「北極星に願いをこめて」 (右脳のひらめき)

I'm your polar star in the journey of life.

神霊に対する態度 VS 心霊に対する態度 その2

2012年02月15日 14時50分00秒 | 銀の風(霊能力・霊視・念力・霊聴・透視)

こんにちは。

うーん。神霊には、無条件で頷かないのなら、心霊にはもっと厳しいのかと言われると、案外、その霊の訴えたいことがわかるから、何となく同情しちゃったりはするなぁ。よくいる、霊感がありますって人が同情する同情の仕方と全く違うと思うけれどね。

霊感ありますってだけの時代の頃は、自分にもあって、まさか自分が霊能者になるとは思わなかったし、霊能者になってみて、あら、奥さん、意外と便利なのよ?って思うことは多いんですけれどね。一番心配で、DQN行為が多かったのは、主人が巻き込れていくことをどう防いだらいいかってことかな。主人は、とかく、彼氏は、巻き込まれそうな場所に完ツモ状態で、パラメーターが揃っちゃうのね。だから、若い頃から、この人を失うことが、不安で、不安で仕方がなくて、ほんと、どうしていいか分からなかった。

だけれど、霊能者になっちゃって、便利よ。だって、その不安の元を自分で取り除いちゃえばいいんですもんね。奥さん、ここ大事よ(笑)。この稼業、これしか取り得がないから(笑)。

所謂、霊感ありますって時代は、やっぱり、霊に対しての態度だって悪かったと思うし、少なくとも、人間を相手にできない弱者が、霊なんて相手にできないんですよ。人間は、霊以上に扱いが面倒。それこそ、ほんと、その人を説得することに関して、自分の生き様が顔に出るわけじゃないですか。だから、余計面倒かな。

霊に関しても、上から目線ってことないな。そりゃ、人を巻き込みたくなる心情も分かるし、それはそれなりに、時間がかかって上に上がっていくってコトだって、必要な事だと思う。だから、ひとつひとつ、理由があるんじゃないかと思ったりするね。そもそも、人生経験において、無駄がハンパなく多い自分だからこそ、色々な人の色々な感情には、共感できる。

ただ、共感できるけれど、私は、引きずられない。共感はできる。けれど、そこから先は、凄まじくドライなんですよ、私は。

そっか・・・そうなんですね。仕方がないですね。これやって、あれもやりたいってのは、無理がありましたね。んじゃ、そういう事でってことで、勝手に帰ってしまう。むしろ、向こうは、やっと気づいてくれる人がいたってところで貴重なんだろうけれど、私にしてみたら、霊も人間もさしてかわらない、自分の感情をもてあます時点で、同じようなものでしょう。感情をむき出しにして怒ってたって、霊に関してしまえば、起きてしまった過去を悔やんでも、悔やんでいる時間が、まだより一層長くなるだけでね。霊が、これから自分に起こることを、霊障になるほど憂うことってないし。

そもそも、子孫に関して憂う奴は、守護霊になっているし(笑)。

自分が辛くなるのなら、その過去をどう割り切るか考えなくてはいけない。

だけれど、単に霊感が強いだけの人が苦労するのは、自分の人生にない苦しみを背負わされるからでしょう。エンパスしかり、人間の負の感情って、その人だけじゃなくて、聞いてても辛いもんなんですよ。淡々と話す以上に、そういう人は感情をこめて話をする。だから、余計な事にその感情に巻き込まれちゃうんですよ。

余計な人生経験がないのなら、あった方が言いと思うのであれば、昼夜問わず働きに出かけて、人間関係で苦労すること。介護、育児、様々な人生経験を通して豊富な経験則を作っておくこと。それができないのであれば、下手な同情、休みに似たりですわ。

 

私も、普通の霊感持ちの頃は、いっちょまえに、同情したこともあるんですけれどね。メンヘラさんなんかで、特に人格障害系統のメンヘラさんと付き合うと、ほんと、何起こすかわからないんですよ。振り回して、試すんですね。凄まじいことやってのけて、適当なうそをつくってことも、彼らとしては、当然なんですよ。飛び降りて、飛び降りながら相手の動向を確認するんですよ。捨て身で、相手を試すんですね。この人たちを扱うって結構大変なんですよ。

だから、一番は、そういう人たちと出会って、紛れ込んでも、普通に帰ってこれるだけの精神的タフさがないと、できないですねぇ。

死神にはトコトン煽られて、動揺しなかったんですけれど、昨日、姑が孫のものを壊しましてね。適当に言い逃れしようと、孫のせいにしたんですわ。うちの息子かなり、ショック受けましてね。だから、最後に一番怖いのは、身内の揉め事なんじゃないですか。下手なものに同情して、現実逃避をする前に、守るべきものを守らなければ、意味がないと思うんですよね。

あぁ、姑?当分、出禁にしましたよ。舅がなんか、一生懸命、わめいていましたけれど、私がそんなこと知るもんですか(笑)。苦情があるなら己の所業を見ろですわ。このところ、あちこちで、トラブルを起こしてばかりなんですけれどね。いや、山の手線葬もいいもんですよ。

結局そういう風に相手をするので、私は心霊に振り回されないんでしょうね。

 

 

 

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2 Comments

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コメントありがとう ()
2012-02-17 18:17:33
じゃむ太朗さま

箱に入りきらないとか、壷に入りきらないお骨や灰は、確か、産業廃棄物ですね。その代わり、壷に入ったものなどの移動には、役所からの書面が必要でね。

途中で、置いてきましたなんてこと、未だにあるんですが、山手線職員さんには、流石にご迷惑でしょう。

気に入らない遺骨を捨てて、豚の骨と入れ替えて埋葬したというケースもあったので、私としても、何がなにやらまったく・・・・。これが、犯罪にならなかったという昭和の歴史が凄いですね。

んまぁ、今でも、普通にゴミに捨てちゃったりしたら、分からないかな。焼いた骨を厚底ブーツで砕いて、粉々にして、生ゴミとポイでも、それはそれで、故人の生き様が、後世の方々に、7代くらいはショックを与えると思います。

まぁ、どの道、人間、土に帰るんですし、できれば、私もただ捨てられるより、何かの養分になりたいです。

そこがまた、心霊スポットとなって、後世の人を楽しませる施設になるとか、死後、そこまで働きを期待されると、ちょっと辛いですけれどね。

墓地埋葬法はありますよ。ただ、このとおりにされていないことが多いんですけれどね。お墓の前に私はいませんとは、よく言ったものでね。

どうもありがとう。

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Unknown (じゃむ太朗)
2012-02-16 12:47:03
体力気力に限界がきたせいで今日は会社をさb…自主休業して、山手線葬の話を面白おかしく読ませていただきました。
自然葬なんて最近ありますけれども、遺骨が埋葬義務あるならまくのは遺灰なのでしょうけれども
でも普通に、遺灰は火葬場から産業廃棄物扱いで捨てられているのでしょうね。改めて考えてみると。

自然に還りたいから自然葬ならばそれ以外の人たちは何に還っているのか。ゴミか。
まあ、経由地は違えど巡り巡っていずれ地球に還るのですから自然葬でも山手線葬でも大差ないですよね?

と身も蓋もない結論に。お坊さんに怒られそう。

スレ違いならぬ記事違いのコメント失礼いたしました。
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