HITO-OMOI(ひとおもい)

ひとを、ひととき、ひとへに想ふ短歌がメインのブログです。作歌歴約二十年、かつては相聞(恋歌)、現在は専ら雜詠です。

4934首目・・・川上弘美の「文庫」をまとめ読み。

2023-12-11 00:00:00 | 日記

三冊積んでいたのを、一掃。


「森へ行きましょう」(長編、単行本2017年刊)

少しの『あるある』を持ち込んで、心地よい違和感に引き込む川上弘美の魅力。前半はいつもどおりの世界。でも、最後に、人生に折り合いをつけるには一度は森で迷うことが必要という、まとめた感がある分不思議度が薄まる。パラレルワールドで描くのは成功してるのかな?


「ぼくの死体をよろしくたのむ」(短編集、単行本2017年刊)

川上弘美の短編の作物は、心を大きく振幅させないので、心がなだらかな状態のときに読むに限る。いい意味で落胆しないし、感動もしない。でも、そこそこしあわせ感覚が味わえる。(二つともSF的だが)別れの哀しみを緩やかに描く『二百十日』と『スミレ』に⭕を付けた。


「某」(長編、単行本2019年刊)

ファンタジカルな作物はある意味安心して読める。転生するがゆえに『何でもない者』が、いつしか個性を身に付け、それゆえ愛に目覚める物語。そして、共感することを覚え、変化することへの不安、戦きが生まれる物語。


川上弘美の文庫はデビュー作から全て読んできたので、一息つく。


「振れ幅が小さいならばあげるのもうばわれるのも容易いはずが(新作)」

不尽

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4915首目・・・アレのアレ

2023-11-07 00:00:00 | 日記

前夜の『日本のエース』の惜別熱投の余韻の中、青柳の意地にやられたなぁ。

でも、よりによって、、ノイジーのHRかよ。サト輝なら、まぁ諦めもつくけど、、。


とまれ、(最終戦決着は2023だけだったけど)オリックスが出たここ3年間の日シリは、野球の面白さを味わえたよなぁ。(2020は、2年連続スイープという日シリの権威を問われかねない状況だったことを思えば尚更。)


来年も日シリでオリックスの野球を見たいものだ。(まぁ、相手は、我がベイスタースでは、ないことは当確だろうが、、涙)


「法令に触れざる虎キチダイバーを見遣るグリコのランナー明(あか)し(新作)」

~アレのアレ(20231105)~

不尽

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4903-4907首目・・・台東~足立~墨田区駆け足散歩

2023-10-22 00:00:00 | 日記

(大師前駅に到着する東武8000系)

夕刻に所要あり、その前の駆け足散歩の記録。


「我等のみ義あるや戦火交へたり無血開城良しとなさざり(新作)」



(彰義隊戦士者碑)
(台東区、上野恩賜公園)
戊辰戦争に関心がある。ここは『上野戦争』の舞台。ご存じ西郷さんの銅像が背を向けているのが何とも言えぬ。


「一心に振る試験管パッションやアンビシャスなど綯(な)い交ぜにしつ(新作)」

(野口英世博士銅像)
(台東区、上野恩賜公園)
去年箕面でみたのと、ほぼ同じポージング。五頭身!、こちらが忠実か?ちょっと尊大な感じが英世っぽい。


「九体目の阿弥陀仏をばひた拝む東京国立博物館にて(新作)」


(特別展「京都・南山城の仏像」)
(台東区、上野恩賜公園)
実は先日浄瑠璃寺を訪れた際に、一体の阿弥陀仏が出展中だった。予定外だったが、ここでお会いできるとは、何たる僥倖。本懐遂げた感あり。


「大師さんの社殿と肩を並べたる駅を発たちたりたちまち終点(新作)」

(足立区、大師前駅)
「東京23区内」の私鉄(除く地下鉄)に限れば唯一の「盲腸線」。舎人ライナー廻りで、東武大師線に乗車。大師前駅は、大層立派な駅舎だ。

すみません、博物館で時間を使ったので、西新井大師様にお参りできませんでした。




「蝸牛庵(かぎゅうあん)棲み家は然れども人として閉じこめらるる殻なき露伴(新作)」



(蝸牛庵跡)
(墨田区、露伴児童遊園)
かねて訪問したかった場所。なかなかほほえましい小さな公園。文学碑に名作『運命』の冒頭があるのは、ちょっと重いかな、、汗

(050929)

不尽

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4902首目・・・松原みき20回忌(遅っ、汗)

2023-10-20 00:00:00 | 日記

命日の10月7日を忘れていた。2004年から19年が過ぎた。

みき様、合掌。

少し胸騒ぎ?がして調べる。と、前月末に過去アルバムの全てがUHQCD仕様で発売。(20回忌のせい?何らか動きは来年の没後20年と思ってたけど、、。)

とまれ、慌てて、オリジナルアルバムで唯一CDを持っていなかった『Cool Cut』を購入。(ちなみにオリアルLPは全コレクト済み。)


されど、松原みきは、もう肉声を聞くことが叶わない。そのためか、どうも聞き流しができず、センチになってしまう。

だから、心の容量があるとき以外は、滅多に聞かないのが正直なところ。


で、大好きな『Jazzy Night』のシングルとアルバムのバージョン聞き比べで、供養?を済ませました。

(上の画像のベストアルバム(83年発売)収録は、アルバムバージョン。)

改めて合掌。




4086首目 松原みき賛歌

「紋切りの台詞ざくざく積み上げりひび割れゆけど逃れざらむや(新作)」

十八番のハートブレイク歌。


不尽

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4900首目・・・映画【幾春かけて老いゆかん】を見る。

2023-10-16 00:00:00 | 日記

主演は歌人馬場あき子。歌人の、しかもドキュメンタリーの映画ができるなんて、空前絶後、とさえ考えてしまう。

卒寿も過ぎたが、なお矍鑠(かくしゃく)。まごうことなき Living Legend だ。

道を極めた人にのみ備わる融通無碍な佇まいが横溢。

誰もが驚くであろう二千通の(投稿短歌の)葉書の山を前にした選歌のシーン。目にもとまらぬ早さだ。

先生曰く、「下の句だけを見る。」

『着地』を見てるんだな、と思った。上の句の着想が秀でてても、トメがしっかりしていなければならないと、解釈した。

ただそれは、こぎれいにまとめよ、というのとも異なるのだろう。

そこが、短歌の奥深さ、面白さなんだろう、と小賢しくも。汗


私自身は、完全な lonely 歌人だが、先生を私淑している。いやいや、私淑と書くことさえ、おこがましいというものだ。


思えば二十年以上前、先生は、私が投稿した拙作を繰り返し、お採りになった。

おそらく単にビギナーズ・ラックに過ぎなかったのだろう。

ただ、歌を詠み続けるには、十分な動機だった。爾来現在に至る、である。


充実感で映画館を後にした。高揚していたというより、心が膨んでいた。



「長すぎる予告編なり汝を恋へどたどりつかざる七分袖かな(新作)」

不尽

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4897-4899首目・・・南山城・大原行(その3)

2023-10-14 00:00:00 | 日記

(寂光院山門)

南山城の三寺と洛北大原の訪問記。


「八百年(やつももとせ)後に生くれど御鎮まり給へと合わす掌(て)大原陵かな(新作)」




(後鳥羽天皇大原御陵)


「身罷りし際(きわ)に五色の糸を引く女院の力いかにかそけき(新作)」


(寂光院本堂)


「苔生ゆる庵の跡に零るる陽灌頂巻(かんぢょうのまき)浮かぶもあわれ(新作)」

(建礼門院御庵屋跡)

(大原西陵(建礼門院御陵))

(花の道の「朧の清水」)


大原行きの目的は、偏愛?する後鳥羽天皇ゆえ。

後鳥羽帝の即位は三種の神器なきまま。なぜなら、壇之浦で異母兄の安徳天皇ともに海に沈んだからだ。

そして、寂光院は、安徳帝の実母建礼門院徳子の隠遁の地。平家物語の最終・灌頂巻を読んでから出掛けたので惻惻(そくそく)たる思い。



よって、三千院は、付けたし(!)である。されど、往生極楽院の観世音・勢至の両菩薩の「大和座り」には、こちらが恐縮してしまう。





(050922-24)

おわり

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4894-4896首目・・・南山城・大原行(その2)

2023-10-12 00:00:00 | 日記

(浄瑠璃寺九体阿弥陀堂)

南山城の三寺と洛北大原の訪問記。


「中尊を拝めど戻りまた拝む下品下生(げほんげしょう)の我が身とぞ知る(新作)」


「宝池水面静けき此岸にて仏座(ましま)す彼岸を恋へり(新作)」


(浄瑠璃寺九体阿弥陀堂)



(浄瑠璃寺三重塔)


「時を経て顏(かんばせ)解(ほぐ)るる磨崖仏さても悟りの面持ちにして(新作)」


(当尾(とうの)の石仏の一つ「藪の中三尊磨崖仏」)



アクセス面から二の足を踏んでいた。やっと訪れた南山城。やはり圧巻の浄瑠璃寺。

何だか塔ばかり撮ってるけど、御堂の中の仏様は、撮禁やし仕方ない。

駅近の蟹満寺、観音寺はまたの機会に。

(050922-24)

つづく

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4891-4893首目・・・南山城・大原行(その1)

2023-10-10 00:00:00 | 日記

(岩船寺山門)

南山城の三寺と洛北大原の訪問記。


「彷徨ひし京(みやこ)のひとつ恭仁京(くにのみや)訪ふ人は絶ふるに等し(新作)」


(恭仁京(740-744)跡)


「みかのはら望みて高き補陀洛(ほだらく)山五重の塔は浮かぶがごとし(新作)」

(海住山寺五重塔)


「埋めつくす花々なくば阿字池に臨みてすくと建つ三重(みえ)の塔(新作)」

(岩船寺三重塔)


(050922-24)

つづく

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4886.4887首目・・・酒田拾遺

2023-10-02 00:00:00 | 日記

(傘福)

「野点(のだて)傘願ひこめたる細工物接がれ接がるるつるし飾りよ(新作)」


「山王くらぶ」にある「傘福」を見たかった。観光客向けとはいえ、絢爛だ。願いが積み上げられた(「つるし」という言葉とは裏腹に)立ち上る夢とでもいうか。



「守られつ流れつきたる徳尼公湊酒田の開祖と呼ばるる(新作)」



(「徳尼公廟」と「酒田三十六人衆之碑」、泉流寺)

徳尼公の出自は、二説あるようだが、いづれにせよ、酒田繁栄の礎が、奥州藤原氏にあるとは、不知だった。


拾遺としたが、まだまだ見落としスポットがある酒田。

(050908)

不尽

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4883首目・・・太田裕美コンサート2023~takashikko・秋冬編~

2023-09-26 00:00:00 | 日記
太田裕美デビュー49年目のライブ。2023年9月23日、京都劇場。聴衆は私より少し人生の先輩だらけ。

ツアータイトルどおり、ほぼ松本隆司作詞の楽曲で構成。

「海に降る雪」で幕開け「冬の蜂」がアンコール一曲めというセンチメントでウェットな選曲ばかり。

しかし、ラストは、総立ちにさせての「日暮し」。まさに余裕綽々のステージ。

私にとって、太田裕美は、もう何をしても許せる存在と化しているので、『どうぞ、お好きにしてください』、である。

ほぼ完璧にリアルタイムで聴いてきた太田裕美。ライブに接すると、歌声に耳を傾けるのと平行して、自分の来し方を思い浮かべている。

あたかも、ステージの彼女と自分を隔てる空間に、心に終(しま)っていたプラスやマイナスの過去が一曲ごとに、浮游してくるがごとし。

手拍子しながら、「日暮し」を口ずさんでいると、やっと二十歳になって、歌詞にあるように♪たばこの『EVE』をポケットに入れた♪ことを思い出した。

あれは、誰のための格好つけ、だったろうか。


まぁ、それがアイドルというものだろう。

ただただ、ほぼ50年歌い続けてきてくれた彼女に感謝するばかり。





「時として重なる事実(ファクト)認めども重ねあはねば愛と呼ぶまじ(新作)」

不尽
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4881首目・・・横光利一を読む

2023-09-22 00:00:00 | 日記

(横光利一(昭和10年))


横光利一(明治31年(1898年)~昭和22年(1947年))の小説(のみ)をほぼ読破。

しかし、読書メモで二重丸をつけたのは、僅か4つ。心理主義的な「機械」と「時間」。そして晩年の「睡蓮」と「微笑」。

利一には作風の変遷が何度かある。デビューから新感覚派までの作物は私にはどうも馴染めなかった。着想は面白いけど、詰め込みすぎで落ち着かない感じ。新感覚派時代の諸作も今では既視感が拭えない。


が、続く心理主義的作物は、今でもイケる。他人の心理を読みすぎるゆえの不安、焦り、いらだちなどがだらだらした文体とマッチングして奇妙な快感がある。ただこの時期も長くは続かない。


そして、その後に来るのは、利一が標榜した『純粋小説』の中長編の作物。(「純文学にして、通俗小説」と利一は純粋小説を定義する。)これが8、9作あるのだが、全くもって退屈。

煮え切らない男女による煮え切らない結末の作物多し。思索主体の知識人の苦悩を描くというやつだが、ちょっと古めかしいよなぁ。だから、恋愛も添え物みたいで、深みがない。

辛うじて一重丸を付けたのは、心理描写が機械っぽい「実いまだ熟せず」。人物の巣だつ感じが上手い「鶏園」。登場人物が活発に動く「家族会議」。


(利一は戦後2年目に49才で急死したが)晩年の「睡蓮」、「微笑」の枯れた感じは、時系列に読み通してくると感慨を禁じ得ない。

また、敗戦直後の疎開先の生活を異邦人的立場から淡々と綴った日記文学の「夜の靴」も面白く読めた。


利一には、(作家としての)軍部への協力的な姿勢から戦後間もなく戦争責任を強く問われたとの人物評がつきまとう。

長生きしてたらきっと新境地の作物を生み出して、日本人のことだからそんなこと忘れてしまっただろうにと、ちょっぴり気の毒に思える。

で、私にとって、横光利一は、結局あんましフィットした作家じゃなかったんだが、、汗。


付記1昭和10年代前半は相当の売れっ子作家だったようだけど、「旅愁」は未読。だってあんなに大部でしかも未完だし、、。



付記2「新感覚派」時代にいわゆる『病妻もの』の作物が6作ほどある。いずれも利一のツンデレ感を楽しむ作物。一番有名なのは、「春は馬車に乗って」だろうが、「慄える薔薇」が一番よかった。(ただ残念なのは、この死別した妻キミさんの写真が探しても見つからずお顔を拝見できないこと。みなみに昭和3年頃撮られたこの画は、後妻の(利一の死まで添い遂げた)千代さん。)


「彼を斯く疑がふ我を知る汝を見詰むる彼に戦(おのの)きたる我」~横光利一「機械」~

不尽



さて、明日は太田裕美コンサート。珍しくクジ運よく、そこそこ前のシート。

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4853-4856首目 京阪逍遙(その2)

2023-08-01 00:00:00 | 日記

(世界遺産「姫路城」)

ことさら画像をアップするのも気が引ける有名スポットが多いので、日記風に。


大阪城豊国神社は、京都の別社。ただ、秀吉のみではなく、秀頼と秀長も祭神。

非礼な言い方だが、晩節は芳しいとは言えなかった秀吉。秀長がもう少し長命であったらどうだったろう。

自信あふれる、やや威圧的とも見える秀吉像。ここは、韓国からの旅行者向けには、ツアーのコースから外れてるだろうなぁ。

「万国の人が目指すは天守にて人疎らなる豊国神社(新作)」




(大阪城豊国神社)


広大な大阪城(公園)。天守の他にも意外と見所が多い。

詳しくは書かないが、この「城中焼亡埋骨墳(じょうちゅうしょうぼうまいこつふん)」もそのひとつ。

歴史の一断面をまざまざ教えてくれる。忘れられたような場所の暗さも、心に重くのしかかる。

徳川慶喜も評価が非常に割れる人物だ。

「指揮官の姿は失せて遺れるは城中焼亡埋骨墳とぞ(新作)」

(大阪城公園、城中焼亡埋骨墳)



堺に移動して世界遺産のいわゆる仁徳天皇陵へ。暑くて、ボランティアガイドさんの説明をよく覚えていない。やはり、堺市役所展望階から眺めることに。

「彼方なる緑一色(ひといろ)仁徳陵ヤマトの力かくまざまざと(新作)」




翌日は、世界遺産姫路城に。約半世紀ぶりの訪問。

平成の大修理が終了し、約八年経過。白鷺城というだけあって、遠目に見ると、メルヘンチックとさえ感じる。

かの千姫が十年住まいしていたことも、そんなイメージを増幅させるのかもしれぬ。

ちなみに秀頼との死別後の再婚だった千姫の持参金は、何と十万石!さすがは、家康の孫娘だ。

ただ、猛暑で、天守への昇り降りで消耗しきってしまい、城の細部を見る余裕など、ちっともなかった。(涙)

「ヘリテイジ誰もが異議なく見上ぐるは五重七階大天守(新作)」





(050715-0717)

おわり

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4849-4852首目 京阪逍遙(その1)

2023-07-30 00:00:00 | 日記

(豊国神社、京都)

ことさら画像をアップするのも気が引ける有名スポットが多いので、日記風に。


祇園祭の時季に京都駅で途中下車。

東山の豊国神社へ。

令和の時代、いわゆる三英傑の中で最も人気がないのは、豊臣秀吉ではなかろうか。

だが、我ら関西人にとって、「太閤さん」は、永らく一番人気だったはず。そんな判官びいき?もあって、豊国神社へ。

間際まで狭い正面通りが、最後になってだだっ広くなる。さすがに大仏殿の正面の通りである。

「開眼の供養なせずして太閤さん阿弥陀ヶ峰の麓の社(新作)」

(豊国神社、唐門)


一応、方広寺のあの鐘も一瞥。


「平らかなる道なることぞせめてものやすらぎ覚ゆねねの道かも(新作)
(「ねねの道」北端、大雲院あたり)

秀吉とくれば、北の政所である。茶々には毀誉褒貶があろうが、ねねを悪く言う人は少ないと思うが如何か。だが、今日は高台院も圓徳院もスルーして、北に進む。




(円山公園音楽堂、外観)


祇園祭の宵々山といえば、浮かぶ言葉は『宵々山コンサート』以外にありえない。会場は、ここ円山公園音楽堂。

『何じゃ、こりゃ』写真だが、イベントがないので、閉鎖中。立ち入りは叶はなかった。

令和の今は、どんな人達が、集う場所なんだろうか。


「まぼろしの記憶なれども音楽堂ともやの声を聞きとらんとす(新作)」

ともや、とは、いわずもがなの『高石ともや』である。


さて、円山公園から八坂神社を抜けて祇園下に降りてもよかったが、四条通りの混雑が嫌で、建仁寺を抜けて松原通りを歩いて四条烏丸界隈へ。

夕闇迫る中、提灯の灯りに浮かぶ山や鉾の佇まいは優美かつ絢爛だ。

でも、片手ほど観覧したら、なんだか醒めてしまった。、、「独りでくる場所ではないなぁ。」と。






「山鉾を巡れどひとり囃子にて灯る明かりのほの暗きかな(新作)」


そう言えば、小柳ルミ子に『ひとり囃子-"祇園祭より"-』というシングルがある。もっとも、こちらは、夏の日射しがまぶしい失恋歌だが、、。

やたらと、中学生のカップルに目がいってしまう。遠い遠い過去である。

そして、中坊の男子でも、たいてい浴衣を着ている。さすがに、京都の町内(まちうち)だ。これが、ザ・トラディショナル・スピリットなのだろう。

(050715-0717)

つづく

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4848首目・・・・エサ箱の

2023-07-28 00:00:00 | 日記
「エサ箱の一番奥から三枚目そと忍ばせぬファーストアルバム(新作)」


★エサ箱=レコードショップにあるレコードを入れてある箱(ボックス)のこと。レコードを探す時の仕草が、鳥がエサを啄む仕草に似ているのが語源。


アイドルオタク歌。

本は見つけた時に買えという金言がある。レコードやCDもそうだ。

しかし即買いとまでは決めていない女性アイドルの物に運悪く?出くわしてしまうことがある。

正直、困ったものである。笑

さて、しばし考えて、一旦購入を見送るとき、私の場合、エサ箱の奥に隠す?ことにしている。(見えないように箱の後ろに入れ換えるので、ある。)

しかしながら、一番奥ではない。

一番奥だと、手練れのオタクが、ガサッと一度手前に寄せてあさる時に、反って目に触れてしまうことがあるのである。

しかして、奥から三枚目である。

この度、探すつもりもなかったのに、たまたまエサ箱の「一番手前」にあり、否応なく(残念ながら?)目に止まってしまったので、思わず隠したLPレコードは、、、。

このLPのポートレートは、いやもう、金縛りになるほど強力だ。(彼女のことは書くと長くなるので、省略。#小林千絵で。)

しかも、何と1100円!(中古LPは値崩れしてるんだろうなぁ、、。)
しかし、やせ我慢した。

一方、これをエサ箱の一番手前に置いたこのショップの店員の目利き度を賞賛してしまうのであった。(新着だからでしょ?笑)

以上、恥ずかし長文日記。



約一週間後、ブツを隠した?場所から無事取りだし、ゲット、汗

歌詞カードの写真をコラージュ。

彼女がバラドル化した頃には、関西から離れていたので、それは、私にとっては、ある意味幸せなことだったろう。

でも、見事に大阪のオバハン化してる現在だって、悪うないんちゃう、、
というくらい、オッサンの私も達観の境地である。苦笑

不尽
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4836-4839首目・根室行(その5)

2023-07-10 00:00:00 | 日記

(横死和人七十一人墓)


旧幕府海軍率いし武揚が調印なせし交換条約


七十一クナシリ・メナシの戦ひで和人の死者の数は確かに


・・クナシリ・メナシの戦い(1789年・寛政元年)で蜂起した罪で処刑されたアイヌは三七人。


金刀比羅宮脇に聳ゆる嘉兵衛像大立て者たる福々しさよ

(金刀比羅神社)


(高田屋嘉兵衛像)

ワンプレートディッシュ甲乙つけ難しエスカロップとスタミナライス

(エスカロップ)

(スタミナライス)



(050622-0626)

念願だった北方領土を見ることができ感慨ひとしお。ロシアとの関係だけではなく、アイヌへの視点も涵養される。根室は、日本人として一度は足を運ぶ価値のある土地ではないか。

終わり

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