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双葉町の井戸川町長「辞意の真意」を語る

2013年01月25日 09時24分28秒 | Weblog

双葉町の井戸川町長「辞意の真意」を語る

[投稿者のコメント]

アップロード日: 2013/01/24


1月23日に、辞職を表明した福島県双葉町の井戸川克隆町長が翌24日、OurPlanetTVのインタビューに応じた。
 
福島第1原発のある双葉町は、原発事故で全住民が町外に避難しており、福島県内の自治体で唯一、福島を離れ、役場機能を埼玉県加須市に移している。政府は去年、双葉町と楢­葉町と大熊町の3つの地域に対し、除染で生じた汚染土を保管する中間貯蔵施設の建設計画を提案。井戸川町長は、政策決定のプロセスに問題があるとして、度々、会議を欠席し­てきた。
 
これに対し、町議会は、町長の言動は独善的だとして批判。これまで3回、不信任決議を提出し、12月の議会で、8人の全議員が賛成に周り、可決していた。しかし、井戸川町­長は町長職を辞職せずに、議会を解散。1月24日が告示日だった。
 
1月21日と22日の2日間、町政懇談会が予定されていた双葉町。福島県いわき市、福島市および埼玉県加須市の3カ所で、町民と区長が意見を交わす予定していたが、初日の­いわき市内での懇談会は、町長が復興に消極的だとして、批判の声が相次ぎ会議は紛糾。翌日22日、町長が体調の不良を訴えて入院したため、加須市と福島市の懇談会は、町長­不在の状態で、会議が開催されていた。
 
24日の夜の会見では「町民に理解されていない」と語った井戸川町長。なぜ、今のタイミングで、突然、辞職を表明したのかー。胸のうちを語った。

撮影協力:西中誠一郎

井戸川町長が町民に宛てたメッセージ「双葉町は永遠に」
http://www.town.futaba.fukushima.jp/message/20130123.html/

この番組は会員のみなさまからの会費や、視聴者のみなさまからの寄付・カンパを基金に制作しています。より多様な視点から情報発信ができるよう、ぜひ制作費のご支援をお願­­­­­­­­­­­­­­­いいたします。詳しくはこちらをご覧下さい。
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/92

制作:OurPlanetTV
http://www.ourplanet-tv.org

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フタバから遠く離れて

というドキュメンタリー映画を作った

映画監督、舩橋淳(ふなはしあつし)氏が

双葉町に

関連して

次のように述べていらっしゃいます。

――僕たちはその福島で作られた電気を使いつづけてきた。無意識に、加害者の側に立ってしまっていた。いや我々は東電じゃないんだから、加害者じゃない、というかもしれない。本当にそうなのか。地方に危険な原発を背負わせる政府を支えてきたのは、誰なのか。そんな犠牲のシステムに依存して、電気を使ってきたのは誰なのか。いま 僕たちの当事者意識が問われている(Director’s Note「私たちも原発事故の当事者である。」参照/リンク)――。

このコメントの

小見出しにあるように、

閉塞した

時代を突き破るのは、

都市など、

他地域に住む人たちの

“当事者意識”かな、と思いました。

ちなみに、同監督は、

町議員8人全員が

町長を不信任とした理由につき、

一つ一つ掘り上げ

分析されておられます。

次のごとくです。

転載しておきます。

■資料

舩橋淳氏・文 (2012年12月27日)

1. 中間貯蔵施設の会議への欠席

不信任案を提出した議員は、「復興のためには福島県の汚染から出る放射線汚染土壌やがれきの処分問題は避けては通れない。それなのに11月28日の中間貯蔵施設の現地調査を議論する会議に、町長だけが欠席し、福島県や町を落胆させた」

と非難しました。

しかし、これは事態を一面的しか見ていない見方です。
中間貯蔵施設建設で、今起きているのは、

「国が、原発避難民の権利保障(=賠償)を棚上げにしつつ、迷惑施設を彼らの町村に作ろうとしている」

ことです。このことは以前書いたので、それを引用しますと、

”中間貯蔵施設建設の議論に際し、井戸川町長は、国に対し、放射性廃棄物を生み出すことになった今回の事故の責任がどこにあるのか。(言い換えると、誰のせいでこの汚染が引き起こされ、その犠牲として双葉郡の一部が中間貯蔵施設を背負わされるのか)、最終処分場はどうなるのか、をはっきり示すようにと何度も求めてきました。それには応答せず、国は他の市町村の囲い込みを進め、さらに佐藤県知事、広野町長など直接施設に関係はしない市町村が「復興をおくらせるな!」という流れに乗っかっている。空気だけで物事が進められ、「誰の責任なのか」(=もちろん国・東電であり、それを国は明確には認めたくない)とロジックを突きつける町長のような人物は煙たがられる、というのが現状況です。

たしかに対話の輪を打ち切った町長にも非はあると思います。
しかし、日本の歴史上初めての原子力災害で、責任者が明確にされることなく、地方都市がそのゴミ処理を背負わされる、というのは正しいのでしょうか。これは国に都合がいいばかりでなく、その町で生きる権利を剥奪された人々の、生存権を侵しています。

求められているのは、

まず第一に、双葉郡の人々の生きる権利を確保して(事故の責任者(加害者)による仮の町設置・賠償)

第二に、その故郷に、申し訳ないが核のゴミ溜めを作らせてもらう交渉を始める 

ことだと思います。それが物事の順番ではないでしょうか。
それをうやむやにされ、ロジックもなく「復興」の名目の元に、除染・中間貯蔵施設建設が進めるのは、双葉郡の他の市町村にとっても自らの生存権を侵す、つまり自分の首を絞めていることになります。”

迷惑施設を、その補償もなしに一方的に受け入れろ、という動きなのです。

この11月28日の会議の前に、町長は環境省に文書で質問しています(http://www.town.futaba.fukushima.jp/oshirase/yakuba/20121204_02.html/   )
それに対する国・環境省からの返答も同じく上記でダウンロードできます。

町長の質問「5. 賠償が片付いていないのに片方だけ進めるのはおかしい」に対し、環境省は「順次、賠償の議論は進んでゆくものと認識しています。」というだけでした。つまり、国の他の省庁、東電がやってゆくから、大丈夫、うちは直接は関係ない、という他人まかせです。

そんな煮え切らない状況で、11月28日会合が招集されました。
この会合では、現地調査の実施が決議される予定でした。
中間貯蔵施設建設の予算を見ると、建設費にボーリングなどの調査費が含まれています。
つまり、現地調査を受け入れる、それで可が出れば、着工となる、施設建設の場所が決定される、まさしく剣が峰でした。
ですから、町長は、双葉町民・双葉郡民の公益が、損なわれているという認識から、異を唱えるため、欠席せざるをえなかったのです。

このような事情を認識したとき、会議の欠席について非難できるでしょうか。

権利を損なわれている双葉町民、双葉郡民の立場を弁護するのが、町議員の役割だと思います。

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2. 復興の遅れ
 
双葉町は、7000人の復興会議と称して、福島県を中心に全国で、町民の手による復興ビジョンの作成に取り組んできました。
その出席者が少ないこと、町長が直接出席しないこと、に非難が集中しました。
為政者として、リーダーシップを発揮できていないから、町民が集まらないのだ、と。
     
町長は、「町民の手で復興ビジョンをつくって欲しい。自分が出席すれば、自分の意見だけで事が運んでしまうのはよくない。皆さんの意見を集約して、それを受けて自分が動きたい」という立場で、この会議は第3者のNPOに委託していました。

全国規模で、何回も重ねて開いたのにも拘わらず、出席者の数は芳しくありませんでした。
宣伝の問題もありましたが、避難生活で疲弊しきった町民に、役場側がだれも来ない会議で、自分たちだけで話せ、というのは厳しかったかもしれません。実際、町長が来るべきだ、という声が多く聞かれました。(町長、副町長もしくは役場職員が、出席するべきだという町議員の求めに対し、町長は議会で「今後そのように対応したい」と今回の町議会で返答しました)

ここにあるのは、全国にちりぢりになった双葉町の避難民を束ねる困難さです。
想像するだけでも大変であるのに、人が集まらないからと言って、これが町長だけの責任だといえるでしょうか。
非難されるべきは、賠償もなくこのような避難生活を強いる国・東電ではないでしょうか。

私も参加しましたが、復興会議に町議員の姿はありませんでした。
何人かの議員は参加したといってましたので、私がいけなかった会に参加したのでしょう。   
しかし、十数回の会議であれば、8人の議員が分担して最低一人は毎回出席することはできるはずです。   
議員が十分にその仕事をしているとは思えません。
   
そして、復興の遅れの核心は、賠償問題です。

町長は、双葉町弁護団と一緒に、国・東電に対し、もっとも本質的な財物の賠償(家・土地の不動産など)の見直しをずっと求めています。
それは「元の生活レベルに戻す」ための補償というより、「311直前の市場価格(古い農家などは限りなく低くなる)で支払い、できるだけ賠償額を減らす」ための補償になっており、大原則が東電有利に仕込まれているからです。

私は、双葉町が旧騎西高校に移転してきた当初からずっと取材を続けています。
最初ほとんど空っぽだった校長室(=町長室)は、伺う度に、放射線防護、低線量被爆、公害訴訟、団体訴訟、環境問題などの書物が本棚を埋めていきました。町長は、本当に勉強しておられます。町民の生命と財産と権利を守るために、国・東電という大きな組織を相手にどう対峙してゆけばよいのか、震災以後のほぼ2年間ずっと考え続けてきています。

賠償問題は、不動産・土地売買、被曝許容量、警戒区域の線引き、公害補償、憲法の生存権など、複雑な問題が絡み合っています。

町民を守るため、その交渉の最前線に立ってきた町長を退け、新たな町長をたてることが、町民の利益となるどころが、大きな不利益になってしまうことは、自明だと思います。

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3. 町議員への説明・対話がなされていない。

町長の不信任案が提出されたのは、震災以降今回が3回目でした。
それまでの2回とも共通する批判は、「町長は独断的だ」「町長は町民の声を聴く努力をしていない(岩本議員)」というものでした。
 
町長は、福島県内や新潟・茨城の仮設住宅や借り上げ住宅を回ってきました。
上記の”7000人の復興会議”とは、まったく別で、です。
   
各地で町政懇談会を開き、国側・東電側の担当者も出席させました。町民の「いつ帰れるようになるんですか?」「○○の賠償はどうなるんですか?」という質問に、国・東電担当者があいまいな答えをすると、町長は間に入り「それは答えになっていない。町民の方は、○○はどうなっているのか?と聞いてるんです。もう一度答えて下さい」と、詰め寄りました。

全国各地に双葉町民が点在しているため、一つの仮設に訪れる機会は、少なったかもしれません。
それが、福島県内に住む町民が、「声を聞いて貰えない」 「役場は、もっと側にあるべきだ」という不満の原因になっているのは事実です。

それであれば、町議員もこれを手伝うことはできるはずです。
現に隣の浪江町は、馬場町長以下、町議員がチームを組んで各地を回っています。
町議員から、仮設回りに協力したい、となぜ言い出せないのでしょうか。

町民・町議員・町長、全員が集う形の町政懇談会があってもいいはずです。
それが一度も行われていないのは、町長と町議員の対話が不在だからです。 
これには、町長・町議員に等しく責任があります。

町議員が言うように、町長も対話の努力が足らなかったこともあると思います。
しかし、その責任は等しく、町議員にもあるはずです。

ですから、この問題で互いを叱責しあって、なんの意味があるのでしょうか。

過去は水に流そう、ちゃんと話し合おう、というのが、成熟した代表者の在り方だと思います。

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以上、3点を述べましたが、さらに町議員が触れていない重要な問題があります。

町民の健康問題です。

国は、国際基準である被曝許容量年間1mSvよりも、よっぽど高い20mSvで、居住可能としています。
それは、医学的根拠が乏しく、町長は国・環境庁に対し、何度も抗議してきました。

国は、この20mSvという線引きで、居住可能区域を再編しようとしています。

これを受け入れてしまうと、

5年以内に、原発から4~5キロの町のある地区で、居住可能だから住んで下さい。
賠償は、それまでの5年分しか払いません。
しかも、近くに中間貯蔵施設ができます。

という、事態になりかねないのです。

この健康問題については、町議員は口を閉ざしたままです。
町長といっしょに議論して、町民を守るための町の態度を話し合うべきです。

これは子供たちの将来につながる、重大な問題です。
この問題には目をつむり、復興を進めることは、福島県の将来を担う子供たちに対する背徳です。

今、目の前の「復興! 復興!」 という空気に、町議員は流されてしまっているのではないでしょうか。


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