亡くなった明治30年生まれの祖父の形見です。
ちょっとした骨董や盆栽を晩年は趣味にしておられたようです。
若いときは当時ほとんど珍しかったオートバイを乗り回したり、本職は洋服の仕立屋でした。伊勢生まれ京都育ち。当時の太秦にも出入りしていたようで、マキノ雅弘(確か)監督とも「マサロー」と呼んでいた間柄だったと聞いたことがあります。
写真も趣味でファインダーを構えたらシャッターを押すまで構図が決まるのにものすごく時間がかかったということです。
80を過ぎて猶自転車でかなりの距離を乗っていらっしゃいました。
たまに京都を訪れても、趣味を通じたご友人がよく訪ねていらっしゃってました。
多分、こんな骨董を買ったとか云々という話に興じておられたのでしょう。
そんな一品です。みたところかなりの年代が経っているようなのですが、私も非常に気に入り、叔母に「いい品ですね」と話していたら先日譲ってくださいました。
もちろん売る気はありませんがどんなものか鑑定をしていただきたいです。
ちょっとした骨董や盆栽を晩年は趣味にしておられたようです。
若いときは当時ほとんど珍しかったオートバイを乗り回したり、本職は洋服の仕立屋でした。伊勢生まれ京都育ち。当時の太秦にも出入りしていたようで、マキノ雅弘(確か)監督とも「マサロー」と呼んでいた間柄だったと聞いたことがあります。
写真も趣味でファインダーを構えたらシャッターを押すまで構図が決まるのにものすごく時間がかかったということです。
80を過ぎて猶自転車でかなりの距離を乗っていらっしゃいました。
たまに京都を訪れても、趣味を通じたご友人がよく訪ねていらっしゃってました。
多分、こんな骨董を買ったとか云々という話に興じておられたのでしょう。
そんな一品です。みたところかなりの年代が経っているようなのですが、私も非常に気に入り、叔母に「いい品ですね」と話していたら先日譲ってくださいました。
もちろん売る気はありませんがどんなものか鑑定をしていただきたいです。
茶碗?お皿?どっちなんでしょう?
機会があったら実物見せてください。
またお見せします。