On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

3-35

2010-01-26 21:30:00 | OnTheRoad第3章
 スズキさんが角を曲がって見えなくなった頃、サトウさんが患者や見舞い客用の自動ドアから出てきた。「タカハシ君、帰ろうか」と喫茶店を出ていくときとはすっかり別人みたいな顔をしてサトウさんが言った。
 「お待たせしてすみません」と僕は言ったけど、サトウさんの機嫌の悪さは僕が待たせたせいではないと思った。アキエさんとケンカをしたのなら、車に戻ってタバコを吸えばきっともとに戻る。

 でもサトウさんは競歩の選手みたいな勢いで歩いていた。こんなスピードは長くは続かないとは思ったけど、僕は小走りにサトウさんを追った。
 サトウさんは逃げるみたいに急いでいる。おせっかいしたことを後悔しているからではないと思う。

 僕はすぐにサトウさんに追いついて、サトウさんは立ち止まった。「家まで送るよ」とサトウさんが車のキーを取り出した瞬間、「オヤジ」という声が聞こえた。息をきらした、背は低いけど体格のいい男がサトウさんをまっすぐ見ていた。

第4章につづく

3-34

2010-01-26 21:26:45 | OnTheRoad第3章
 「病院まで歩きませんか?」とスズキさんが聞いた。そう言われるまでそんなアイディアが思いつかなかった僕は「いいよ」と答えた。
なだらかな坂道を登りながら、僕はスズキさんに遅れないように気をつけた。長距離が得意だったスズキさんの足取りは軽い。次に会う場所を考えながらスズキさんに歩速を合わせるのは難しかった。
「変わってないって言ったけど、先輩は変わったかも」スズキさんは息も切らせずに言った。
 「私が悩んでいても、自分のことばかり平気で話す人だったもん」とスズキさんが言ったとき、病院の入口に着いた。スズキさんは職員用のガラスの扉に向かって歩きだした。

 僕は名前の子音と生年月日で作ったメールアドレスをスズキさんに伝えた。「いい店も探す。夜と木曜日しかないけど、ゆっくり会いたい」
 「やっぱり先輩、変わった。おいしい魚が食べたいな」とスズキさんは言ってガラスの扉を押した。扉がゆっくり閉まってスズキさんが遠ざかっていくのを、僕はしばらくながめていた。

 扉がガラスでできているせいだと思うけど、スズキさんが遠くに行ってしまっても遠くなった気がしなかった。七年前は僕たちの間には空気しかなかったのに、もう二度と会えない気がしていた。


3-33

2010-01-26 21:25:52 | OnTheRoad第3章
それから、僕はあまり変わってなくて、スズキさんは髪が伸びて女性らしくなったこと、白衣が似合うことなんかを話しているうちに10分が過ぎた。

 スズキさんがなかなか口をつけられなかったココアが飲みごろになり、ココアをかき混ぜたスプーンをくわえたスズキさんが少し照れたような顔をした。
 その顔が高校生のスズキさんとダブッて見えた。

 スズキさんが横目で腕時計を見た。僕は残された時間が少なくなったのを知った。
 「忙しいのに呼び出してごめん」僕は本気で頭を下げた。そして、顔を上げて深く息をついてから言った。「また会えるよね」
 スズキさんは「たぶん」と言ってココアを飲んだ。

 「たぶん」だけどきっとまた会えるというのは、今までの僕にはなかった展開だ。バイトで知り合った友達でも、今でも会っているやつは誰もいない。ヤマモト君はテレビで見掛けたけど、それだって僕が見ただけだ。

3-32

2010-01-25 20:26:40 | OnTheRoad第3章
 どうして陸上を辞めたのかとか、太ったころのスズキさんにも会ってみたかったなんてことは絶対言ってはいけないと思う。すごく気になるけど。

 スズキさんが病院の坂を下りてくるのが見えた。ピンクの白衣の上にアキエさんのより薄手のカーディガンを着ている。アキエさんのはベージュだったけど、スズキさんのは真っ白だ。コートを着るかわりに明るいグレーのチェックのマフラーをしている。

 寒そうに早足でスズキさんが近付いてくる。何を話すかはまだ決まっていない。スズキさんが喫茶店の中の僕に気付いてちょっと笑った、気がする。

 「サトウさんはキセキの人だから、先輩に会えたのも不思議と思ってないです」と、ココアを注文するより前にスズキさんが言った。
アキエさんの病室にいたおばあさんとピンクの好きなオバサンはすごく仲が悪かったのに、アキエさんが入院してきてから急に仲良くなったらしい。アキエさんが起こしたキセキには興味があるけど、この短い時間に聞きたい話ではない。といって、共通の話題はほかに思いつかなくて、アキエさんやサトウさんの話で僕たちはしばらく盛り上がった。


3-31

2010-01-25 20:25:22 | OnTheRoad第3章
 「あずさちゃんはハケンの看護婦だから、いつまでここにいるかわからない。言いたいことははっきり言えよ」とサトウさんに言われるまでそう思っていた。国家資格を持っている看護師もハケンの時代なんだ。
 運転免許と簿記しか資格を持っていない僕は仕方ないけど、看護師がハケンなんてひどい気がする。

 「アキエの病室で待ってるよ。しっかりやれよ」とサトウさんは3本めのタバコをもみ消して慌ただしく席を立った。さっきの女の子にお札を押しつけて、「後から来る看護婦さんの分も取って、お釣りはあのお兄ちゃんに渡してくれ」と言うのが聞こえた。

スズキさんの休憩時間は30分しかない。病院との往復時間を考えたら、正味20分ってところだ。聞きたいことはいっぱいあるけど、聞けることは少ないにちがいない。伝えたいこともあるから、聞くことはしぼらなければならない。

 僕をけっこう好きって言ったのは本当なのか? 本当ならどうして「会うのやめよう」と言ったのか? 今付き合っている人はいるの? いろいろ考えてみたら、一番知りたいことが見えてきた。
 僕たちにはもう時間はないのか? まだ時間はあるよね?と言ったほうがよさそうな気もする。