2008年 7月17日 朝日新聞 朝刊
穴あきダム 歴史的愚行に他ならない
いまもと ひろたけ
今 本 博 健 元京都大防災研究所長
ここ数年、従来の多目的ダム計画を、治水専用の「穴あきダム」 に変更して推進しようとする動きが相次いでいる。 国の直轄事業に限ると、淀川水系の大戸川ダム(滋賀県) や九州最大級の川辺川ダム(熊本県)など、 地域の合意が得られていないダムを中心に、10件ほどを数える。 補助事業を加えるともっと多く、長野県では前知事時代に「 脱ダム」の象徴として中止が表明された浅川ダムが、 穴あきで建設されようとしている。
穴あきダムには多様な形態があるが、現在推進されているのは、 ダム下部の河床近くに直径数㍍ほどの穴をあけておき、 普段は川の水をためずにそのまま流し、 洪水時は一時的に貯留するタイプのものだ。 従来のダムからの変更が相次ぐ理由は、① 水の需要が減ったため建設目的が治水専用になり、 水を常時ためる必要がなくなった② 穴あきにすれば環境悪化への社会的批判の高まりをかわすことがで きる、という点に集約される。
私は河川エ学者として各地の住民から相談を受け、 穴あきダムの実態を調べているが、いずれも「中途半端なダム」 という印象をぬぐえない。
まず、事業者がうたい文句にする「環境に優しい」 は本当だろうか。普段は水をためないので、 水がよどんでアオコが発生するようなことはないだろう。だが、① 魚が穴を通ってダムの上下流を自由に遡上・降下できる② 土砂がたまらない、とする主張は極めて疑わしい。
国内の本格的な穴あきダムは2年前に完工した島根県の益田川ダム が最初だが、県が昨年公表した環境調査では、① アユの遡上が阻害されている②土砂の一部は流れずにたまる、 などの点が明らかになった。
私は何度か視察したが、穴あきダムは、 魚が自由に行き来する単純な構造ではない。 洪水時に勢いよく水が流れるのを食い止める構造物「減勢工」 がダムの下流直下にあり、魚が上って行くには、 減勢工などを通って穴に向かわなければならず、 これらが障害になっている可能性がある。 土砂も予想以上にダムに堆積しており、 下流への砂の供給が減ると、 砂の中に産卵する魚の生態に影響が出る恐れがある。 こうした点が何も検証されていないのに「環境に優しい」 と言えるのだろうか。
治水についても、肝心の大洪水で役立たない恐れがある。 特に洪水が間隔を置いて続くケースは危険だ。通常のダムは、 職員がゲートを操作し、 最初の洪水でたまった水を必死に放流して数日内に予想される次の 洪水に備えるが、穴あきダムでは、 小さな穴から自然に任せて少しずつしか放流できないため、 最初の洪水を処理しきれないうちに次の洪水が押し寄せ、 水がダムから一気にあふれて被害が拡大することが予想される。
また、大雨で山腹が崩壊すれば、流木や岩が絡み合い、 穴をふさいでしまう恐れもある。
事業者は、穴あきダムを「逃け道」にして、 ダム建設を強行しようとしている。だがそもそも、 ダムに頼る治水は、計画を超える降雨があれば破綻する。 いま急を要するのは、ダム神話の錯覚から目覚め、 ダムに頼らない治水に転換することだ。
堤防の補強に加え、 はんらんした水を輪中堤などで制御する持続的な方法を併用し、 さらには避難対策の整備や危険地域の開発規制など、 実現可能な対策を着実に進めることが重要である。 こうした転換期に穴あきダムを建設することは「歴史的愚行」 に他ならない。
今 本 博 健 元京都大防災研究所長
ここ数年、従来の多目的ダム計画を、治水専用の「穴あきダム」
穴あきダムには多様な形態があるが、現在推進されているのは、
私は河川エ学者として各地の住民から相談を受け、
まず、事業者がうたい文句にする「環境に優しい」
国内の本格的な穴あきダムは2年前に完工した島根県の益田川ダム
私は何度か視察したが、穴あきダムは、
治水についても、肝心の大洪水で役立たない恐れがある。
また、大雨で山腹が崩壊すれば、流木や岩が絡み合い、
事業者は、穴あきダムを「逃け道」にして、
堤防の補強に加え、
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