未来を拾いに

aikoのことしか頭にないひとのブログ

祝・禁煙1周年( ・∀・)

2011-09-28 02:39:52 | 雑記

禁煙を始めてから1年経ちました。 
私はかなりのヘビースモーカーでした。30分に1本くらいのペースで、1日30本は吸ってた。 

禁煙は十数年来の悲願でね、自分の中ではとても大きな出来事です。 
これまで何度も何度もチャレンジしては、そのたびに失敗して、大きな挫折感を味わってた。 
自分は一生たばこを吸い続けることになるんだ、って思ってしまって。 
喫煙者にしかわからないと思うが、禁煙というのはそれくらい難しいことです。

これから禁煙を始めようかな?と思うひともきっと多いと思います。 
「たばこを吸わずにはいられない」というのは結構しんどいことなので。 
吸えない場所も、吸わない人も、両方とも多くなりました。 

喫煙者にとって、たばこを吸うのに一箱数百円程度のお金がかかるとか、健康によくないとかは、たばこをやめる理由には多くの場合直結しないと思います。 
そんなことはわかってる。つまりは、それらは「生活のうえで必要なコスト」なんです。 

「周りに迷惑をかけています」というのもよくわかっています。 
だからなるべくひとがいないところで吸うし、携帯灰皿を持ち歩いて、吸殻をそこへしまう。 
それでも嫌な顔されることも多くて、ほんとすみませんと思って自己嫌悪に陥る。 

それでもやめられないのです。 



多くのひとがチャレンジしては失敗するのはなぜか? 

答えは明快で、たばこというのはそういうものだからです。 

麻薬であって、のんだ瞬間に中毒を起こし、次の一本を求めずにいられなくなる。 
よく「おいしいから」「気分が落ち着くから」といいます。 
喫煙者が禁煙して、「もう一生吸えない」と思うと、とてつもない喪失感にさいなまれ、不安になります。 

私はそれらはウソではない正しい感じ方だと思います。 
非・喫煙者はそんなことがあるはずないというけど。 

こういう気分は、喫煙者に特有のものです。医学・生理学の話といいますか。 
要するにたばこ中毒になったことが1度はあるひと以外にはわからない話なので、非・喫煙者や嫌煙者と禁煙についての話をするとき(あまりしたくないものですが)、私はいつもこう思います。 

「いっぺんたばこを一箱吸ってみてからにしてくれ。話はそれからだ」。 




そういうものをどうやったらやめられるのか? 
いろんなやり方があるみたいで、どれが一番とか言えないと思います。 

参考になるとうれしいので私はどうやってやめたか、というのをお話したいと思います。 


私の場合は、ニコチンパッチとか禁煙補助薬とか外来とかは全く使わず、いわゆる根性禁煙と呼ばれる方法をとりました。 


半端にやるほうがキツイはずじゃんね。 
 
熱いお湯とか冷たい水に浸かるとき! 
傷ぐちのテーピングやらばんそうこうやらをはがすとき! 
 
ちょっとずつじわじわとやるより、一気に「おりゃ!」ってやったほうが、瞬間的にはぐええええ!ってなるけどトータルでみたらたぶん楽でしょ? 
 
要するにそういうことだ(`・ω・´) 


で、「最後の1本を吸う」という儀式もせず、あるときからいきなりやめました。 
それが丁度1年前の深夜1:00くらい。 

何したかなあ。 
たぶん以下の3つくらいのことをやりました。 


その1) 
最初の最初は、残っていたたばこをゴミ箱に投げ入れる、ということも、ライターを処分する、ということもせず、「吸いたくなったらいつでも吸える準備」を確保していました。 

だって、その準備がないと、不安になってたばこを吸いたくなってしまうから。

けどこれをやっていたのは最初の一週間くらいで、「大丈夫そうかな?」と思えたタイミングで、たばこを捨てて、ライターも処分しました。 
そうして(いつでもたばこを吸える準備をしながら禁煙して)よかったと思います。 


その2) 
たばこを吸いたくなったときに、食べるとスーッとするお菓子を食べるようにしていました。 
フリスクとか、ミンティアとか。 

これ、今でも持ち歩いています。たぶんなくても大丈夫なんだろうけどね。 
もう滅多になくなってきているんだけど、1年経っても未だに「吸いたい」って思うときはあって。 
で、別に思っても余裕で我慢できるんだけど、万が一もあるかも知れないし。 
そういうときがあるかも知れないから持ち歩いて、たまに食べてます。 

要するに1年経っても未だに禁煙は続いているんだよね。 
「たばこがおいしい」という事実を知ってしまっているから。 

これはもう一生付き合っていくしかないと思っています。 


その3) 
最初のうちは、「禁煙○日目です!」というのを毎日励ましてくれるアプリとか、WEBのサービスとかを使って励みにしていました。 

いやこういうの意外とばかにできないんだぞ。折れそうになる気持ちを救ってくれることもある。 

「卒煙式」
とか、 
「ハッピーに禁煙ツアー」 
とか 


禁煙で一番辛いのは最初の1日目、次の2日目。 
後、いつも吸ってるシーンをたばこなしで最初に経験するとき。 
例えば飲み会とか、クルマの運転とか、食後とか、会社で喫煙室に行くタイミングとか。 

そういう「最もきついとき」は根性で乗り切るしかなくて、その連続攻撃に耐えられなくなりそうなときがきっとあるのですが、そういうときにこういうのを使うと、意外と救われたりする。 

禁煙者が集まるコミュとか、掲示板を使うのもよいかも知れません。 

目的を達成することが大事なのであって、こういうものを使うことに躊躇してはいけません。 
なんでもいいからやめられたらいいのだ! 




最後に、故アレン・カー先生の名著「禁煙セラピー」 

今回の禁煙では結果的に使わなかったけど、この本から禁煙の予備知識のほとんどを得ることができたという意味で、やはりこれなしでは禁煙は語れないと思っています。 


ただ、「禁煙は簡単です」というのだけはウソだと思ってください。 
禁煙は「かんたん」と思ってはじめると、実際に難しいと感じたとき、希望を失い、絶望します。 

その絶望が失敗のもとになる。 

これを防ぐためには、禁煙は「とてつもなく難しい」と思ってはじめないとダメです。 
はなから「難しいことにチャレンジしている」と思っていれば、少々のことではへこたれないぞ。 
そういうもんだ。 



・・・こんなところでしょうか。 
先にちょっと書いたけど、まだまだ禁煙は続いてて。 
こんな日記を書こうと思わないくらいに、たばこを吸わないのが当たり前になったらほんとは一番いいんですけどね。 

今日は通過点なんで。 
引き続き頑張っていきたい(もうそんな「頑張る」ことをしなくても禁煙できてるけど)と思います。 

やめたい、って思ったひとの参考に少しでもなったらうれしいです。 


ではまた。