◇ 手を抜くんじゃないよ! ◇
私の父が入院する病院には、
末期ガン患者の人がたくさんいた。
父を見舞いに行ったとき、
「頭がかゆい」という父に
シャンプーをしてあげたのを機に、
知り合いの入院患者さんたちから、
カットやシャンプーを頼まれるようになった。
依頼したのは、手術のために頭を半分、
丸ボウズにされた女性たちだった。
どんな状況でも「きれいにしていたい」というのは、
女性の共通の願いなのだろう。
頭部に傷のある人のシャンプーとカットは難しかったが、
私はそれから度たび、その仕事を引き受けるようになった。
あるとき、1人のおばあちゃんから、
今日どうしてもやってくれとお願いされた。
そのおばあちゃんの頑な態度を不思議に思いながらも、
私は無心でカットしシャンプーをしてあげた。
終わると、おばあちゃんは言った。
「私さぁ、本当ならもうとっくに寿命切れてんのよね~
先生にいわれたわぁ~
『Oさんの娘さんに頭やってもらってたから、
寿命伸びたんじゃないの?』ってね。
最後に、本当に心のこもったシャンプーしてもらったし、
寿命まで伸ばして本当に感謝してるわぁ~。」
その翌日、おばあちゃんは亡くなった。
息子さんに、
「ありがとうございます。あなたのおかげで、
母は少し欲張って生きることができました。」
そう言われたとき、私は病院に響き渡るほどの声で泣いた。
それから10年、
あのおばあちゃんの笑顔と言葉は、
ずっと私の心に残り支えになっている。
「一生けんめい生きなさいよ。
人間、3分後に死んじゃうかもしれない。
心残りがないように、仕事も家庭も手を抜くんじゃないよ!」
出典元:(松本望太郎 涙のシャンプー)より