3月25日、文部科学省は、
東京電力福島第一原発から北西30キロの地点で、
24時間の累積放射線量が最大約1・4ミリシーベルトを記録したとする
測定結果を発表しました
(毎日新聞、3月26日付朝刊の報道と思います。
第46166号とあって、スクラップブックに日付をつけ忘れました)。
僕が知る限りでは、
この記事が
飯舘村の現状を伝える初出です。
記事によると、
「北西約30キロの5地点」として
カッコ書きで
浪江町と飯舘村が併記されてありました。
そして測定結果として、
‣浪江町の国道399号沿いで1・437ミリシーベルト
‣飯舘村で0・864ミリシーベルト
と記載してありました。
これだけ見ると、
飯舘村では、
放射線量が1ミリシーベルトを割ってますし、
地域として
30キロ圏外にあるので、
「今後の見直し」(安全委の助言)
に期待してよいのかな、と思える報道内容になってます。
なぜ、北西方向で
放射線量が高まったのかの解説がありません。
ところで、この頃でした。
Dr.中川氏が
「がんから死生をみつめる」
(Dr.中川とは、東京大学付属病院、中川恵一准教授のこと)
というコラムなどで
100ミリシーベルト以下では人体に影響がない
と断言するのみならず、
仮に「100ミリシーベルトを被ばくしても
がんの危険性は0・5%高くなるだけです。
…(中略)…
たばこを吸う方が、よほど危険」
という“分りよい解説”をしてました。
(毎日新聞3月20日付朝刊)。
テレビで
福島の農家の主婦が取材され、
「タバコより安全だって」と言いながら、
生の野菜を
かじって見せるシーンが
まるで何かのショーのように放映されていたのを覚えてます。
4月22日、ついに政府は、
飯舘村の「見直し」を、
決定しました。
ただし、その見直しは、
計画的避難区域に指定する形です。
飯舘村の人たちは、
期待を見事に裏切った内容に、
納得しえようはずがなかったでしょう。
これに関連して、
また上掲、Dr.中川氏の
コメントが新聞紙上に載っていました
(毎日新聞4月22日付朝刊、関 雄輔・文「記者の目」)。
いわく、年配の人ほど20ミリシーベルト超えても問題ない云々、
又いわく、遠く離れた安全な場所(東京)で
リスクばかり言い立てる人が現地を苦しめる云々。
100ミリシーベルト以下では人体に影響ないと断言していた人が
微妙に表現を変えています。
また、村民の苦痛を、
リスクを言い立てる人間にあると決めつけ、
責めています。
中川氏の見解を紹介している
記者は、避難にリスクが伴うことを
指摘したかったのでしょう。
分らなくはありません。
確かに、村を離れる負担は、相当なものでしょう。
4月12日に自殺した飯舘村の102歳の男性のこと
(4月14日付毎日新聞朝刊)
を考えると、
その半端じゃないだろう痛みに、
かける言葉を失くします。
しかし、その状況を作った一端の責任は、
政府、御用学者はもちろん、
放射線量が少しばかり高いよと、
数値だけを伝えて、
浪江町より安全
という期待を抱かせた
大手新聞社等、
マスコミにもあるんじゃないでしょうか。
情報提供の仕方が
実に、不親切でした。
もし、不親切ではなかったのだとしたら、
分析能力の欠落を疑います。
すなわち、放射能の雲が北西に流れているということ、
途中で、高い山に出くわすと、
バレーボールでトスがなされたときのように
雲が吹きあがる、
すかさずジェット気流(偏西風)が
スパイクを放つが如くに
放射能雲を真南に飛ばすことを見抜けていたか…――。
3月19日、福島県川俣町でとれた
原乳から
暫定基準値を超える放射性ヨウ素が
検出されました。
同日、茨城県の複数の場所でとれたほうれん草から、
また、翌日には、
栃木県、群馬県からもほうれん草、及びかき菜から
暫定基準値を超える放射性ヨウ素が
検出された、と新聞各社が報じてました。
ほとんど同時期での関東での検出となったのは、
恐らく、僕が上に述べた
メカニズムに基づき
ジェット気流に乗って南下した結果でしょう。
川俣町から見て東方向にある
花塚山(標高918メートル)辺りが
放射能雲の吹き上がった地点じゃないでしょうか。
いずれにせよ、
カルデラ形状の内側にある飯舘村は、
雲が侵入し難い反面、
一旦、雲に突破されたが最後、追い出し難いため、
頭上に何時までも
滞留される蓋然性の高い地形です。
それが記事を通して
読んでわかるような内容であったなら、
飯舘村の人も、
「村を捨てられるものか」と
かくも頑なに
主張してなかったのではないでしょうか。
危険性が目立った
浪江町、葛尾(かつらお)村には、
既にほとんど住民が残っていないことからして、
僕の推測には合理性があると思います。
情報収集力については
一般人の悲しさで、当然、新聞社に劣るでしょう。
しかし、分析能力なら、数段、
僕の方が記者に勝っていると、冗談抜きで感じます。
いろんな意味で、僕は、素人です。
ジャーナリズムの世界においても、
外にいる人間、つまり、門外漢なんです。
そういう人間に、
こんなに侮蔑的なことを言われて、
悔しくないですか。
恥を知りなさい。
しかし、とはいえ、すべてが遅すぎる…
福島原発に北西の海風があり、
飯舘村がホットスポットになる可能性は
当初から明らかだったのではないか
という検証さえ、
未だになされていないのが現状です。
もちろん、言っちゃえば、僕の
大阪への避難の誘いかけも間が抜けてます。
だから気後れしつつ、
飯野の村役場出張所に入りました。
前に記したような、
「一緒に事業をやろう」
というメモ書きを即興で書き、
掲示を頼んだ後は、すぐ帰路に着きました。
なお、英科学誌ネイチャーが
4月11日、
福島第一原発の汚染対策につき、
「数十年から百年かかる」と
発表しました
(「Fukushima set for epic clean-up」参照)。
嫌な指摘ではあるけれど、
冷徹に受け止める必要のあることを
記しておきます。
この英国の科学雑誌、
なぜか日本語版がなく不便ですが、
分析の視点は、
参考になるようです。
リンク付けしておきましたので、
よければご参照下さい。
また、同雑誌のWeb版には、
他にも福島に関する興味深い記事がありました。
そちらのページは、
下のサイトからアクセスできます。
写真を見るだけでも、
えっ?
と思うような新発見が
あるやもしれません。
遊びがてら
ブラウジングされたらよろしかろうと存じます。
※「NATURE」
東京電力福島第一原発から北西30キロの地点で、
24時間の累積放射線量が最大約1・4ミリシーベルトを記録したとする
測定結果を発表しました
(毎日新聞、3月26日付朝刊の報道と思います。
第46166号とあって、スクラップブックに日付をつけ忘れました)。
僕が知る限りでは、
この記事が
飯舘村の現状を伝える初出です。
記事によると、
「北西約30キロの5地点」として
カッコ書きで
浪江町と飯舘村が併記されてありました。
そして測定結果として、
‣浪江町の国道399号沿いで1・437ミリシーベルト
‣飯舘村で0・864ミリシーベルト
と記載してありました。
これだけ見ると、
飯舘村では、
放射線量が1ミリシーベルトを割ってますし、
地域として
30キロ圏外にあるので、
「今後の見直し」(安全委の助言)
に期待してよいのかな、と思える報道内容になってます。
なぜ、北西方向で
放射線量が高まったのかの解説がありません。
ところで、この頃でした。
Dr.中川氏が
「がんから死生をみつめる」
(Dr.中川とは、東京大学付属病院、中川恵一准教授のこと)
というコラムなどで
100ミリシーベルト以下では人体に影響がない
と断言するのみならず、
仮に「100ミリシーベルトを被ばくしても
がんの危険性は0・5%高くなるだけです。
…(中略)…
たばこを吸う方が、よほど危険」
という“分りよい解説”をしてました。
(毎日新聞3月20日付朝刊)。
テレビで
福島の農家の主婦が取材され、
「タバコより安全だって」と言いながら、
生の野菜を
かじって見せるシーンが
まるで何かのショーのように放映されていたのを覚えてます。
4月22日、ついに政府は、
飯舘村の「見直し」を、
決定しました。
ただし、その見直しは、
計画的避難区域に指定する形です。
飯舘村の人たちは、
期待を見事に裏切った内容に、
納得しえようはずがなかったでしょう。
これに関連して、
また上掲、Dr.中川氏の
コメントが新聞紙上に載っていました
(毎日新聞4月22日付朝刊、関 雄輔・文「記者の目」)。
いわく、年配の人ほど20ミリシーベルト超えても問題ない云々、
又いわく、遠く離れた安全な場所(東京)で
リスクばかり言い立てる人が現地を苦しめる云々。
100ミリシーベルト以下では人体に影響ないと断言していた人が
微妙に表現を変えています。
また、村民の苦痛を、
リスクを言い立てる人間にあると決めつけ、
責めています。
中川氏の見解を紹介している
記者は、避難にリスクが伴うことを
指摘したかったのでしょう。
分らなくはありません。
確かに、村を離れる負担は、相当なものでしょう。
4月12日に自殺した飯舘村の102歳の男性のこと
(4月14日付毎日新聞朝刊)
を考えると、
その半端じゃないだろう痛みに、
かける言葉を失くします。
しかし、その状況を作った一端の責任は、
政府、御用学者はもちろん、
放射線量が少しばかり高いよと、
数値だけを伝えて、
浪江町より安全
という期待を抱かせた
大手新聞社等、
マスコミにもあるんじゃないでしょうか。
情報提供の仕方が
実に、不親切でした。
もし、不親切ではなかったのだとしたら、
分析能力の欠落を疑います。
すなわち、放射能の雲が北西に流れているということ、
途中で、高い山に出くわすと、
バレーボールでトスがなされたときのように
雲が吹きあがる、
すかさずジェット気流(偏西風)が
スパイクを放つが如くに
放射能雲を真南に飛ばすことを見抜けていたか…――。
3月19日、福島県川俣町でとれた
原乳から
暫定基準値を超える放射性ヨウ素が
検出されました。
同日、茨城県の複数の場所でとれたほうれん草から、
また、翌日には、
栃木県、群馬県からもほうれん草、及びかき菜から
暫定基準値を超える放射性ヨウ素が
検出された、と新聞各社が報じてました。
ほとんど同時期での関東での検出となったのは、
恐らく、僕が上に述べた
メカニズムに基づき
ジェット気流に乗って南下した結果でしょう。
川俣町から見て東方向にある
花塚山(標高918メートル)辺りが
放射能雲の吹き上がった地点じゃないでしょうか。
いずれにせよ、
カルデラ形状の内側にある飯舘村は、
雲が侵入し難い反面、
一旦、雲に突破されたが最後、追い出し難いため、
頭上に何時までも
滞留される蓋然性の高い地形です。
それが記事を通して
読んでわかるような内容であったなら、
飯舘村の人も、
「村を捨てられるものか」と
かくも頑なに
主張してなかったのではないでしょうか。
危険性が目立った
浪江町、葛尾(かつらお)村には、
既にほとんど住民が残っていないことからして、
僕の推測には合理性があると思います。
情報収集力については
一般人の悲しさで、当然、新聞社に劣るでしょう。
しかし、分析能力なら、数段、
僕の方が記者に勝っていると、冗談抜きで感じます。
いろんな意味で、僕は、素人です。
ジャーナリズムの世界においても、
外にいる人間、つまり、門外漢なんです。
そういう人間に、
こんなに侮蔑的なことを言われて、
悔しくないですか。
恥を知りなさい。
しかし、とはいえ、すべてが遅すぎる…
福島原発に北西の海風があり、
飯舘村がホットスポットになる可能性は
当初から明らかだったのではないか
という検証さえ、
未だになされていないのが現状です。
もちろん、言っちゃえば、僕の
大阪への避難の誘いかけも間が抜けてます。
だから気後れしつつ、
飯野の村役場出張所に入りました。
前に記したような、
「一緒に事業をやろう」
というメモ書きを即興で書き、
掲示を頼んだ後は、すぐ帰路に着きました。
なお、英科学誌ネイチャーが
4月11日、
福島第一原発の汚染対策につき、
「数十年から百年かかる」と
発表しました
(「Fukushima set for epic clean-up」参照)。
嫌な指摘ではあるけれど、
冷徹に受け止める必要のあることを
記しておきます。
この英国の科学雑誌、
なぜか日本語版がなく不便ですが、
分析の視点は、
参考になるようです。
リンク付けしておきましたので、
よければご参照下さい。
また、同雑誌のWeb版には、
他にも福島に関する興味深い記事がありました。
そちらのページは、
下のサイトからアクセスできます。
写真を見るだけでも、
えっ?
と思うような新発見が
あるやもしれません。
遊びがてら
ブラウジングされたらよろしかろうと存じます。
※「NATURE」
1,2枚目…ここは、UFOが見えるという名所らしいトラ。目を凝らして、じっくりと見て欲しい、UFOが写ってるかも、とら。
5,10枚目…ご覧の通り、柿トラ。でも、渋柿。アンポ柿と言うらしいよ。タクシーの運転手さんが、ここではもう干し柿は作られない、と悲しそうに言っていたトラ。
9枚目…見ての通り、ごみ箱とら。野っ原に置いてあるところがすごいとら。多分、一軒、一軒が離れている農家の共有、とら。
まず、一つ目。
予想は、動きで捉えることが大切トラ。それについて述べるトラ。
「内部被ばくのリスクは、誰が負うのか」
というタイトルで、4月1日の「いわきの作付を容認」という行政の決定に、怒りを爆裂させたことがあったトラ。
このときは、一旦、北西に向かった放射能雲が南下する、という可能性の大きさを考えると、してはいけない決定と思ったからトラ。
3月18日づけで、日本気象学会の理事長が気象予報士に対し、風の動きにつき、コメントを出すなという声明を発表したトラ。緘口令が敷かれ、手元にある情報と言えば、アメリカのエネルギー省が4月21に発表した予想図と、原子力安全委が3月23日に公開したSPEEDIによる予想図だけだったトラ。
どちらの予想図も、南下のラインは描かれてなかったとら。この時点では、正しい推測結果とは思うトラ。しかし、状況が刻々と変わる…それを反映していない嫌いがあったトラ。つまり、予想と銘打ちながら、予想になっていないと思えたトラ。
放射性物質が塵や埃としたら、北西の風は、それを掃き出す箒とら。
今は、浪江に止まっている放射性物質は、時とともに移動するトラ。
どこまで移動するか、考える材料を提供して初めて、予想したことになると思うトラ。予想の外れることを恐れて、沈黙を守るのは、卑怯トラ。
結果として、大筋での南下のラインは、飯舘村からいわきでなく、もう少し西寄り、福島市から郡山だったから、僕の「いわきでの作付反対」も、その方面では根拠薄弱トラ。でも、一部は多分、僕の予想通り、飯館村から南下しただろうから、全くの見当違いな指摘とも言えないとら。
また、考え方の枠組み自体は、正しかったとら。上空では偏西風が吹いているとら。西よりの風、ということで、まっすぐ東方向に進みそうだけど、実際は蛇行していて、風方向としては、南北のどちらかとら。
福島市から郡山周辺が汚染されたことからすれば、放射能雲は、飯舘村の北西方向にある無垢路岐山を越えたとら。伊達郡に入り、半田山にぶつかって立ち往生。前者が標高、672メーターであるのに対し、後者は、863メーターとら。わずかに後者の山が高いとら。ここで吹きあげられて、上空の偏西風に捕まったのだと思うトラ。伊達郡は、入り江のような地形で、南方に立ちはだかる山がないことも、きっと、影響したトラ。
応援してるにゃん☆
これからにゃんますますにゃん寒い季節にゃん☆
お身体にゃんきをつけてにゃん☆
それにしてもにゃん☆
穏やかにゃん自然ある風景ににゃん☆
ふみゃ~にゃん☆