美男子俱楽部

※単行本はBOOTHにて発売中。

『膨張と圧縮を繰り返し、俺へなへな』

2024-03-08 | 小説

 俺は歩いている。

 訳がわからない。

 空と、地表の間で俺は圧縮・圧搾されている。されている。家にいても、外に居ても俺は一人なのに。昼過ぎ迄は、そんな俺、さっぱり快調だったよ。

 車でカフェーに行った。マイカー。かねてからきわめて洒落ていて、近所であったため一度は行ってみようかしらんと思っていたのだけれども、どうも一人では入りづらい。洒落ていない奴は。しかし俺ははっきり云って洒落ているので、一人で入る。店に入って席を確保したのち自家製レモネードを誂え、まずは周囲の様子を伺うと、殆どがカップル・女の子二人組とかだった。俺はほっそぉおくなった。詰まり委縮。先の虚勢は虚無え。まぎれも無い眼前で巻き起こる現実の洒落。いちゃいちゃして楽しそうなアベック。きゃわきゃわして楽しそうな女の子たち。きゃつらときゃつらのハートフルピンクの隙間で、潰されて、俺はメキシカンブルー。圧縮、ほっそぉおく。

 レモネードの中にサボテンが。窓の外を見た。大きい窓。窓の外に公園。パーク。公園の中に湖。の手前に映る自分。俺。洒落ている。髪も長いので女の子にもみえる。お顔が奇麗。俺が此のきわめて洒落た空間に居る必然性を感じ、再度膨張。ぼうちょう。

 窓から目を離し。読書。再度、よく周囲を確認してみる。自分の席から一番離れた、左斜め先の席に、ものすげえ美女がいた。俺は思った。ものすげえ美女がいる。ものすげえ美女がいる。一度声に出してみようかと思った。やめた。ものすげえ美女がいたので、ものすげえ美女がいると思ってはみたが、実際にそれ以外は何も思わなかった。空しい。ものすげえ美女がいるのに。

 俺は、この美女が自宅で人並みに自炊したり衣服を洗濯して干したり、寝台のうえでぐだぐだ、ぐにゃぐにゃする様子を想像してみた。流石は美女。何をしても絵になるっつうか、動作一つ一つに説得力がある気がする。家事のひかり。家政のかがやき。例えば、チャーハンを作りこれを食らい油でぎとぎとのフライパンをスポンジで洗う様子までもが美しい。洗濯機に衣服を突っ込む様も愛らしい。つまり、これは俺だ。この美女が人並みに普遍的に生活する様が自分とぴったりと重なって。

 もしも、自分が他と等しく家事をしている様。これを人が見たら人も、この美女に俺が感じた家事のひかり・家政のかがやきを感じるのだろう。それ程に俺は美しかった。自意識の膨張。俺は実に快調な気分で。

 しかし、今、俺は空と地表の間で圧縮されている。はっきり云って、俺は作家。文筆に生涯を掛けて居る。ライフワーク。つまり、俺の生涯で起きているあらゆる出来事は俺の作品。俺の文筆に行き着かなければ無駄という事で、一人カフェーから家に帰って来たものの、なんか家に一人で居たくない気分に、急激になって、無闇に外出、是れまた別の近所のカフェーに向かう道中で圧縮された。その行為自体無駄に思えたのである。道の先で、空と地面が張り付いている。道の先で。

 一度家を出てしまったものを、引き返しては無駄が無駄になってしまう。無駄の無駄。俺は夜の空と地表をべりべり剝がしながら、進んだ。先で発狂する者がいた。横を後ろに子供を乗せた自転車をママンが漕いで、過ぎ去る。狂気と愛と平穏のにおいが混在、世の中ごちゃごちゃだなぁ。惡と和平のカフェラッテ。闇と温和のカクテール。ごちゃ混ぜで表層に浮く秩序、犠牲のパセリ。

 やっとのおもいで店に入ったら入ったで、机の端に花瓶、花。黄色のスターチス。座席と座席の間に藁の仕切り。サイドの観賞用植物。空のでけえ鉢。棚の上にミニカー。水槽。店主の拘りとBGMの頭の悪いレゲエでうげぇ。更に圧縮・圧搾されて、もはやセルに養分を吸収されたピッコロのうで。うでぇ。訳が分からない。セルに搾取されつつヒーコーを誤飲していたら三人の女の子が御来店。結構かわいくて、俺、また膨張して。

 ぶくぶくで、店を出る。店を出るとき、俺は店主に御馳走様と云った。そう云えば俺は小さい頃、御馳走様と言うのをごっちょっちゃんと言っていた。はずかしい。小さくて、御馳走様と発音できなかった訳ではなく、あえてごっちょっちゃんと言っていた。何故その様な羞恥無き事をするのか。わからない。もはや何も。

 コンビニエンスストアーに立ち寄り、水道代・電気代を共に支払う。眼前にハタチくらいの店員の男。客の目を一切見ようとはせず、口元でぼそぼそと喋り、俺が金を財布から取り出している間、どこかへ消える有り様。目の前の客を差し置いて、何がそんなに忙しいのだろうか。ちゃんと喋れあほんだら。はっきりいって、圧縮された俺でももっとちゃんとしてるよ。今はやや膨張しているけども。おまえまで俺を圧縮する訳?ごっちょっちゃん。多分、この餓鬼はごっちょっちゃんを言わぬタイプ。まだ若いと云うのに無気力。活気が無い。堕落している。のは、ママンが漕ぐ自転車の後ろに乗っていた際、俺の行く先、空と地表の。



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