コミック稲川淳二のすご~く恐い話 いわくつきの家 | |
漫画がねぇ、2冊しかないんですよ。DVDだと拘束される時間が長いし、できれば漫画で読みたいんですけれどね。 語りは上手なのですが、漫画は途中でやめられますからね。場所も拘束されませんし。音も漏れないし(失笑)。 エロビデオ見る学生のような話してますね、わたし。(笑) |
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リイド社 |
こんばんは。
色々と、津々浦々暮らしてきて、奇跡も見たし、心霊現象も見た。
でも、心霊現象もよく考えてみると、意外と落ちのある話が多くて、理論的に解決してしまう。それは実際、色々なモノが科学で判明したからだと思うんだけれどね。
でも、理論では言い尽くせないものがあって、女子会でそういうモノを見に行こうという話もあるんだけれど、「運気」が下がるから嫌がる人もいる。
そもそも、わたしも、色々と体験したい口ではあるが、家の中まで、「山の神」の揺らめきがあったりすると、まぁ、どうなのかなと思うこともあります。
また、心霊でも、最近では、廊下に誰かが佇んでいたりしたらどうかなと思いをはせることがあるんですが、
きっと、仕事が忙しくて、「警備ご苦労」とだけ伝えて、朝晩挨拶して、ほかしておくのではないかと。
まぁ、もっとも、うちには優秀な警備員である「聖母マリア」がいるんでね。彼女が出てきたときは、流石に色々考えますけれどね。うちの場合は、彼女は守ってくれる守護者的存在より、「災害警報の女神」として有名なところが多いので。
とはいえ度、ホラー系も結構漫画を読むんですが、やっぱり、若い頃に基礎医学にいただけはあって、どうも医学にまつわることの方が凄く多いんですよ。死んだ人の残したものから、立体的なイメージを掴んだり、亡くなった方の無念を晴らしたりと。
それは、頼まれてできるものではなくて、今までも偶然の産物だったからこそ、今も、頼まれたからできますとは、断言しにくいですよ。
例えば、あなたが、墓場まで持っていこうと思った秘密があって、それを死後暴かれるのは、やっぱ嫌ですよね。死者にもプライバシーはあるので、いい話で終わるケースは意外と少ないんですよね。だからこそ、恨みがあって、憎しみがあったら、苦しいだろうけれど、「傍観者でいる」ことしか、感応者にはできないんですよ。
「見守る」というのは、アドバイス付きの前提であり、わたしは、携わらないので、「傍観者」なんでしょう。
立ちすくんでいる霊をなんとかしたいと思った頃もありましたが、なんとかしたいと当人が思うまで、数年でも数百年でも待つしかないのかなと思うようにもなりました。それは、きっと、わたしが、幽冥の境を歩いているからだろうとは思います。
まぁ、正直言いますと、わたしにも暴かれたくない秘密と言うのがありまして(苦笑)。
だからこそ、落ちのないただひたすらに怖い話を読みたいなと思うことはあります。
きっと、そこで、何か心に引っかかっていたものが解けるような気がするから。誰かに教えを乞うて解けてはいけない気がするんですよ。その誰かの先入観が入りますからね。ニュートラルでいるんなら、自分だけの感覚を大事にするしかないのかなと。
それで、生きた人のサイコホラーも好きですし、結局、自分が到達できなかった「狂人の世界」への強烈な渇望がどこかにあるんだと思います。狂えた人や、落ち着かなくて悩む人もいますが、狂えなかったからこそ、PTSDを抱え込んで、ひとり苦しむ道は、険しいです。それこそ、薬も助けてはくれません。だからこそ、そういうものが好きなんだろうなと。
また、境界例や、散々言われてきたわたしが、どうして今のようになったかと言えば、「生死の境を彷徨う修羅場をとことん踏み抜くからですよ。」。
通常は、修羅場がきつくてやめるはずです。狂えもしないわたしが、ストレスバリバリで、耐性や精神力の強さだけで乗り切ったわけではないのは、恐らく、ココを読まれた方はわかると思うのですが、それでも、わたしには、たどり着きたい「解決の道」があるんです。
ただ、修羅場って、山を半分以上超えると、その後ろに、もっと高い頂の山があってですね。
それでも、めげずにやり続けているのは、きっと、オカルトやそういう落ちのない怖さ、奇跡なんかがあったからじゃないかと思います。
平坦な道を歩く選択肢はわたしにもあったはずですが、もう引き返せなくなりました。
今は、誰か同じような思いしてないかなと思って、怪談話をAmazonで買いこんで、読んでます。
朋