

「お前は彼女に会わねばならヌ」
真っ暗な闇の中、僕の耳下で誰かがそう囁いた。
幼女の様な高く幼い声だったが、何故か言葉の力は老婆を思わせる。
今にも取って喰われそうな勢いだった。
しかし見渡そうにも、自分の鼻先も見えない暗闇である。
どうしたものかと考えて、そこで僕は自分が眼を瞑っていた事に気がついた。
目を開けてみると、そこはどこかの病院か、研究施設の様である。
壁も床も、汚れ一つ無い真白な施設である。
太陽光は入ってこない閉鎖された空間らしく、光源は天井に等間隔でつけられる蛍光灯だけだった。
「ここはどこだ?」
僕は周りを見渡すが、白い壁と床に他に見えるのは、壁に付けられたガラスの向こうで暮らしているい人々の姿だ。
入り口は見当たらず、その人たちがどうやって中に入ったかは不明だ。
基本的に一人一部屋らしく、複数で中に入ってる人は見当たらない。
見る限り十代前半から後半の少女達しかいないようで、手術の時に来させられる様な、同じ白いワンピースを着ている。
その姿はペットショップで買ってちょうだいと、愛想を振りまく愛玩動物の様である。
彼女達に僕の姿や声は届かないらしく、大声で叫ぼうとも、左側のショーケースの様なガラスを叩いても、向こうにいる褐色の肌を持つ、目の大きな少女は反応してくれない。
ずっと斜め四十五度上方を、虚な目で見つめているだけだ。
僕は代わり映えのしない真白な廊下を歩いていく。
緑髪のポッチャリな少女。
頭を壁に叩きつけて、壁に血が飛び散ってる幼女。
大きなメガネの黒髪少女。
「彼女を生かさねばならヌ」
例の声がまた聞こえた。
今度は僕の頭の中に直接声が聞こえてきた。
「彼女は王に愛されていて、彼女は世界に疎まれている。そしてそれは彼女の本意では無い」
頭の中にドスンと落ちてきた様な衝撃が、声が聞こえるたびに体中に響き渡るのだ。
「誰だ?お前はどこにいる?」
押し寄せる衝撃に、僕は心を打ちひしがれながら、声の主に向かって語りかけるのだ。
「なんだてめぇ?独り言をブツブツと気持ち悪い奴だな。それにここは女子棟だぞ?まさかお前、童貞か⁉︎」
リアルな聴覚から声が突然聞こえてきたので、僕は振り返る。
そこにいたのは黒い長髪の同じ顔した10代前半の少女達だった。
いま声をかけてきたのは僕を睨んでいる少しだけ目つき悪い少女のようだ。
その横に立つ同じ顔で表情の柔らかい方の少女が微笑んで言う。
「あら、いくらなんでも失礼ですよ?彼は童貞なんだから、女子棟に忍び込んだとしても元気があるからですわ」
「姉さんは優しすぎます‼︎童貞に失礼も人権もありません‼︎」
「ちょっといいかな、お嬢さん。僕は童貞ではないし、童貞に人権もある」
そういう僕を汚いものを見る様な目で見る妹と、それを宥める口ものとにいやらしい笑いを含ませている姉に向かって、僕の事情を話す。
「よしわかった。とりあえず、拘束する。死ね‼︎」
僕を取り押さえようとしている、妹の方と僕は対峙しながら逃げ道を模索する。
「よくわからないのだけど、もしかしてその子のことかしら?」
姉が僕の後ろの部屋を指差して言った。
僕は振り返り、ガラス越しに目を向けると、毛布をおでこまで被って横たわる少女らしき姿形があった。
毛布のために見事なおでこと透き通る白い肌、そして長い金髪しか見えないけれど、確かに彼女で間違いないと思えてきたのである。
「彼女を救えば世界はほろブ。彼女を見捨てれば世界はつづク。どうするかはオマエしだイ」
頭の中に中にまた声が聞こえる。
急に頭を抑えた僕を見て、黒髪の双子少女はキモイを連発している。
苦痛に応えながら、僕は空元気を振り絞る。
「そんなの、ヒロインを救うのが、童貞ってものだろ?」
そこでエンディング曲である、宇多田ヒカルの「誰かの願いが叶うころ」が流れ始めた。
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