、私の期待を膨らませた。
 しかし本書は調書の目的をもって書かされた手記であり、ゾルゲの心情や信念を吐露する場ではなかった。おおむね、それは自らの活動方法や活動史を概観する内容であり、裏表紙に記された紹介文、『戦争へひた走る日本が生体解剖のように記述された本書は、革命と平和を求めて激動の世界を生きた人物の沈痛な遺書でもある。』というのは書きすぎだと感じた。岩波もこんな販促的手法を用いるのかと、少しがっかりもした次第である。
 もちろん、おおまかながらゾルゲの特異な経歴やその目指した方向性が垣間見え、また行間からにじむあれこれは、その人間性が人を惹きつけてやまないものだったことを窺わせる。
 情報収集の手法や組織をある程度明かしてしまう内容に、何らかの強迫や拷問を受けていたのではないかと疑う向きもある。あるいは捜査に協力することで減刑されるとだまされたのだろうか。しかし負け戦に突き進む日本に、ゾルゲを許す懐の深さはなかった。当時の司法当局は、優秀な諜報員というだけでなく、取り調べにあたった検事や警察官をも感服させたというその人間性に、底知れぬ恐怖を感じたのかもしれない(ドイツ大使館だけでなく、さまざまな人脈を築いて信頼から情報を得ていたゾルゲは、魅力ある紳士だったはずだ)。
 あるいはスターリンの粛清によってトロツキーやブハーリンが殺されていく中、日本の獄中にもその影響が及んだ……とみるのは考え過ぎか。
 いずれ調書ではなく、本心で著されたその理想と学究の果実を手にしたい。また片腕として活躍した尾崎秀実の著書も。



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