だから言ったじゃない。
友人の言葉が、頭の中に木霊する。
痛むこめかみを押さえて窓を見上げれば、気だるい灰色を抱え込んだ不機嫌な空がそこにあった。
気象庁が梅雨入りを発表してからこっち、連日雨だ。気圧の影響か雨天時は決まって偏頭痛に悩まされる裕子の鎮痛剤の箱は、もう空っぽだった。
ずきずきと一定のリズムで鈍く痛む頭に辟易して、裕子は枕に顔を沈めた。
自分以外、人間のいない部屋に響くのは、外を行きかう車の音と、冷蔵庫が立てるモーター音だけ。朝からずっと聞こえていた雨の音は、今はしない。恐らく、一時休止しているのだろう。ならば、今のうちに行動せねば。そう思うものの、頭痛のせいで体が重い。
こんなとき、誰かがいてくれたなら。自分の代わりにドラッグストアに赴き、鎮痛剤を購入し、水の入ったコップと一緒に枕元までそれを持ってきてくれる誰か。
その思考が、甘えであることを裕子は知っている。その一方で、人は人に甘えて甘えられて生きていくものであることも、知っている。では何故今この部屋に、甘えの矛先になる誰かがいないのか。その答えも、裕子は知っている。
だから言ったじゃない。
昨晩、久しぶりに一緒に食事した友人が言った言葉が木霊する。それは頭痛と同じように、一定のリズムを持って裕子の心をずきずきと鈍く痛めつけた。
だから言ったじゃない。あの人と結婚しておけば良かったのよ。ビールジョッキを片手にした友人の言葉を、あの人って誰よ。と、運ばれてきた冷奴に醤油をかけながら、裕子は笑って交わした。あの人よ、あの人。ほら。そうしつこく特定しようとする友人に、ねえお刺身食べたい。と、メニューを広げながら話題を逸らした。
わざわざ特定しなくても、友人が誰のことを指してあの人と言っているか、裕子は分かっていた。分かりすぎるくらいに、分かっていた。
あの人。友人がそう呼んだ彼と、裕子は三年近く付き合っていた。三年近く付き合った結果、別れた。
彼を好きでなかったわけではない。枕に顔を沈めたまま、言い訳ではなく思う。いつかの話として彼との間に結婚の話題が出たときだって、ぼんやりとながら幸せな家庭図を思い描くことが出来た。だけど、実際に彼の口からその二文字が出たとき、裕子はどうしても頷くことが出来なかった。その後、少しずつ二人の空気がちぐはぐになっていって、どうしようもないところまできて、別れた。
好きでなかったわけではない。もう一度、裕子は思う。確かに好きだった。彼の仕草や言葉を好ましく思ったし、一緒にいて些細なことで温もりを感じられた。逆に言うと、彼に対して好きしかなかった。それが裕子には怖かった。そして、その気持ちを上手く伝えることが、裕子には出来なかった。
仰向きになって深く息を吐きながら、裕子は目を瞑る。頭痛は相変わらず、一定のリズムで頭を締め付ける。それに倣うように、友人の言葉も、一定のリズムで胸を締め付ける。
言われなくても分かってる。結局すべて、自分の責任なのだ。分かっているから、黙っていてほしい。心が自分だけのものであるならば、選択も後悔も痛みも、自分だけのものであるはずだ。
心配してくれているのだろうことは、裕子にも分かっている。それでも、口を挟まないでなんて反抗期の子供のように、感情がささくれ立ってしまう。
きっと頭痛のせいだ。そう思い込むことにして、痛む頭を覆うように腕をクロスさせた。雨の音は、まだ聞こえない。鎮痛剤を買いに行くなら、今がいい。だけど、頭が痛くて体が重い。
こんなときに甘えさせてくれる誰かがいる人生を、自分は選ばなかった。でも、甘えさせてくれる誰かがいたらいいなと胸の奥でひっそり思う甘えくらい、持っていてもいいだろう。自分の心の中だけのことで、誰の迷惑や邪魔になるわけでもない。
裕子は開き直って、目を開ける。
目だけで見上げた窓の向こうには、灰色を抱え込んで不機嫌そうな空が広がっている。
開き直ったところで変わりなく、頭は一定のリズムでずきずきと鈍く痛む。
きっと今日はもう、鎮痛剤を手に入れることは出来ないだろう。
その結論にさえ開き直って、裕子はもう一度、深々と息を吐いた。
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思いつきで、練習用に、三人称一視点で書いてみた。
オチも何もないぜ。だから何だって話だぜ。思いつきっていうか気分だけで書いたから、そこらへんは容赦してほしいんだぜ。
てか、これ、三人称になっているのかしら。もうよく分かんない。頭ぱあん。