よい子の読書感想文 

読書感想文369

『みんなの9条』(『マガジン9条』編集部編 集英社新書)

 いままであまり意識しなかったし、新書といえば岩波と思っていたが、集英社新書もなかなか良書を手がけていて感心する。新潮、文春、PHPあたりが昨今の右傾化する世相に媚び、あるいは後押しするようなラインナップだから、その間隙に商機を求めた、これも一種のスキマ産業なのだろうか。
 そんな台所事情はどうあれ、私を最近立ち止まらせる新書の棚は、岩波以外では集英社である(講談社も悪くないが、けばけばしいデザインが気後れさせる)。
 本書は『マガジン9条』というウェブマガジンが、その活動の一環として22人の識者にインタビューしたものという体裁であり、平易な会話体で、各人各様の思いが語られ、読んでいて面白かった。気づきもあった。そういう切り口があったかと、新鮮な考え方を教えられもした。
 政治や憲法を知らない人でも読めるように、いやそういう若い人にこそ読んでもらいたい、といった編集のスタンスである。幾人かが指摘するように、9条を捨てて国軍を持つということは、いま選挙権さえ持たない人やこれから生まれいずる者らに何かを押しつけることでもある。われわれはその未来への責任にも思いを馳せねばならないし、若い人は自分が戦場で死ぬ・殺す場面を自らに問わねばならないだろう。
 22人の意見を要約して、編集部が題名がわりにこう抜き書きしている。

『必要なのは軍隊ではなく交渉能力』橋本治(作家)
『「ニッポン大好き」を問い直そう』香山リカ(精神科医)
『戦争が終わったときから始まる「戦争」がある』黒田征太郎(画家)
『ムードで高まるナショナリズムや改憲気運は、危険』広井王子(ゲーム・クリエーター)
『9条は壊れやすいものだから、みんなでまもっていかなくては』いとうせいこう(作家)
『戦争は「自衛」をキーワードに始まる』毛利子来(小児科医)
『9条は世界へ向けた日本の国際公約』辛淑玉(人材育成コンサルタント)
『大阪流「お笑い」外交を教えたる!』木村政雄(プロデューサー)
『戦争が終わっていないのに、なぜ次の戦争の用意をするのか』太田昌秀(参議院議員)
『霊長類ヒト科の絶滅を回避するためにも、9条はあったほうがいい』きむらゆういち(童話作家)
『心の中に平和の種を育てよう』早苗NENE(歌手)
『日本国憲法は国民の「努力目標」として与えられたものだ』姜尚中(国際政治学者)
『自分に自信が持てなくて、国に誇りを求めてた』雨宮処凛(作家)
『戦争はいちばん弱い者に、ダメージを与える』愛川欽也(俳優)
『おかしいと思うことに、黙っていてはいけない』上原公子(前国立市長)
『改憲を考えるのなら、もっと歴史を見る必要がある』ジャン・ユンカーマン(映画監督)
『私たちは、もっと想像して疑ってみなければならない』石坂啓(マンガ家)
『今、日本は〈通り過ぎなあかん道〉に来たんや』中川敬(ミュージシャン)
『平和憲法を持つ国、コスタリカのやり方』伊藤千尋(新聞記者)
『生をうけられず、言葉を持てなかった人に代わり、平和を語り続ける』渡辺えり子(劇作家)
『護憲派の立場から、改憲論を現実的な視点で見直す』松本侑子(作家)
『9条の本領が発揮されるのはこれからです』辻信一(文化人類学者)
 
 それぞれが様々な立場から示唆に富む意見をみせてくれる。そういえばそうだなあと思わせるのは精神科医・香山氏の指摘。
『ここ数年で、若い人たちが、社会で起きているいろいろな現象に対して、ずいぶん断定的なものの言い方をするようになった』
『物事の複雑な事情や経緯などを想像することができなくなってきたということではないか』
『〈ぷちナショナリズム〉は、まさにこのような短絡的な思考からきているのではないでしょうか』

 これにヒントを示すのは、いとう氏である。
『インターネットは、ストレートに人の感情を表すタイプのメディアです』
『感情の言論が世論を形成するようになってしまったのです』
 なるほどなと思う。ネット右翼という人たちの言動が、しだいに市民権を得てきた。きっと彼らはリアルな世界では“ふつうの”日本人なのだろう。しかしその『当事者性がまったく欠落』(辛淑玉)した言説やムードが何をもたらすかは歴史が教えている。『迷惑やねん。あの自慰史観の連中』『「歴史」を見ない国は「歴史」にほろぼされるよ』(中川敬)。まさに、である。
 最後に、辻信一氏の言葉を引いておきたい。名言だと思う。
『僕らがやらなければならないのは、単に「9条をまもる」とか、そんなケチなことじゃない。9条はソリューション(解決)でも結論でもなくて、あくまでインスピレーションであり、ヒントであり、始まりなんです。』
 始まる前に終わってはいけない。しかし年金問題や政権交代、さらに震災や増税で、議論じたいが棚上げになったまま、武器輸出三原則がいつのまにか緩和されている。うやむや、場の空気、バスに乗り遅れるな、そんな雰囲気を見過ごさぬようにしたい。
 本書はすでに¥100コーナーに並んでいたが、『マガジン9条』はネット上でまだ続いている(9条ネットとかいう政治団体は参院選後に消えてしまったが)。たまに目を通したい。


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