徒然なるままに〜孤独な初老のダメ男日記

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映画「シーモアさんと、大人のための人生入門」を観て

2020-05-09 13:43:32 | 映画

「勝ち組・負け組」という言葉をよく耳にするが、両者の判断基準は、「経済的裕福さか」あるいは「名声を勝ち取ったか」なのか?

私は「心が満たされているかどうか」だとこの映画を観て思った。なので、主観的なもので、他人にはわからないものであるとも思う。「人からどう思われているかということと、自分が楽しんで生きていくこととは何の関係もない。」これは、心理学者のアルフレッド・アドラーの言葉である。

以前、カウンセラーの方に「リフレーミング」の効果について話を聞いたことがある。困難な状況に陥ったときに、その状況を別の角度から考え、良い出来事に繋がるように思考の枠組みを再構築するというものである。

「人間って、なかなか死なないもんだなぁ・・・」という言葉は、繁栄丸船長・武智三繁氏が、たった一人太平洋で遭難し、37日間漂流後救助された時の言葉だと記憶している。漂流者が飢えや渇きで倒れるのは、生理的欠乏そのものよりも、むしろ、欠乏に対する恐怖からのせいであり、負けたと思った時から敗北が始まる。というのを聞いたことがある。武智氏も、リフレーミングを行なっていたのだろう。「究極の孤独感」の先に待ち受けているのは、「絶望感」であると思うが、武智氏は、そういう考えではなかったようだ。(詳しくは「あきらめたから 生きられた(小学館)参照)

話は長くなったが、この映画は、俳優として、一人の人間として行き詰まりを感じていた俳優イーサン・ホークが、ピアニストのシーモア・バーンスタイン(当時84歳)と夕食会で出会い、生き方・考え方を見直し救われるきっかけとなったことで、シーモアのドキュメンタリー映画を撮ることになったのである。

シーモア・バーンスタインは、アメリカで若い頃からピアニストとして名声を築くが、50歳で演奏活動をやめてしまうのである。それは、自分の音楽活動を音楽を深く追求することに捧げたいという希望からである。経済的裕福さ、名声を勝ち取ることを人生の目標にすることへの虚しさを感じさせてくれる映画であった。50代半ばの空々寂々たる人生を歩み、孤独感で打ちひしがれている自分に、優しく背中を押してくれる映画でもあった。

最後に、この映画の公式ホームページの冒頭部分をそのまま書かせて頂く。

「悲しみの音色はいずれ、美しいハーモニーになる。自分の心と向き合うこと、シンプルに生きること、成功したい気持ちを手放すこと。積み重ねることで、人生は充実する。」

 


回想録 : 若い頃の後悔・・・

2020-05-04 01:26:50 | 回想録

年齢は50代半ば、父母と三人暮らしであったが、10年ほど前に両親共に他界し、現在は一人暮らし。コロナ渦で仕事が減り、自宅に籠る日が多くなった。 夏の訪れを感じさせるほどの好天気が続くせいか、返って寂しい気持ちになる。電話をすると幾分気が紛れる。家は静かである。また、家の前の通りには、人の往来はほとんどない。部屋の網戸の外から静かな風が、庭の木の葉の香りを運んでくる。                    

    若い頃は、静かな流れの川に石を投げれば、幾重にも広がる水面の波紋のように希望や夢が広がっていた。その希望やら夢は、具体的に緻密に計画されたものではない。漠然としたものであった。現在は空々寂々な人生を歩んでしまったという若い頃には感じたことのない気持ちでいる。小学生の頃、テレビでよく聴いた森田公一&トップギャランのヒット曲の「青春時代」(阿久悠作詞)の一節が胸に突き刺さる。「青春時代が夢なんて後からほのぼの思うもの、青春時代の真ん中は道に迷っているばかり(胸にトゲ刺すことばかり)」自分は10代後半あたりから音楽に夢中であった。しかし、その音楽でどのように生計を立てていくのか、それだけの能力があるのかを深く考えていなかった。というよりも、考える能力もなく、考えることの恐怖心もあったのだと思う。ただ、根拠のない自負心だけがあった。友人達のように定職につき、結婚をし家族がいることに羨望心を抱くこともなかった。凡人との交流を持ち、凡庸な人生を歩むことへの嫌悪感を持つほどのおこがましさである。その頃、積極的に先生について学んだり、自分から目的を同じくする友人と付き合い切磋琢磨することもしなかった。これではどうしようもないと振り返って思う。