5
チャペック軍曹は汗にじむ首筋をぬぐおうとして、上げた手に息をついた。かすかに呆れて首を振る。慣れると忘れてしまうのだ。いま、目の前にかざす手は、着用している装甲戦闘服の機械掌だ。金属で作られ、人より一回り大きい。
装甲戦闘服は着用している限り思うままで、慣れてしまえば着用の不自由を忘れてしまう。中には乗り込み口兼キャノピーを開いて、機械腕で器用に煙草を吸うやつまでいる。この地球に出回っているタバコは本物だ。とてつもなく体に悪い。
戦争はさらに体に悪い。頭上の青空をしゅるしゅると音を立ててロケット弾の列がとびぬけてゆく。それらは中天にかかる前に噴射を終え、きらきらと光をはじきながら行き過ぎ、そして先の森へと舞い降りてゆく。緑へ突き刺さり、白煙の列を噴き上げる。遅れて爆発音が連なり響く。離れたチャペック軍曹らの元へも押し寄せ、開いた装甲ハッチから装甲服の中までも震わせる。
敵はあの森の中に追い込まれようとしていた。独立地球傭兵軍を名乗るものらだ。
森と言ってもこの乾いた大地では広がり方もたかが知れている。砂色の広がりの中に木々の高さの分だけ浮き上がって見える島のようなものだ。大きめのものもあれば沈んでしまいそうなごく小さなものものある。敵は中くらいの森の中に押し込められつつある。
乾いた大地を低く閃光が切り裂く。駆けていた敵の装甲戦闘服を後ろから貫いて、撃ち倒す。スーパーAFSを名乗る丸みある姿は、砂をまき散らしながら転がり、そして動かなくなる。ナッツロッカーのレーザだ。広い横隊に開き、航跡のように砂塵を引いて走るナッツロッカーたちはまるで砂漠の艦隊のようだ。硬式スカートに砂塵をまといながら背の高い砲塔を巡らせる。その砲塔に横抱きするように取り付けられたレーザ砲ポッドが光を放つ。一輌が放つと同じく走るナッツロッカー達が続けてレーザを放つ。地を低く薙ぎ、突き刺さり、砂柱を噴き上げ、あるいは森の緑に突き刺さって木々の一つを打ち砕く。その火箭に追い立てられるように敵の部隊、傭兵軍は退いてゆく。
敵は早期に排除しなければならない。目の前の敵が弱体化していようとも、それは敵のごく一部にすぎない。手間取れば、敵の次の一手に対応できなくなる。緩衝地帯の向こうにある敵の勢力圏には、部隊が集結しつつあることが報告されていた。その気になれば敵は増援部隊を送り込める。そのとき敵に釘付けにされているのはむしろチャペック軍曹等の戦闘団かもしれない。
装甲戦闘服は登場した瞬間から、戦いの様相を変えてしまった。火力においてかつての戦車に並び、隠密性において歩兵並みを保ち、通信能力、偵察能力では上回りながら対歩兵火力では撃破されない装甲を持っていた。しかも軽車両並みの機動性も保っていた。相互に展開できる戦力が低下したことも相まって、戦場の流動性は劇的に増した。緊要地形に陣地を構築し、陣地に委託して敵を撃破することも難しくなった 事前に陣地を構築しても、そこに張り付ける戦力がないのだ。陣地に張り付ける戦力が小さければ、敵の装甲戦闘服部隊はやすやすとそれを襲撃し、撃破するだろう。敵が集結しても脅威であり、分散しても脅威だった。敵の行動全体を掣肘するのはむつかしい。取り逃がせば、敵は回復して再び浸透攻撃に復帰するだろう。そしてその攻撃が行われる間、友軍はここに戦力を貼り付けなければならない。
だが分散浸透してくる敵への対処は、すでに整えられている。今朝早くにチャペック軍曹たちが叩き起こされた頃には、すでに航空団の三分の一が離陸しており、三分の一が戦闘態勢を整えていつでも離陸できるようになっていた。航空団の軽装甲戦闘機ホルニッセは、しらみつぶし敵を見つけ出し重戦車大隊のナッツロッカーを誘導した。分散しているからこその弱点を突くのだ。ナッツロッカーは小部隊に分散した敵より多くで強襲し敵戦力を殺ぎ落としていった。
ホルニッセとナッツロッカーがオフェンスだとすれば、チャペック軍曹たち独立第681機動歩兵中隊はディフェンスだ。オフェンスが敵を叩いている間に、敵が目指しているだろう緊要地形を占領し敵の頭を押える。
そうして軍曹たちはいつもどおりにホバー輸送車に分乗してこの丘へと展開していた。中隊の支援を担う野戦重ロケット砲スフィンクスもこの丘の裾に到着している。双胴の車体と、重ロケット砲を砲塔左右に振りかざした姿は、その名のとおりスフィンクスに見えなくもない。巨大なナッツロッカーよりさらに一回り大きく、そしてナッツロッカーとちがって人間の搭乗員を乗せ、高度な射撃管制システムで正確にロケット弾を叩き込む。
そしてまた二機のホルニッセが、軍曹たちの上空をとびぬけた。森縁の上空、沿うように旋回する。砂色と濃い緑の迷彩にオレンジの識別帯を引いたそれは航空団のホルニッセではない。チャペック軍曹たち独立第681機動歩兵中隊のホルニッセだ。二機しかないそれは中隊長と中隊准尉がそれぞれ搭乗している。軍曹たちのグスタフと違って、軍曹の無線が鳴った。
『中隊長より全機へ。戦闘準備。前進隊形成せ』
「第一小隊長了解。第一小隊は二列前進隊形をとれ」
すぐに軍曹のヘッドセットには、指示を了解した事を告げる了解符号が響く。四機のグローサーフントが一斉に異形の頭をめぐらせ軍曹を見る。小隊のすべての、つまり白の11から14までのグローサーフントたちだ。
損傷した白の11と13はすぐさま修理されたが、白の12を指揮するはずの要員はまだ補充されていない。今の小隊はチャペック軍曹を含めて三人しかいない。
『ドナート準備良し』
『バーダー準備良し』
前衛はチャペック軍曹の指揮する四機のグローサーフントが成し、後衛はバーダー伍長とドナート一等兵のグスタフが担う。
「第一小隊、前進準備良し」
軍曹たち第一小隊の左手には二両のナッツロッカーが待機している。中隊重火器小隊の車輌で中隊を直接支援するのが任務だ。第二小隊のグスタフとグローサーフントはさらにその向こう側にいる。第三小隊はナッツロッカーの背後に離れており、中隊後衛の任に着く。中隊はナッツロッカーを軸に楔隊形を取っていた。ナッツロッカーの火力と重装甲を押し立てて敵を叩く。さらに森へと突入し敵を駆逐するのだ。中隊にはさらに二機のノイスポッターを保有している。軍曹たちの右手と、第二小隊のさらに左手、つまり中隊の左右に配置されて地面から浮かんでいる。
そう浮かんでいる。ノイスポッターはわずかな発電音とともに、地を離れ宙に浮かんでいる。班重力装置を備えているからだ。一つ目妖怪とも案山子ともたとえられるその異形のマシンは、人の代わりに歩哨に立ち、人の代わりに前哨を勤める。
『中隊、前進、前へ』
無線に声が響く。上空を中隊本部のホルニッセが飛び行く。まず動き始めたのはノイスポッターだ。吊り人形のように宙をすべり行く。続いて二輌のナッツロッカーがエンジン音を響かせる。伏せた器のような縁から、砂塵を巻き上げる。
砂塵が吹き寄せてくる前にチャペック軍曹は装甲ハッチを閉じた。最初に感じるのは暗さよりも静けさだ。たしかに暗く、また視野も防護グラス越しに限られるけれど、慣れてしまえばいつものことだ。
軍曹は大きくからだごと振り返り、そして命じた。
「小隊前へ!」
チャペック軍曹は汗にじむ首筋をぬぐおうとして、上げた手に息をついた。かすかに呆れて首を振る。慣れると忘れてしまうのだ。いま、目の前にかざす手は、着用している装甲戦闘服の機械掌だ。金属で作られ、人より一回り大きい。
装甲戦闘服は着用している限り思うままで、慣れてしまえば着用の不自由を忘れてしまう。中には乗り込み口兼キャノピーを開いて、機械腕で器用に煙草を吸うやつまでいる。この地球に出回っているタバコは本物だ。とてつもなく体に悪い。
戦争はさらに体に悪い。頭上の青空をしゅるしゅると音を立ててロケット弾の列がとびぬけてゆく。それらは中天にかかる前に噴射を終え、きらきらと光をはじきながら行き過ぎ、そして先の森へと舞い降りてゆく。緑へ突き刺さり、白煙の列を噴き上げる。遅れて爆発音が連なり響く。離れたチャペック軍曹らの元へも押し寄せ、開いた装甲ハッチから装甲服の中までも震わせる。
敵はあの森の中に追い込まれようとしていた。独立地球傭兵軍を名乗るものらだ。
森と言ってもこの乾いた大地では広がり方もたかが知れている。砂色の広がりの中に木々の高さの分だけ浮き上がって見える島のようなものだ。大きめのものもあれば沈んでしまいそうなごく小さなものものある。敵は中くらいの森の中に押し込められつつある。
乾いた大地を低く閃光が切り裂く。駆けていた敵の装甲戦闘服を後ろから貫いて、撃ち倒す。スーパーAFSを名乗る丸みある姿は、砂をまき散らしながら転がり、そして動かなくなる。ナッツロッカーのレーザだ。広い横隊に開き、航跡のように砂塵を引いて走るナッツロッカーたちはまるで砂漠の艦隊のようだ。硬式スカートに砂塵をまといながら背の高い砲塔を巡らせる。その砲塔に横抱きするように取り付けられたレーザ砲ポッドが光を放つ。一輌が放つと同じく走るナッツロッカー達が続けてレーザを放つ。地を低く薙ぎ、突き刺さり、砂柱を噴き上げ、あるいは森の緑に突き刺さって木々の一つを打ち砕く。その火箭に追い立てられるように敵の部隊、傭兵軍は退いてゆく。
敵は早期に排除しなければならない。目の前の敵が弱体化していようとも、それは敵のごく一部にすぎない。手間取れば、敵の次の一手に対応できなくなる。緩衝地帯の向こうにある敵の勢力圏には、部隊が集結しつつあることが報告されていた。その気になれば敵は増援部隊を送り込める。そのとき敵に釘付けにされているのはむしろチャペック軍曹等の戦闘団かもしれない。
装甲戦闘服は登場した瞬間から、戦いの様相を変えてしまった。火力においてかつての戦車に並び、隠密性において歩兵並みを保ち、通信能力、偵察能力では上回りながら対歩兵火力では撃破されない装甲を持っていた。しかも軽車両並みの機動性も保っていた。相互に展開できる戦力が低下したことも相まって、戦場の流動性は劇的に増した。緊要地形に陣地を構築し、陣地に委託して敵を撃破することも難しくなった 事前に陣地を構築しても、そこに張り付ける戦力がないのだ。陣地に張り付ける戦力が小さければ、敵の装甲戦闘服部隊はやすやすとそれを襲撃し、撃破するだろう。敵が集結しても脅威であり、分散しても脅威だった。敵の行動全体を掣肘するのはむつかしい。取り逃がせば、敵は回復して再び浸透攻撃に復帰するだろう。そしてその攻撃が行われる間、友軍はここに戦力を貼り付けなければならない。
だが分散浸透してくる敵への対処は、すでに整えられている。今朝早くにチャペック軍曹たちが叩き起こされた頃には、すでに航空団の三分の一が離陸しており、三分の一が戦闘態勢を整えていつでも離陸できるようになっていた。航空団の軽装甲戦闘機ホルニッセは、しらみつぶし敵を見つけ出し重戦車大隊のナッツロッカーを誘導した。分散しているからこその弱点を突くのだ。ナッツロッカーは小部隊に分散した敵より多くで強襲し敵戦力を殺ぎ落としていった。
ホルニッセとナッツロッカーがオフェンスだとすれば、チャペック軍曹たち独立第681機動歩兵中隊はディフェンスだ。オフェンスが敵を叩いている間に、敵が目指しているだろう緊要地形を占領し敵の頭を押える。
そうして軍曹たちはいつもどおりにホバー輸送車に分乗してこの丘へと展開していた。中隊の支援を担う野戦重ロケット砲スフィンクスもこの丘の裾に到着している。双胴の車体と、重ロケット砲を砲塔左右に振りかざした姿は、その名のとおりスフィンクスに見えなくもない。巨大なナッツロッカーよりさらに一回り大きく、そしてナッツロッカーとちがって人間の搭乗員を乗せ、高度な射撃管制システムで正確にロケット弾を叩き込む。
そしてまた二機のホルニッセが、軍曹たちの上空をとびぬけた。森縁の上空、沿うように旋回する。砂色と濃い緑の迷彩にオレンジの識別帯を引いたそれは航空団のホルニッセではない。チャペック軍曹たち独立第681機動歩兵中隊のホルニッセだ。二機しかないそれは中隊長と中隊准尉がそれぞれ搭乗している。軍曹たちのグスタフと違って、軍曹の無線が鳴った。
『中隊長より全機へ。戦闘準備。前進隊形成せ』
「第一小隊長了解。第一小隊は二列前進隊形をとれ」
すぐに軍曹のヘッドセットには、指示を了解した事を告げる了解符号が響く。四機のグローサーフントが一斉に異形の頭をめぐらせ軍曹を見る。小隊のすべての、つまり白の11から14までのグローサーフントたちだ。
損傷した白の11と13はすぐさま修理されたが、白の12を指揮するはずの要員はまだ補充されていない。今の小隊はチャペック軍曹を含めて三人しかいない。
『ドナート準備良し』
『バーダー準備良し』
前衛はチャペック軍曹の指揮する四機のグローサーフントが成し、後衛はバーダー伍長とドナート一等兵のグスタフが担う。
「第一小隊、前進準備良し」
軍曹たち第一小隊の左手には二両のナッツロッカーが待機している。中隊重火器小隊の車輌で中隊を直接支援するのが任務だ。第二小隊のグスタフとグローサーフントはさらにその向こう側にいる。第三小隊はナッツロッカーの背後に離れており、中隊後衛の任に着く。中隊はナッツロッカーを軸に楔隊形を取っていた。ナッツロッカーの火力と重装甲を押し立てて敵を叩く。さらに森へと突入し敵を駆逐するのだ。中隊にはさらに二機のノイスポッターを保有している。軍曹たちの右手と、第二小隊のさらに左手、つまり中隊の左右に配置されて地面から浮かんでいる。
そう浮かんでいる。ノイスポッターはわずかな発電音とともに、地を離れ宙に浮かんでいる。班重力装置を備えているからだ。一つ目妖怪とも案山子ともたとえられるその異形のマシンは、人の代わりに歩哨に立ち、人の代わりに前哨を勤める。
『中隊、前進、前へ』
無線に声が響く。上空を中隊本部のホルニッセが飛び行く。まず動き始めたのはノイスポッターだ。吊り人形のように宙をすべり行く。続いて二輌のナッツロッカーがエンジン音を響かせる。伏せた器のような縁から、砂塵を巻き上げる。
砂塵が吹き寄せてくる前にチャペック軍曹は装甲ハッチを閉じた。最初に感じるのは暗さよりも静けさだ。たしかに暗く、また視野も防護グラス越しに限られるけれど、慣れてしまえばいつものことだ。
軍曹は大きくからだごと振り返り、そして命じた。
「小隊前へ!」