On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

4-37

2010-02-14 20:12:54 | OnTheRoad第4章
 車のドアがあいて運転席から娘さんが降りて助手席側に回ってハルさんのためにドアをあけた。ハルさんは娘さんの手を借りてだけど車から降りて、杖もつかずにしっかり立った。

 今日のハルさんは薄い緑とピンクの着物を着ている。薄緑の地に満開の桜が描かれた品のいい着物だ。

 和服のハルさんを見たとき、僕は2つのことがいっぺんにわかった気がした。サトウさんがはりきったわけとハルさんにあこがれたサトウさんの気持ちだ。 はじめてハルさんに会ったとき、僕はたしか品のいいおばあさんだと思ったんだ。ハルさんはおばあさんなのに背がピンと伸びていて、ゆっくりな動作も優雅な感じがする。 美人ではないと思ったあの女の人も、ハルさんと顔はそんなに似ていないけど優雅な動作はそっくりだ。
「ハルさんが来るって、わかってたんですか?」と僕はサトウさんに聞いた。どう考えてもそうとしか思えない。
「今日は先生のショーツキ命日なんだ」とサトウさんが言って、僕はショーツキ命日の意味を教えてもらった。茶道の先生の命日は3月だけど、毎月先生がなくなったのと同じ日にハルさんは家族とお茶会をするんだそうだ。ショーツキ命日にはハルさんはいつもあの着物を着てくるらしい。コンビニに来たときはワンピースだったけど、やっぱり桜の花柄だったと思う。

4-36

2010-02-14 20:11:42 | OnTheRoad第4章
 サトウさんは店の鍵を出してシャッターをあけた。ストーブをつけてもなかなか温かくならないけど、ショーケースの中には名前は知らない春っぽい和菓子が数えたら10こずつ、いろんなお皿に並べられていた。こだいふくはおとといより小さい山になって積んであって、普通の大福が5こずつ4列に並んでいる。

 こんなに品揃えの豊富ななでしこを見るのははじめてだ。サトウさんは新製品の開発に目覚めたのかもしれないと僕は思った。

 マックでタバコを吸ってきたからか、サトウさんはタバコを吸わず、真っ白なぞうきんで何度もショーケースを拭いている。

 僕が釣り銭をレジに入れて開店準備が整った頃、駐車場に軽自動車がとまった。桜井ハルさんの娘さんの車だ。

4-35

2010-02-13 17:01:53 | OnTheRoad第4章
 サトウさんがタバコを吸い終わるまでに僕のコーヒーはなくなって、僕たちは僕が昨夜ヨシユキさんとコーヒーを飲んだマックをあとにした。
 なでしこまでまっすぐ帰れば10分もかからないと思う。サトウさんが掃除をしておいてくれたから、開店準備にはそんなに時間はかからないはずだ。僕が運転すれば、きっとサトウさんももうすぐ退院するアキエさんもすこしは楽ができるかもしれないと、ライトバンのキーを手の中で回しながら僕は思った。
 サトウさんは運転席側に立ってから「今日は運転手つきだったな」と助手席に回った。「帰りも安全運転で頼むよ」

 なでしこの駐車場に車をとめるのは、さっきより簡単にできた。あとはなれるだけ、サトウさんのコトバを僕は自分に言い聞かせた。

4-34

2010-02-13 17:00:59 | OnTheRoad第4章
 サトウさんは5万円を僕に渡して、「オレはここで待ってるから、両替してきてくれ」と言った。むき出しのお金には抵抗があったけど、僕はお札を受け取って銀行に向かった。

 サトウさんは僕とアキエさんに店のことを任せて、アキトシさんの工場に行ってもいいと思っているのかもしれないなんて、僕はちょっと考えた。

 両替機の前には駅前の花屋のオジサンが並んでいたけど、2万円だけの両替だから、僕はそれほど待たされなかった。毎日お金の出入りを見ていて、小銭はけっこう必要だけど5千円札はそんなにいらないこともわかっているから、僕の両替はすぐ終わった。

 僕がマックに戻ると、サトウさんが次のタバコに火をつけたところだった。「銀行の窓口は若い男の子だと早いんだな」とサトウさんが言ったから、僕はサトウさんが両替機を使ってなかったんだと思った。
 20代の僕たちには使いやすくても、60代のサトウさんには使いにくいものがあるんだ。

4-33

2010-02-12 18:07:21 | OnTheRoad第4章
 何度か切替えして駐車スペースに車をとめた。車を降りたサトウさんはこっそりズボンに手のひらをこすりつけた。

 サトウさんはコーヒーを2つと言ってから、「で、いいよな」と僕に聞いた。僕はコーヒーが飲みたかったから「コーヒーがいいです」と答えた。
 サトウさんがコーヒーの載ったトレイを持って喫煙席に向かう。僕は灰皿を持って後を追った。

 まずタバコに火をつけてから、サトウさんは「タカハシ君は若いから、すぐカンを取り戻せるな。運転は大丈夫だ。あとは慣れるだけだよ」と言った。
 たしかに運転のたびにこんなに緊張していたら、ドライブを楽しむことはできない。「明日からオレは店で待ってるから銀行は頼むよ」と言われた。クルマと釣り銭を任されることになる。

 銀行の自動ドアが中から手動で開けられ、アネキくらいの年の女性が出てきて、歩道を通る通勤客に頭を下げ自動ドアの中に消えた。